第8話 食い倒れ札幌!



 9月10日 天気は晴れだ。釣り民宿の板の間だが、3日ぶりの布団ですっかり熟睡できた。しかし、ここ何日か倦怠感が抜けない。体育会でならしているはずのバディもやはり疲れが溜まってきているのか。

 今日は、札幌に行ってガンガン食って疲労回復をはかろうと思いながら1階の食堂に降りた。おかずのホッケがうまい。横浜のチェーン居酒屋あたりで出される冷凍ものとは全然違った。思わずお代わりを2回して朝食を済ませる。こんなに食欲があるのだから今日も大丈夫。

 やはりオーナーは釣り客を連れて早朝に出航したようだ。宿代は角刈りに精算してもらった。オーナーがバイクのおにいさんへくれぐれもよろしくって言ってたよと角刈りがお釣りを確認しながら話していた。

 4500円。「あんな部屋に泊めてこの料金じゃ高いだろう」と恐縮しながらお釣りをくれた。しかし昨晩、タダでガンガンビールをご馳走してくれたのだから、どう考えても赤字じゃないかと思った。

 札幌に出発する前に店先のホースを借り、旅に出て以来初めてCBを洗車する。愛馬を洗うかの如く優しく細部まで汚れをおとしてやった。う〜んピカピカだと自己満足にひたっていると「今日はどこまで行くの」と背後から声がした。

 ご老体だ。オーナーの父親らしい。札幌に行くと言うと「いい女紹介してやるよ」と言って電話番号が書かれた紙をくれた。風俗方面らしい。そりゃ男だから興味がなくもないが、色気よりも食い気がはるかに勝る青雲の時代だ。何万円も払う一瞬の快楽より、美味いものをガンガン食べる方が性に合っている。「どうも」とは言ったが、そんなところに行くつもりはサラサラない。実は金が無いのが一番の理由だけど。ご老体も本当にいい歳して・・・

 ご老体と角刈りに見送られ出発(はるか後年、ツーリング中、浦河町を通過した時、この宿は存在しなかった。建物自体すら)R235で海岸線を走り苫小牧方面に向け走った。そして途中からR235に右折し札幌を目指す。まだ見ぬ北の大都会に心を弾ませながら。

 昼少し前、札幌市内に入った。人口155万人(1987年当時)の大都会だ。同じ都会でも暑苦しい横浜に比べ、札幌はすごく爽やかな感じがする。それは単に湿度や気温の違いだけではないらしい。

 広い土地を贅沢に使った街造りを念頭に置いているから空気が通り抜ける。そして何と言っても緑が豊富だ。また日差しが強くても空気が乾いているので汗をかかない。いろいろな好条件が揃ったいい街だ。大通公園の片隅にオートバイを停める。お前も一息つけよとCBのシートを撫でてやり木陰のベンチで小休止した。いい気持ちだ。

 まずは腹が減ったので有名な札幌ラーメンでも賞味してみるか。いろいろ検討はしていたのだが、いざとなるとどの店で食べていいものやら戸惑うものだ。ラーメン横丁は高い割にそれほどじゃないと言っていた友人の話しを思い出しますます混乱する。

 駅前通りで「え〜い、ここでいいや」と適当に暖簾をくぐったのが「サッポロ一番」というラーメン専門店だ。何ともオーソドックスな店名である。醤油と味噌の2種類のみのメニューだ。迷わず大好きな醤油をオーダー。出てきたのは油ギトギト系の飴色スープ。こりゃ人によって好みが分かれるな。でも俺は、こういうの大好き人間なのだ。スープのコクが何ともいえない。ボリュームもある。とにかく旨い。残さずスープまで飲んだ。以後、公私を問わず札幌を訪れるたび、この店を利用している。

 腹もつくった。羊ヶ丘までひとっ走りしてみる。羊ヶ丘を風景にすると下半分が緑で、上半分が青と表現するのが適切だろう。もちろん緑は果てしなく続く草原で、青は澄み切った空の色だ。大の字になってしばし寝転んだ。

 こんな雄大な場所がビルが立ち並ぶ札幌の中心部からオートバイで15分くらいのところにあるのだから北海道は凄い。帰り際に民芸品店でアイヌのカップルをかたどった気彫りのお土産を2つ(意味深)購入する。

 特に腹が減ってきた訳ではないのだが、実は個人的に好きなパスタ系の有名な店が札幌にある。行きたい。円山公園のはずれにある洋館「パスタパスタ」だ。後で後悔するよりも行ってみよう(俺の腹はどうなってんだ)

 ムード満点のイメージとは異なり売り物のスパゲティはかなりのボリュームである。しかも大盛りも同じ値段だから大食いの俺にはありがたい。人気の魚介類たっぷりのペスカトーレを賞味する。とても美味しかった。

 店長がMAワンジャケットの背中に刺繍してある「横浜Crazy Horse」の我らがTOURING・CLUB名を見て「横浜から来たんですか。懐かしいな」と言いつつ遠い目をしていた。昔、横浜に居たことがあるらしい。

 超腹一杯の状態で有名な時計台に向かった。時計台は札幌のシンボルとしてTVや写真によく使われるが、実際に行ってみると左右をビルに挟まれ、ちょっとがっかりした。でも中は資料館になっていて、札幌農学校(現北大)や札幌の開拓史、クラーク博士のエピソードが綴られている。さらに農学校は、内村鑑三、有島武雄、新渡戸稲造・・・数多くの著名な人材を輩出していることを知り驚く。いろいろ興味深い歴史に触れることができ満足した。

 北海道庁の旧本庁舎もいい。赤レンガ造りで緑の芝生を全面にし、左右に池があって日本離れした雰囲気がある。さらに前述のクラーク博士が初代教頭を務めた札幌農学校を前身に持つ北海道大学の構内は広大だった(うちの大学の狭いキャンパスとは全然違う)。イチョウやポプラなどの大木が茂る中、クラーク博士の胸像や重要文化財の古川記念講堂(明治42年築)などが立つ。

 もちろん今日は札幌で宿を探すつもりだが特に何のあてもない。そこで札幌駅構内の宿泊案内所で安宿を紹介してもらう。1泊素泊まり4500円のビジネス民宿”E”。何で大都会で民宿なんだ?しかも安い。一抹の不安を感じながらも宿に向かう。思ったより悪くない。部屋に入って荷物を置き、風呂に入ってさっぱりする。

 夕方になり夜の部の是非行って見たい店「魚屋一丁」に出かけた。日本酒200円、毛がに1200円、刺身類もネタが大きく新鮮な食材を使用しているから太鼓判が押せる。量も普通の居酒屋の2人前近いだろう。低料金で腹一杯になりしっかり酔えた。いくら丼700円、ウニ丼1500円も人気だそうな。俺は仕上げにウニ丼を賞味した。

 後年はチェーン化し、札幌市内はもとより、東京・仙台などにも支店ができてなんだかつまんないお店になってしまったが、当時はここの本店しか存在せず、炉端で板前が魚介類を焼いたり調理したりする姿が眼前で見れた。例えば俺の得意料理のホタテ炭火焼も(炭で焼いたホタテに酒と醤油で味をつけるシンプルな最高の調理法)ここで覚えた。とにかく香ばしい匂いが店内を漂わせていた。

 すっかり酔って宿に戻りテレビをつけ横になった。テレビをじっくりみるのも久しぶりだ。そう思っているうちにスイッチを入れたまま寝入ってしまう。

 他のお客から苦情来てるよ!何時だと思ってんのと宿のおばさんからの怒鳴り声で目覚める。おばさんの声も相当迷惑だと思いつつ「すいません」と謝りスイッチを切る。

 明日の思わぬ展開など知るよしもなく、よく飲んでよく食った1日を回想しながらまた深い眠りに落ちるのであった。