第7話 悪戦苦闘で襟裳岬に立つ!




 9月9日 睡眠不足というか疲れたというか、気だるい感じで目覚めた。天候は、曇りだが雨の心配はなさそうだ。 

 未明にキタキツネ多数の夜襲を受け不機嫌になっているツノダ氏に挨拶したが、うなずいたのみだった。

 それでもコーヒーを飲む頃には、ツノダ氏が笑いながら「エキノコックス恐いからテント捨てる。なんなら君にあげるよ」と冗談やら本気やら分からない口調で話しかけてきた。少しは機嫌が直ってきたらしい。

 後片付けを万全に済ませる。ツノダ氏は、林道を走り旭川方面に向かうそうだ。俺の方は、一挙に襟裳岬に立つもりだ。

 2日間、旅の兄貴分になってくれ、本当にお世話になったキツネ嫌いのツノダ氏。寂しい気持ちになりながらもお礼を言って、バスターミナル付近で別れた。口数こそ少ないが真面目で実直な尊敬できる人物だったと現在でも思っている。

 R273を順調に走りった。心地よいワイディングが続く。途中、糠平湖付近から回り道し間道にそれた。ここに17キロ続く一直線道路があると、昨夜ツノダ氏が言っていたので立ち寄ってみたくなったのだ。

 瓜幕に入った。ここから士幌までの17キロが一直線。ちょっと感動ものだ。ず〜とまっすぐ。こんな大陸的な光景が日本で許されるのか。また存在していたのか。凄いとしか言いようがない。地平線まで道が続いているような錯覚にとらわれる。

 あまり人にも知られていないらしく交通量が少なかった。若干のアップダウンがあるが、片側1車線の道自体は見通しがよい。路面の状況も良好だ。

 これだけ条件が揃えば、やはり750の最高速実験。右手のスロットル全開。き、気持ちいい。目指せ200キロのトンネル。でも途中で止めた。俺の大学の同級生が北海道ツーリングをした時、3回スピード違反で官憲に捕まり、帰ってきて免停というアホがいた。注意しないと。北海道警のスピード取締りは全国指折りの厳しさである。そして俺は就職前の小心者だ。

 北海道に上陸してから、クルマ・バイクを問わず違反切符を切られている旅行者をどれほど見たろうか。さらに道沿いに集落や牧場が点在し、トラクターや牧草を満載したトラック、ウシその他の動物、いつ何が飛び出してくるか分からないのだ。

 13:00頃 広尾に到着。久しぶりに太平洋側に出た。なんだか懐かしい気がする。実はオホーツクという未知の大海を見て以来、日本にいる気がしなかったのだ。しかし運命は、この旅一番の試練に俺を追い込んでいく。

 この先から、いよいよ黄金道路だ。黄金道路とは、山・岩を削り、海岸を埋め、35年の歳月と169億3940万円という巨額の工事費をかけて造られた総延長33キロの道路である。単純計算で1メートルあたり51万円。まさに黄金を敷き詰めるようにして造った「黄金道路」なのだ。

 しばらく走り、岩肌を流れ落ちる滝「フンべの滝」で小休止する。雑誌などで見るより小さい気がした。昔、このあたりに鯨(アイヌ語でフンべ)が打ち上げられていたことからこの名がついたそうな。

 フンべの滝を出発すると間もなく白いガスが出てきた。さらに風雨もプラスされる。ちょっと最悪の状況になってきた。前を走るトラックの車輪から容赦なくドロがヘルメットシールドにはねつけ視界をさえぎる。

 よく前方が見えない状況で走っていると突然道路がダートになり、あわや転倒しかけた。海も大荒れで、時々波が道路にまでかかってくる。

 ザブ〜ン・・・

 オートバイごと波しずくを浴びた。1度や2度じゃない。「死ぬかもしれない」。K大生、黄金道路に死すか?洒落にならない。

 難所といえども交通の要衝。意外に交通量が多かった。したがって、この状況で安易にオートバイを停車させることは追突されることを意味する。この旅最大の危機だったと言える。

  襟裳岬に近づくにつれ、風雨は収まってきた。どうやら命拾いしたらしい。霧で相変わらず視界は最悪だが。

 襟裳岬ももうすぐそこという地点で道路脇にピョコンと座っている動物がいる。キタキツネだった。オートバイを停めて近づいてもまったく逃げようとしない。タンクバックから非常食用のチーカマを取り出すと俺の手からくわえていった(俺は無知でバカだ。今やった行為が生態系に与える影響を全然把握してなかった。当時はそんなこと考えている人の方が少なかったかもしれないけど)


 例のエキノコックスが怖いからキツネには触れなかったけどずいぶんと人間慣れしてるなと思った。もう1本チーカマを出そうとしているとまた1匹キツネが現れた。夫婦なのかもしれない。

 岬に向けてオートバイを走らせた時、バックミラーに映った2匹のキツネが体を揃えて座っている。そして不思議そうな顔をして俺とCBの方を見ていたのが今も印象に残る。

 襟裳岬の駐車場に到着した。森進一の「襟裳岬」の唄がガンガン流れている。岬の断崖の上の展望台まで、しばらく歩いた。

 「霧でなんも見えん」、悪戦苦闘で黄金道路を走破し、やっとここまで来て、森進一の唄の歌詞と同じ「何もない・・・もとい、何も見えない襟裳岬」だった。

 時間を見ると15:00。このあたりで宿を探すか(後年のようにRHがそこらにたくさんある状況ではない)とも思ったがまだ早い気がする。行けるとこまで行こう。

 日高昆布の漁場を左手に見ながら苫小牧方面に向かって走った。少し陽もさしてきた。日高昆布は料理用にもダシ用にも使え、用途の広さと品質の高さが自慢であるな。小用のついでに道路沿いの直売店をのぞくと1キロ千円前後からと驚くほど安かった。

 日高サラブレット育成の地として、その名を知られる浦河あたりで陽が傾いてきた。そろそろ宿を決めないとと思いながら走っていると「釣り民宿・荒磯料理」という看板を発見した。

 その名の通り、釣り客専用の宿と魚料理の食堂を兼ねた店らしい。思い切って暖簾をくぐり「泊まれますか」と訊いてみる。「いいよ」と客用のテーブルでタバコを吹かしていたいかにも職人風の角刈りの男が答えた。

 もう1人、よく日焼けしたオーナーも出てきて俺が泊まる部屋(通常の客室は釣り客で満室、俺が泊まる部屋は通常じゃない部屋らしい)のセッティングをしてくれた。

 まではよいのだが、セッティングの仕方で、角刈りとオーナーが大喧嘩。たいした原因じゃない(布団の位置程度)のだから客の前で喧嘩しなくてもいいと言って、やっと2人をなだめた。ふ〜。

 テレビなどない床の間に布団を敷いただけの簡易なセッティングだが、窓いっぱいに広がる大海原。なかなか素敵な光景ではないか。

 夕食の時間、食堂に降りて行くと角刈りが一生懸命包丁をふるっていた。やっぱり板前だったのか。「さっきは、にいちゃんの前でオーナーともめちゃって悪かったな」と言われ、ビールをガンガンサービスされた。角刈りで、コワオモテのおっさんだけど本当はナイーブなお人よしだった。なぜかうれしい。 

 オーナーは、朝一番で釣り舟を出すため、すでに就寝したらしい。そのうち角刈りと飲み始めた。ベロベロになるまで酒をつき合わされ、遅くにやっと就寝する。今日も本当も長い一日だった。