第6話 層雲峡でクマに襲われる?





 9月8日 8:00起床。かなり睡眠時間をとった割にはだるい感じがする。外はかろうじて雨が振っていない状況だ。 

 ツノダ氏は、すでに起きて、パッキングをしたりバイクのメンテなどをしている様子である。寝袋その他の荷物を片付け外に出ると何と俺のCBまでチェーンを張ったりオイルを塗ったりしてくれているではないか。「すいません」と恐縮しながら礼を言うとニコッと笑みが返ってきたのみだった。バイク屋さんに見てもらえるなんて、何という幸運だろう。

 冷蔵庫の中の缶コーヒーをありがたく頂戴した後、ツノダ氏の先導でR40を旭川方面に向かった。途中、愛別で石狩川を渡り大雪国道に入る。しばらく走るとコンビニ発見。弁当と酒(酒はもちろん夜の部用)を買ったが、どこか景色の良いところで食べることにする。

 石狩川を上流へと遡るように走っていると、いつのまにか神奈川県とほぼ同じ面積を持つと言われる大雪山国立公園の中を走っていた。天気も回復し、暑いくらいの陽気となってきた。途中、ツノダ氏から合図が合ったのでバイクを停めると渓流があまりにきれいなので川原に降りてみようという提案があった。俺も水が冷たそうなので足だけでもつかりたいと考えていたので二つ返事で同意する。

 川の流れは、意外に速くちょっと怖いくらいだ。先刻、コンビニで買った弁当を広げブランチをとる。「美味い」、こんな大自然の中で飯を食べるなんてなんたる贅沢。まるで最高の食材を使ったごとくのコンビニ弁当だ。水が飲みたくなったので手を川の中に入れ、すくって飲もうとするとツノダ氏に慌ててたしなめられた。

 ツノダ氏によると北海道には恐ろしい風土病があるそうな。その名は「エキノコックス」。主にキタキツネなどから感染しやすい。エキノコックスとはサナダムシの一種で、こいつにやられると肝臓や肺、脾臓、中枢神経などいたるところが侵され、とめどもなく広がりしまいには患者を死に至らせてしまう恐るべき寄生虫なのだ(知らなかった。俺は無知だと思った)

 困ったことに、まだ、特効薬や治療法が見つかっていない。ごく初期の段階で外科的な処置を施すほか手段がないらしい。したがってキタキツネなどにむやみに触らない。生水は飲まないことが大切だそうだ。いや〜危なかった。九死に一生を得た後、しばらく岩の上などでゴロゴロし、消化のための休憩をとった。

 今度は熊の話しなる。クマはネコ科だとツノダ氏が言った。これも知らなかった。どう見てもクマがネコに見えない。ホント意外。そして現在、我々が置かれている状況がいつクマが出てもおかしくないことに気づく。急に恐ろしくなり撤収。

 さらに上流に向かい大雪山ロープウェイを横目に見ながらさらに走る。するとこの旅でもっとも訪れたかったポイントのひとつ「層雲峡」に到着した。

 「層雲峡」、その昔、アイヌの人達は、ここを「ソーウンペツ」と呼んだらしい。その意味は確か滝の多い沢だったかな。

 そこには、凄いでっかいインパクトのある大絶壁があった。ここからいく筋もの滝が石狩川へ流れ出ている。柱状摂理というらしい。銀河の滝(落差100m)、流星の滝、誰が名づけたか知らんが素敵な滝の名前だ。まさに絶景である。写真撮影などして、しばし景色を堪能する。

 唖然.・・・

 そして、ツノダ氏の案内で出発。さらに進む。大函トンネルの旧道に到着。あまり観光客に知られてない場所らしい。人気がない。地元の人達から「お化けトンネル」と怖れられている。いろいろその手の話しがあるらしい。

 このトンネルは、明治の頃、網走に向かう囚人達の手によって掘られたそうだ。そして難工事と栄養失調、重労働が重なりたくさんの囚人達が命を落としたそうな。じっくり見ていると冷たい風が顔に吹きつけした。ひぇ〜。て、撤収...

 ロープウェイ付近に戻った。ちょっと出費が痛いけど黒岳からの景色を満喫する。そんなこんなしているうちに陽が傾いて来た。今夜のネグラを探さねばなるまい。ツノダ氏が、たまたま他のライダーから得た情報により層雲峡野営場に決定する。

 歩いた。ここはテントサイトまで5分ほど登らないとダメらしい。ライダー向けというより大雪山登山の基地的なキャンプ場だな。料金は無料(後年は300円取っているとか?)でも人気(ひとけ)がない。まっ、そのうち集まって来るのだろう。今夜はツノダ氏の好意に甘え氏のテントに泊めていただくこととする。ホント狭くしちゃって申し訳ない。

 テント設営後、層雲峡住民センター「不老の湯」に向かった。入浴料260円。低料金で、いい温泉だ。じっくりと疲れを癒した。

 キャンプ場に戻るとやはり我々のテントだけだ。閑散としている。誰もいないキャンプ場って本当に寂しくて厭なものだ。

 気を取り直して、炊事場に米をとぎに行く。誰も居ないのに誰かに見られているような気がしてならない。僅かな物音にもすぐ反応してしまう。臆病者なんだな俺は情けない。それに比べツノダ氏は常に自然体。てきぱきと野営の準備をこなしている。大人なんだなあ。

 飯の準備が出来た。なぜかT氏はトド肉の缶詰を出してきた。初めて拝見する(現在は大きなスーパーならあるらしいけど。当時は珍味)味はナマ臭い。納豆チーズ系というべきか。でも野外で食べるものは、なんでもパクパク食える。朝、買った酒を飲み始める頃になるといいつまみとなった。

 酒がまわると寡黙なツノダ氏も饒舌になってくる。趣味のモトクロスレースについて熱く語り始めた。なんでも、俺の実家近くのモトクロス場で走ったことあるとか。話を訊きながら俺も心地よく酩酊し、やがて就寝した。時間の感覚などはない。

 「ガタガタッ。ガリガリ」って音がする。今、何時だろう。異様な音で目覚めた。「クッ、クマだ」。クマが残りのトド肉の缶詰食っている。酔っ払って後片付けを忘れている。不覚だった。そういや〜昼間、クマ注意の看板見たような気がする。今日は厭な予感ずっとしてたんだよな。いろいろな思いが頭の中を交錯する。どうすればいいんだ。

 とりあえずツノダ氏を起こすことにする。平和そうな寝息を立てている。かなり酩酊してたからな。「ツノダさん、起きてください。クマです。クマ」、「何だ。う、うるさい...」。ダメだ。ツノダ氏は完全に寝起きが悪いようだ。 

 どのくらいジッとしていたろうか。「ガリ、ガリッ」、クマがテントかじってる。「うわぁ〜」、恐怖に耐えきれず、絶叫して起き上がってしまった。「何だ。どうしたんだ」、やっとツノダ氏は、このシーンで目覚めた。

 あたりが静かだ。恐る恐る外を見ると遠巻きに2・3頭のキツネが見える。テントには穴が・・・

 やっと事情を知ったツノダ氏、テントを破かれ怒り心頭。棒を片手にしばらくキツネを阿修羅の如く追いまわしていた。