第1話 波瀾の出発



 映画「トップガン」のエンディングテーマ曲が横浜の繁華街のあちこちで流れている。

 2月で俺も2?歳となり、そしてこの春、無事4年生に進級した。

 高校時代から続けてきた唯一のスポーツ、柔道も弐段を取得すると同時に自分の実力にも先が見え、あまり熱心にやらなくなった。

 正確には興味を失ったのだ。本当は打撃系の武道に興味がある(そして実際にデビューするのだがこれに関してはストーリーの構成上、まったく関係がないので後日他の機会に)

 その代わり講義の合間や休日にコツコツと関内駅そばの某デパートで商品管理(運送屋と組んでやる力仕事が多い)のバイトをして運動不足解消と生活のたしにしてきた。

 しかし就職活動と銘打って5月いっぱいで円満バイト退社。自分で言うのも何だが学業にしろバイトにしろ、その頃が自分なりに一番地味で、そして真面目にやっていた時期だったのかもしれない。だが何かをやり残している気がする。後1年も満たないうちに僕の猶予の時代に終止符が打たれるのだ。

 そして実家に戻り6月後半の教育実習に備えた。もちろん7月に実施される教員採用試験も受験するつもりだ。

 母校での2週間・・・。さすがの僕もてんやわんやのパニック状態で社会科(地理)の実習を終了させた。そんな時分、高校時代の柔道部のOB会があり参加してみた。それが旅の始まりを決定づける。まさに「風雲急を告げる」とでも言うべきか。

 宴席の中、なぜか我々若手グループの一角は柔道ではなく「北の大地」の話題でもちきりだった。この中の1人があるドラマの影響で旅行に行ったらしい。これから就職に向けて一応没頭しようと考えている僕の心の中で葛藤が続いた。

 この時期にツーリングしてる場合じゃねぇだろう。いや学生時代の最後のチャンス、これを逃したらロングは無理だ。宴の盛り上がりをよそにひとりもの思いにふける僕の心中を見透かすかのようにオートバイ好きの後輩Hが誘いをかけてきた。「是非、一緒に北海道ツーリングに行かないスか」と。 

 自営業のHは日程のやりくりがつくらしい。しばらく悩んだが各就職試験のめどがたつ9月初めぐらいなら何とかなると思い、その旨を話すとHは上機嫌で了承した。調子者で誠意のないHに一抹の不安がよぎったが、心中のふんぎりをつけることができた。デパートのバイトで多少は軍資金もある。

 7月後半から8月にかけ就職試験をいくつかこなし結果待ちの状態で9月に突入する。予想通り中学社会の教員採用試験は楽勝で落ちた。まっ、宝くじの倍率だからな。それ以外は善戦し一次合格の通知がいくつか届いた。二次試験までの合間が旅のポイントになる。人生の節目にそんなことばかり考えている俺は「おバカ」なのかもしれない。

 合格すべきところは合格し、そうでないところは落ちた。なぜかすがすがしい心境がする。予定通りの日程も取れそうだ。定番通りの家族からの反対をよそに準備を進めた。そして明日いよいよ出発という晩一本の電話が入った。

 Hからだ。自動車事故で資金がなくなり行けなくなったと言っている。バツが悪そうな嘘くさい口臭の漂う口振りが印象に残る。ヤツの分担の道具の件で困る部分(特にテントが痛い)もある。しかし、俺自身に感じる(こんなことになることを)ところあり、「そうか」とのみ答えて電話を切った。Hのような信義のない男と一緒に旅したら不快な思いをするだけだ。むしろひとりになれたことに感謝したい気がする。

 9月3日午後、以前から親しい別の後輩が見送りに来てくれた。「Hは、いつもそうですよ」といろいろ憤慨してくれたが、特に意に介すこともなく後輩に礼と別れを告げ出発する。もちろん初めてのことなので不安はある。

 しかしなぜかソロでロングツーリングに出かける気負いや緊張感がない。神経構造の一部がどうにかなってしまっているのか、こういった局面になるといつも心地よく緊張してこない。そして扱い慣れたCB750のギアをいつも通りの回転数でたんたんとアップしていく...。

 仙台港フェリーターミナル到着。早く着きすぎたようだ。乗船手続きを済ませ待合室でボーっとしていると「同じ〇〇ナンバーですね」とスカイラインの男が話しかけてきた。

 実を言うとCBは実家近くのバイク屋で昨年中古購入した。そして面倒なので実家名義にしてしまった。すなわち現住所の横浜ナンバーではなく実家のある地区のナンバーのままだった。

 そのお陰で同郷の彼が話しかけてきたのだ。彼はウチヤマといい、帯広の自衛隊で勤務している20歳の青年だ。

 フェリー出港。なにもかもめずらしいので船内をくまなく歩いた。レストランの食事の値段は高いと思ったので途中カップラーメンを食う。そしてさらに歩くと風呂発見。混雑する前に入浴することにした。浴槽の中のお湯が振動で波立っていたのに驚く。

 2等の大部屋に戻るとウチヤマが既に一杯やっていた。俺は学生の身分ゆえ、特に飲酒の習慣はないが決して弱い方ではない。勧められるままにガンガン飲んでしたたかに酔った。彼はなぜか夕張が好きだと言っていた。そして俺はいつの間にか潰れてしまう。

 夜中に気持ち悪くて目が覚める。ウチヤマの健康そうなイビキが聴こえてくる。飲み過ぎからの不快感とは性質が違うようだ。トイレに行くため立ち上がるとさらに頭が痛くなった。

 犬のように丸くなった状態で横になると少しは楽になるのでそのままボーっとしていた。シケ模様らしい。ガ〜ンガ〜ンと船の胴体にあたる波の音を聞いているうちにいつの間にか再び寝入ってしまった。