北海道ツーリング2005後編




kazmotさんファミリーと







 和琴に戻ると埼玉のCB氏と群馬のさとくんが、既に炭を熾して待っていた。
「今日も焼肉やりましょう」
『いや俺は売店でヒメマスのちゃんちゃん焼きの予約をしちまったよ』
 まあ、肉は食べなくても宴には交ぜてもらおう。

 なんて考えていると次々にキャンパーがやって来てスペースがテントで埋まってきた。これが盆シーズンになるとまったくテントを張れなくなるほど激混みになる。
 CB氏が昨夜のように付近のソロライダーへ声をかけ始めると周囲から人が集まり出し、宴開始。凄い量の肉をあぶりだす。煙が凄まじい勢いで流れ始めた。

 俺の脇にいる若者はタンくんという大人しいZX−12R乗りだ。緊張しているのか、表情が固い。
「ぼくは23歳で北海道ツーリングが初めてです」
『そうか、俺も23歳のとき、初めて北海道ツーリングをした」
 するとタンくんは、ニコッと笑った。23歳か。いいなあ。あの頃は、なにもかもが、これからって感じだった。ちょうどこのキャンプ場のこのあたりの場所で、いろいろな旅人と語り合った。18年も過ぎ、立場は完全に変わったが、世の中には変わらないものが必ず存在する。それは和琴での旅人同士の交流だ。

 おっと、そろそろ湖心荘で、ヒメマスのちゃんちゃん焼きを食べに行くか。皆さんへ挨拶して中座させていただく。
 湖心荘へ入った。ここに来たのも18年ぶりだ。中に入ると日帰り入浴のキャンパーでなんと長蛇の列ができていた。

 大広間に入ると外国人の若者が3人、彼らもちゃんちゃん焼きを食べにきたようだ。
「こん、ばん、わ〜」
 ちゃんと日本語で挨拶してくれた。たいしたもんだ。
『こんばんは』
 俺が言うとお辞儀までしていた。
 キャンプ場のおっさんが現れ
「今、作るから、ちょっと待っててね」
 と言いながらヒメマスを焼き、野菜をのせてくれた。
「このマスはねえ。おじさんが屈斜路湖で釣り上げたものなんだ。忙しくない時期なら刺身も喰わしてやれるんだけどねえ」

 周囲になんともいえない香ばしい匂いが立ちこめてきた。そしてジュージューと音を立てながら、ちゃんちゃん焼きが仕上がってくる。 
 完成。これは本当に美味そうだ。
「お焦げの部分も美味しいから残さないで食べてね」
 おっさんが呟いた。

『いただきます』
 一口頬張ると、いやなんとも絶妙なタレが絡んで、いい味出してる。ご飯と味噌汁、漬物もついて1200円。これは絶対にお薦めだ。

 他にもヒメマスの唐揚げ定食もあるそうだ。
 実に満足してキャンプサイトへ戻ると宴たけなわだった。

「もしかして、永久ライダーを書いている人ですか?」
 青森からきたという30代ぐらいのライダーに声をかけられた。
『ああ、キタノだ』
「凄い。ここで本当に会えるもんなんですね」
 かなり感激している様子である。
「小説を読ませてもらいましたが、全部本当のことですか?」
 質問攻めか。でも決して不快ではない。
『基本的にフィクションだが、モチーフがないこともない。それに現実との大きな違いは、設定された主人公みたいに俺はカッコよくないけどな』
 俺は噴き出しながら答えた。

 その後のヨッパライダー北野は、全開モードとなり、旅の馬鹿話をしまくり爆笑の渦に。

 ふと時計を見ると11時をまわっていた。そろそろお開きかな。それぞれテントへ戻り就寝。

 星空の下での楽しい宴だった。
 翌朝、俺としてはやや寝坊してしまう。今日は移動だ。とりあえずテントを乾して、さとちゃんとバイクの側でまったりしていると、
「北野さん」
 振り向くとお若いお母さんだ。
「motです」
 おー、こりゃ凄い。ネット上では長いつき合いながら、旅では初めてお目にかかった。
『これはこれは、motさん、おはようございます』
 やがて旦那さんのkazさんも現れた。かなり不思議な感じ。
 お子さんが生まれたのは、つい最近のような気がする。もう3つだそうな。
『大きくなったなあ』
 息子さんに言っても俺のことは分からないだろうが、なんか嬉しい気分。

 kazmotさんファミリーは今日も和琴へ滞在されるそうだが、俺はあいにく移動だ。次回、じっくりと語り合いましょう。さとちゃんに画像を撮影してもらった。

 テントも乾いたようなので、俺は撤収作業を開始し、マシンへパッキングを済ませ、一服する。
 やがて埼玉のCB氏が出撃。
『あんたには本当に大事なことを思い出させてもらったよ。本来の旅人のハートが再燃した』
 彼は、とてもいい笑顔を返してくれた。

『世話になった記念だ。永久ライダーステッカーを進呈するね』
「ありがとうございます。カウルに貼ります」
 本当にカウルのど真ん中に張ってくれた。彼は羅臼のキャンプ場へ向かうそうだ。いい旅を!
 続いてタンくん出撃。

『いや、昨夜はよ。俺、酔っ払ってペラペラ喋り過ぎて悪かったな。気をつけていけよ』
 と売店前で俺は頭を掻きながら話しかけた。

「いいえ、本当に北野さんの話が聴けて楽しかったです」
 そんな風に言われるとかなりこみ上げてくるものがあるんだが。また会おうな。旅の醍醐味は交流だ。
 今日も連泊する「さとちゃん」は、非常に寂しそうだった。

「北野さんのお薦めの、ヒメマスのちゃんちゃん焼きを売店で予約して来ました」
『そうか、それはいい。あれは本当に美味いよ』

「あ、あのホームページに書き込みしますから、画像を送ってくださいね」
『おう、必ず送るよ』
 そして、パッキング作業を開始した。
 すると・・・

「ワシは3年目だが和琴キャンプ場は初めてかい。いいところだろう」
 マシンにパッキングしていると背後から見知らぬ老人に声をかけられる。

『さあ、何度利用したでしょう。18年前、俺が学生の頃からお世話になっています』
 俺は作業を続けながら答えた。

「なに18年前からだと。あんた若そうに見えるがいったいいくつだ」
 目を丸くしながら叫んだ。
『もう、それなりの歳です』
 
 俺はさらに入念にネットを張っていると
「あんた、北海道を今回、どのくらい周っているんだ?」
 この手の質問に答えるのが非常に面倒だった。真夏の日差しは強烈に屈斜路湖周辺へ照りつけており、北限のミンミンゼミの声もジワジワと蒸し暑さを助長させていた。

『ざっと3週間です』
 老人はさらに驚愕し
「な、なんで、そんなに休みが取れるんだ。近頃、大企業では2週間ぐらい夏休みを取れるという話を訊いたことはあるが、3週間じゃと」
 怒ったような口振りだ。
『旅人にそれを聞くのはヤボってもんでしょう』
 俺は噴き出しながら、せわしなくパッキングの手を動かしていた。

「あんたらライダーはバイクで簡単に移動できるからいいが、ワシは歩きだから苦労している。砂湯から和琴まで歩いて4時間もかかった。暑いから大変だったぞ。たまには歩いてみろよ」
 その老人は、なんとか旅人キタノをやり込めようとしているらしくムキになっている様子だ。
『俺は先日、相泊から知床岬まで歩きました。羆の恐怖、念仏岩の垂直降下、兜岩の120メートル降下など悪戦苦闘でしたよ』
 最後に登山用のザックを荷物の一番上にくくりつけた。

「なんじゃとー、何時間ぐらいかかった」
 老人の自慢というか、自負心が音を立てて崩れているようだ。
『何時間というか2泊3日もかかりました』
「な、な、なんでそこまでする」

「それにバイクに貼っているこの永久ライダーのステッカーはなんだ」
 ほとんど喚き散らしていて、正直面倒だったんだが・・・

『永久ライダーだからこそ体を張って岬を目指したのです』
 俺は煙草に火をつけ、ゆっくりと煙を吐き出した。俺の目には、老人の姿が最初から視界には入っては居ない。所詮、知床岬縦走の苦しさは死線を彷徨った人間にしか分からない想像を絶する驚愕の世界なのだ。

 とは思ったが・・・

『お聞かせしますか。永久ライダーの知床岬踏破の軌跡を』
 ふと人跡未踏の道なきルート、巨大なゴロタの連続が脳裏をかすめた。

 どこまでも続くゴロタの光景、岬への道のりが・・・

 しかし、じいさんは既に隣のサイトの奥さんに絡んでいた。
「あんた、和琴は何回めだ?」

 何回めだろうが、何万回めだろうが、人の勝手だ。要は自分の旅を自慢したいだけなのだろう。

 北海道を愛し、旅する若者は減った。でもコミュニケーションスキルが著しく低下しているご年輩の方が、逆に増えているのではなかろうか?

 今回の旅で痛切に感じている。

 俺もやがて老いるだろう。

 しかし、俺は人のことを詮索するより、自分の旅を大事にするスタイルを貫き通したい。

 年配者は、ギャーギャー他人のことへ干渉せず、渋く旅した方がカッコイイんじゃないか?

 きちんと若い頃に旅慣れし、風格を築いてなかったくせに、今さら説教っぽいのが煩わしい。

 それでも屈斜路の水面(みなも)は、いつものように蒼くきらめくような光彩を放っていただけだ。

 この浮世離れした光景を目にして、なんだか横暴なジイサマのことなど、どうでもよくなった。

 やがて、さとちゃんが、見送りに来てくれ、俺は静かにアクセルを挙げる。

「またな!」
 左手で手を振ると、さとちゃんが丁寧にお辞儀を返した。

 そして、名残りを惜しむようにキャンプサイトを低速で旋回する。

 kazmotさんファミリーへも挨拶をしようと思い、かなりファミキャンサイトを探したが見あたらなかった。でも出口の駐車場付近で、kazさんと息子さんの姿を確認し、大きく手を振ると気づいてくれたようだ。

 また、いつか必ず会いましょう。

 その日を楽しみにしています。

 真夏の太陽は容赦なく照りつけているが、和琴半島には、爽やかな風も流れている。

 今も昔も・・・







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