第3章 さらば鳥沼キャンプ場



麓郷展望台付近のラベンダー


北の国から



布部札幌軒
 AOさんとふたり、R237、通称花人街道をひた走る。お日様も顔を出すようになりかなり快適な走行だ。

 途中、道の駅で小休止したがライダーの数が意外に多い。対向車がいるのに強引な追越をかける無謀なライダーもいたし。AOさんによると土曜なので、地元の週末ライダーがほとんどだろうとのこと。そういえば荷物の少ないヤツが多い。
 富良野入りする。弱い雨が降りだした。カッパを着ずに我慢して走行していると布部付近で、どこかで見たラーメン屋があった。北の国から’83で放映されたラーメン屋だ。さっそく入って昼食とする。俺は味噌、AOさんは醤油をオーダーした。味は、これぞ札幌ラーメンという感じでなかなか美味い。
 実は富良野入りした訳は、以前観光地富良野にまったく興味がないと書いたら「よく見てないくせに」と読者から抗議のメールを頂戴したからだ。まあ、しっかり見ておいてやる。

 
布部から道道544へ右折し麓郷へ向かう。北の国から’02で登場した拾って来た家が立ち並んでいた。入場料200円也。もちろん入るつもりはないので外からのみ撮影。廃棄物で造られた建物は倉本監督の現代社会への痛烈な警鐘なのだろう。

拾って来た家
 北の国からは、俺が高校生の頃、連続ドラマで放映されていて当時から大ヒットだった。もちろんあのドラマ自体は大ファンである。個人的に好きな場面は純が上京する時、五郎がトラックの運転手に渡した「泥のついたピン札」、五郎がラーメン屋の女主人へ切れる「子供がまだ食べてる途中でしょうが」、あとやはり最終回の孫「快」との別れのシーンが3秒で泣ける。 

 去年、「北の国から」を初めて見たという初老の方からこんなことを言われた。

「北海道の田舎の方の人って、ドラマのようにあんなに情が濃いのかい」
『そうです』
 俺はきっぱりと応えた。

 氏は大きく頷き、
「俺も観光じゃなくて旅してみるよ、北海道へ」
 と強くおっしゃる瞳がキラキラとしていた。

(北海道病熟年デビューさせてしまったらしい)

麓郷の麦畑
 北の国からで撮影された見覚えのある建物や風景を楽しみながら麓郷の森へ入った。

 まずは、ふらのジャム園へ。北海道ツーリングの友人混浴ライダー(ミヤタ氏)のお薦めの店だ。ここはイチゴ・ハスカップ・葡萄などの手作りで美味しいジャムが試食・販売されている。さっそく5個ほど購入し、女房殿へ送っておいた(方が後日なにかと都合がよい)
 ジャム園から麓郷展望台への散策路を歩いた。途中、「五郎が熊と出会ったところ」とか「純と蛍が雪道を歩いたところ」などの看板がロケ地跡に立ててあり笑わせてもらう。

 しかし、麓郷展望台までの登りの山道は意外に遠い。肩で息をする感じになってきた。

麓郷展望台付近

展望台から
 ようやく展望台につくと自家用車で昇ってきた観光客が結構いる。わざわざ歩かなくてもと思ったがダートで道が荒れているのでバイクを駐車場へ置いてきて正解かもしれない。

 それにしても晴れていればかなりの眺望が期待できたのだが雲が多くて無念なり。
 麓郷展望台をてくてくと降りてジャム園付近に戻った。意外に時間のかかる散策路で少し足が痛い。情けねえ。

 ジャム園の隣には’00に大改装し立派になった「アンパンマンハウス」がある。ご家族連れの方は、ジャム園でジャムの試食をして、アンパンマンハウスを堪能されては如何かなと思うが。

アンパンマンハウス

こんな風景も
 もうこの辺で麓郷付近の探索はいいだろう。そろそろキャンプ場で幕営する時間だ。そそくさとセルをまわし出発だ。

 ほとんど対向車もない道道253をまったり走っていると左画像のような風景があった。草原の中の一本木、非常に絵になると感心しながら画像を撮っていると「安くて美味しい○○屋の焼き鳥」とスピーカーで流しながら宣伝カーが通り過ぎた。AOさんが、かなりムッとしていた。


さらば鳥沼キャンプ場


 途中、ダートの下りをクリヤーし東九線へ入ると相変わらずブルーシートに覆われた鳥沼キャンプ場が垣間見え、思わず吹き出してしまう。なにもかもがあの頃と同じだ。

 しかし、これが現役の鳥沼キャンプ場を見る最後の瞬間になろうとは。1999年、星降る夜に稚内のライダー達と遅くまで熱く語り合ったのがまるで昨日のようだ。付近の農家の老夫妻から農作業のアルバイトも頼まれたっけ。求人の掲示板も出てたなあ。さまざまな想い出が交錯する。

 2003年10月20日をもって多くのキャンパーに惜しまれつつ「鳥沼キャンプ場閉鎖」。長期滞在者の問題とか財政上のことなどいろいろな思惑もあるのだろう。なにせ無料キャンプ場だし。賛否はともあれ、北海道ツーリングの風物詩がまたひとつ消えたことに懐かしの風来坊北野は肩を落とすばかりだった。

 さらば鳥沼。

 俺は決してこのキャンプ場がここにあったことを忘れはしない。長い間お疲れさんでした。

 そして上富良野の日の出公園キャンプ場へ静かに機首を向けた。