第10章 クッチャロ湖



クッチャロ湖畔キャンプ場


さらば礼文


 テントに叩きつける大雨の音で目覚めた。

 今日は島抜けするつもりだ。イトウもカブ3兄弟も撤収態勢へ既に入っていた。

 皆、旅立つので残留組のヤスケは寂しくて仕方がないらしく、そっちこっちのテントを冷やかしに飛び回っているようだが、構わず作業を継続。

 しかし、俺のテントへもついに現れた。

「燃えたテントの次に購入するテントの参考にしたい」
 とか言いながら、俺のテントの内部へ頭を突っ込んだ。

『あっ、なにやってんだよ、おめえ?』

 俺のテントはツーリング用だ。自称「山屋」のテントの参考にはまったくなるまい。
 
 本当は、昨夜のキタノテントでの宴会に交じれなかったことが、よほど心外のようだ。だから勝手に他所様のテントの中をシゲシゲと見回していたらしい。

 こいつ、絶対に変質者?

 まるで、その辺の匂いを嗅ぎまくる犬みたい。こういう意味不明な行為が非常に大嫌いな北野が、テントをタタミたいんだがと言って強制的にヤスケを排除する。

 イトウ、カブ3兄弟が次々に出撃して行く。俺は朝の一便には間に合いそうもない。

 結局、雨の中の撤収作業が2時間もかかった。重い荷物をパッキングし、いよいよ出発しようと愛機を暖気してるとまたもヤスケが現れ、キタノさんの住所は?サロマ湖の船長の家の電話番号は?と今頃になって訊きまくってくる。

 この男は本当に寂しいらしい。しかし、いい歳して情けないヤツだな。日常で、よほど居場所がないのか?ホトケの顔もサンドイッチだぜ。

 ヒッ、ヒトラー、こいつをなんとかしてくれ〜

 旅の別れは失うことじゃないんだ。また新しい出会いの始まりなんだよ。旅人を志すなら、しっかりと胸に刻んでおきたまえ。こんぐらいで、くよくよしてたら旅なんかできんよ。あとお前は、嘘としつこさがなければ人望が・・・できるワケねえな?

 とにかく嘘の履歴で仲間をこしらえても絶対に真の友情は得られないと思う。仲間って信頼関係なんだから。まあ、くれぐれもこれからの旅の戒めにしてくれというか、旅だからって、嘘でもなんでもアリの男なんて俺は認めない。

 つうか、なんだ?この男は?

 出がけにヤスケが俺とヒトラーのツーショットの写真を撮った。これが後日、家庭騒動になろうとは(涙)

 彼女は、とても眠そうだった。ちなみに自分のテントで寝ているところをヤスケから無理に叩き起こされたらしい。なんでヤスケは信じられないことばかりやらかすのだろう。自分の彼女でも妻でもない女性に普通するかい?

 クラーク博士曰く、 Be Jentleman!(紳士たれ)

「それじゃあ〜いい旅を!」
 見送りの人たちに別れを告げ、アクセルをあげた。久種湖畔キャンプ場よ。お世話になった旅人よ。本当にありがとう。

 島の景色をしっかりと目に刻みつけながらアクセルを握り続けた。香深のフェリーターミナルに着くとタッチの差で、朝の一便に乗り遅れた。残念ながらカブ3兄弟やイトウたちと一緒になれなかった。またどっかでな。海上を波の軌跡を立てながら巡航するフェリーを見てつぶやいた。

 2便は1時間も立てば出航するので、乗船手続きを済ませておき、土産物屋を覗くなどして時間を潰した。するとすぐに船が入ってきた。悪天候でもなぜか観光客でごったがえす待合ロビーから外に出て、愛機と一緒にフェリーへ乗り込む。そして客室へ荷物を置いて甲板へ。

 名物の桃岩荘の別れの舞も休館中のため拝見できず少し寂しい。さらば礼文。もう一度、礼文をしっかりと目に焼きつけてから、客室に戻ろうと出入り口付近を歩いていると。

「キタノさん」

「キタノさん」

 誰かが俺を呼んでいる?どこかで聴いた声だぞ。そう女性の声・・・

「キタノさん」

 あっ!ヒトラーだ。

 ま、まさか・・・

 追いかけてきたんじゃないだろな?俺には妻子があるので困る。

「連れて逃げてよ♪」
『着いておいでよ♪♪』

 まさに「矢切の渡し」みたいなシナリオだぜ!

 全部「嘘」です・・・すいません(笑)

 しかし、偶然ながらドラマチックな展開だと思う。

 実は彼女、フェリーの2便に乗ることを目指していたがバスに乗り遅れてしまった。でも、たまたま行きにもヒッチハイクさせてもらったジムニーに呼び止められ、フェリーターミナルまで送ってもらって奇跡的に間に合ったそうだ。すげえ強運だな。

 それにしてもよくヤスケから逃げ切れたもんだ。彼女にポテトチップとかタコの燻製をご馳走になりながら話を聴くと、とりあえず利尻島に渡り、その日のうちに稚内に出て別海の自宅へ戻るそうだ。そうか、この船は利尻経由だからな。

 ヒトラーはひどく疲れているようなので、俺に遠慮せず横になれと言ったら、彼女は本当にスヤスヤと寝息を立てていた。

 疲れが溜まっているのだろう。実にあどけない寝顔だった。切なくなるくらい・・・

 ヒトラーは、優しいオンナだ。常にマイペースだけど相手のことを気遣う配慮を忘れないし。また旅先でよく見かける浮かれた軽薄女でも決してない。おそらく北の大地の人間以外では拝めないタイプ?なのかな?

 しばらくすると利尻島が見えてきた。ヒトラーも起きて大きな赤いリュックを背負おうとするも重くて立てなかった。見かねた俺はリュックを抱えてやり、その小さな肩へ乗せてやる。

 下船口まで見送り、ここから見えるあの店は漁協直営の店でな、海の幸が安くて美味い。ミルピス屋までは歩きでは遠過ぎるよ。甘露泉水は外せないポイントだぞとか利尻島について知っている限りのことは伝授した。

 そしてお互いに「気をつけて」と同時に言ったので笑ってしまう。彼女は、本当にいい笑顔で別れを言い、もうふり返ることはしなかった。

 煙草に火をつけた。やがて1本の煙草を吸い終える頃、彼女の姿が利尻の霧の中へ揺れ始め消えて見えなくなった。そして、ひとり客室へ戻る。さっきまで確かにヒトラーが存在していた場所へ座ってポテトチップをかじってみた。娘を嫁に出した父親の心境だな。そんな歳でもないか(笑)

 ヒトラーの新たな旅路が今始まろうとしている。

 大きなリュックに小さな体のヒトラー・・・

 彼女の旅に幸多からんことを祈る。

 さよならヒトラー。


クッチャロ湖



宗谷岬2003
 利尻を出ると船は大いに揺れ出した。

 船内でひたすら爆睡しているうちに稚内入港。上陸するとやっぱり、もの凄い風雨だ。とりあえず電器屋でニッケル乾電池を手に入れデジカメ復活。

 まずは、風でぶっとびそうになりながらも宗谷岬へ向かう。途中、電光掲示板へ大雨洪水警報と表示されていた。こんな雨の中、また野営かよ。宿に入りたいなあ〜
 しかし、北海道の一般観光客も気合いが入ってるぜ。悪天候の宗谷岬も観光バスでごったがえしていた。

 とりあえず記念に画像だけ撮って、すぐに移動した。

 雨の中、宗谷国道をひたすら南下した。

 空は墨を落としたような灰色になっているが、なぜか次第に雨はあがってきた。 
 間もなくクッチャロ湖畔キャンプ場だ。浜頓別市街へ右折し、セイコマで酒・食料などを調達する。

 帰りがけに千葉ナンバーのライダーから素晴らしい笑顔で挨拶される。彼は絶対にいい奴だと直感で思った。旅が長くなるとこの手の感は必ず当たるのだ。礼文の時も逆の意味で的中してたし(笑)。

 そしてクッチャロ湖畔キャンプ場へ・・・

クッチャロ湖

美人の湯
 ここのキャンプ場のシチュエーション、かなり気に入ったぞ。夕陽が綺麗だし、何より湖畔に面していて湖の眺望がばっちしだ。北野の道東のベース基地、和琴キャンプ場にかなり通じるものがある。道北のベースキャンプ地にしたいくらいだ。利用料200円もかなり安い。

 さっさとテントを立てて温泉へ。国民宿舎北オホーツク荘の美人の湯。250円也。こりゃ、いい湯だ。疲れた体が本当に癒される。絶対にお薦めだ。
 さて、そろそろ夕食か。とにかく万事アバウトなのが北野流だ。クッカーで米を炊き、ニラレバ痛めと卵スープ。充分充分。ハフハフいいながら食べた。いや〜簡単ながら実に美味い。

 なんて喜んでると俺の前を通って行く男、あれ?どっかで会ったぞ?そう、セイコマで挨拶してくれた千葉ナンバーの笑顔がチャームポイントのライダーだ。

そろそろ夕食
 さっき会ったよねと言うとニッコリ頷いた。ということで一緒に飲むことになった。彼のニックネームは、「たばけん」というそうな。

 たばけんくんは、本当に素直で爽やかな人柄で俺も心地よく飲むことができた。

 学生時代の5年前に北海道ツーリングして以来だそうだ。なんでもその時は後ろに彼女を乗せた旅だったとか。え?するってぇ〜と何かい?夜はバイクならぬ違うものにまたがっていたのかい?

 姦通罪だ。←死語です。

笑顔が映えるタバケン氏
 なんて冗談ですが、楽しいひとときでした。その時の彼女とは自然消滅し、彼女募集中だとか。

 彼は、大学卒業後、プログラマーになるも退職。その合い間を縫っての旅だそうだ。

 けど、あんまり酒が強くないらしく早めの沈と相成った次第。

 おやすみ。俺も疲れが溜まっている。静かにシュラフに入った。