第16章 岬めぐり



きりたっぷキャンプ場


霧多布にて



落石岬
 根室駅前から花咲へぬけ昆布盛にでた。そして落石岬へと向かう。途中、霧が出始め次第に濃さを増してきた。

 落石小学校付近を過ぎるとドラマ「北の国から1998」のロケ地跡があった。このあたりで蛍が不倫相手の医者と暮らしていたんだっけ?

 落石港から岬を見ると確かに先端部分の岩がきっぱりと落ちていた。自然の驚異を感じる。


 途中セイコマで今夜のおかずの調達をした。駐車場では、ご夫婦ライダーに「霧多布付近は霧が濃くて危険だし、雨も降りだしているので宿をとっては」とアドバイスいただく。

 お礼を申し上げて出発。でももうこの程度では野営を中止するつもりはない。確かに霧雨で走り難いけど無事「きりたっぷキャンプ場」へ着いた。霧多布岬は、エトピリカやエゾカンゾウの群生で有名だが、夏場はその名の通り霧ばかり。 

前室を造る


 一応管理棟はあるが無料。低料金のキャビンもあり雨の日はお薦めだが、この時期、この天候で既に満室。

 さっそくテントの設営を開始する。風が強くなることも想定して張り綱も強く張った。さらにちょっと工夫してビニールシートにて前室を造った。これでカッパを着て飲み食いする事態は避けられる。米を炊きお湯を沸かした。

 先ほどセイコマで買ったさば焼きをつまみに酒を煽る。今夜も星を観るのは絶望だ。そんなことを考えながらチビリチビリと杯を傾ける。

 ご飯も食べ、もういい加減眠くなって来たのでシュラフに入った。隣では、こんな天気でも元気に宴会をやっている。「バシッ」という音が気になる。つまり宴会組の人がトイレに行く際、僕のテントの張り綱にやたら足を引っかけて行く。

 まあ、気にせず無理に寝てしまおうと思ったらホントに寝てしまった。

 がっ・・・

「きゃー・・・」
 若い女の声だ?なんだ?なにがどうしたんだ?テントの外から僕の上に圧しかかっている人がいる。
「すいません、転んじゃいました」
『それはいいけど怪我はないですか?』
「大丈夫です」
『ワハハ、でも完全に目覚めましたよ』
「本当にごめんなさい。どうぞ仲間に入って」



結局宴会
 宴会に参加させていただくと、弟子屈からキャンプに来ていらっしゃるヤマモトさんファミリーが主宰していた。そこにさっきの女性を始め、周りのライダーやチャリダーが集まって歓談していたようだ。

 ヤマモトさんファミリーは、昨年からキャンプにハマっているという本当に大らかなご家族だった。素敵なファミリーだなあと思っていると、さっそく酒を注いでいただく。「すいません、ゴチになります」。ガンガン酒をご馳走になると今宵もしたたかに酔った。 


「さっきはホントにごめんね」と言いながら、転んだ女性が話しかけてきた。
 彼女もかなり酔っている。
『あのなぁ、あんまりくっつかないでくれ』
「あら恐いのね、キタノ・・・」
 と言いながら僕を呼び捨てにしている。

 ん?なんで俺の名を知ってるんだ?とにかくひと回り以上も歳が違うだろう。僕はケジメとかにうるさい男なんだ。

『せめて永久ライダーとかキャンパーネームで呼びなさい。そして俺も呼び捨てにさせてもらうぜ、スミレ』
 と言いながらトイレに起つと・・・

 
ドテッ・・・

 思いっきりコケた。なぜか落ちていたいた缶詰のフタで手を切ってしまう。酔っているのでドクドクと流血していた。そして、スミレがなぜか泣いている。どうやら、この女は酒を飲むと泣き上戸になるらしい。一種の酒乱か?

『?????』
「あたしのせいなの。そこに缶詰置いたのスミレなの」
『そうなの。けど、このくらいぜんぜん平気だよ』
「ダメダメ」
 と言いながら実に丁寧に傷口を消毒し、キズバンを貼ってくれた。おまえ本当は優しくて、かなりいいやつなんだなあ〜ありがとな。素直で綺麗な瞳がとても印象的な女性だった。

 その後、いろいろ質問されたので「キンムトーの惨劇」など悲惨な体験をおもしろおかしく話すとスミレは大ウケし爆笑していた。

「なんで永久ライダーは、そんなに辛いツーリングしてるの?体中ボロボロじゃない」
 スミレは俺の顔を覗くように呟いた。
『旅は男を磨くものだ。それに旅、トラベルの語源はトラブルらしい。苦労してこそ達成感があると思う。楽だけ求めるなら観光バスで来るさ。でもそれじゃつまらんだろ』

 なんてキザな話をしながら遅くまで酒を煽った。岬にかかる岩波が「ザブーン」と何度もこだましている。

 なつかしの風来坊は、最近、若い人達と次第に話が合わなくなりギャップを感じていた。もちろん迎合する気もサラサラない。でも旅人というハートさえ同じであれば年齢に関係なく打ち解けられるものだと痛感しながらシュラフへ入る。

 その後、酔ったスミレが
「眠れないの、キタノ」
 と言いながら俺のテントへ潜り込んできたのは内緒だ?

 多少歳はとったけんども、俺だって健康な普通の男子だ。いきなりヨッパの若い娘に抱きつかれてスイッチが入っちゃったら、どうすんの?

『いい加減、早く寝ろ!』

 もちろん、少しだけ話をしてお引き取りいただいた(本当だぞ)。俺は、こう見えて女にはかなりキチンとしているのだ。単に妻に殺されるのが怖いだけだったという噂もある。


岬めぐり


8月17日 晴れ後雨


 習性というか老人のように早朝に起床。もちろん誰も起きている人がいない。よし、混雑する前にある程度岬めぐりをしておくか。

 霧多布近くの「アゼチの岬」へ向かう。ここからケンボッキ島や琵琶瀬湾、浜中湾の美しい海岸線が一望できる。付近は岩礁が多く、航海の難所とされている場所でもある。

 突端には紅白の湯沸岬灯台があり、近くには海鳥の繁殖地もあるらしい。

アゼチの岬



琵琶瀬展望台から
 琵琶瀬展望台へ入る。

 湿原とその中をゆったりと蛇行する琵琶瀬川。え?アマゾンみたい。点在するいくつもの沼、湿原を取り囲む原生林、真後ろを見ると太平洋の大海原が望める。なにこれ?凄い!凄過ぎる光景だ。こんな所があったのに3年前には素通りしていたのか。

 売店で、生ガキも食べた。美味い・・・

 すっかり満足して涙岬へ向かった。


 涙岬は下画像の通り女性の顔を顔をしている岸壁があることで有名だ。アイヌの言い伝えで、ニシン漁が盛んな頃、厚岸の若者と霧多布の網元の娘が恋に落ちた伝説で知られる。

 嵐の夜、厚岸から船で霧多布へ向かう時に座礁し、若者は海の底へ消えてしまった。この事実を知った娘は、この断崖に立ち泣きながら声を限りに若者の名前を呼び続けたという。

 この言い伝えにより、嵐の夜には娘の悲しい咽び泣きと若者の恋焦がれて叫ぶ声が、風と共に聞こえてくるそうな。悲しい話だ。


 キャンプ場に戻るともうほとんど人がいない。ヤマモトさんファミリーは残っていて、
「あんた今日は弟子屈のウチへ泊まれ」
 ありがたくも誘っていただく。
「俺は間もなく旅を終えて苫小牧から離道するので今回は遠慮しますね。また来年お会いしましょう」
 そして、お互いに住所を交換した。なんて暖かい家族なのだろうと改めて思った。


 近くに居たおばさんが、
「スミレちゃんが、あんたのことをずいぶん待っていたよ。キタノを見なかったかって、あたりのキャンパーへも訊きまわってたし。でも、さっき寂しそうに出かけたけど」
 と教えてくれた。

 待ってたんだ。そうだ。ちゃんとスミレに世話になった礼を言うべきだった。ふと携帯を見ると着信が2件ある。折り返しTELすると移動中で留守電。間違いない、スミレからだ。でも携帯のアドレスを教えた覚えはない?不思議な女だった。

「ありがとな。でも既婚者の良識として、もうリダイヤルはせんが・・・」
 男の背中が哀しそうにそう語る。

 正直、辛い思い出になった。歳は少し離れていたけど優しくて、気のいい女だった。

 北海道では、多分、最初で最後の浮いた話というやつになるだろう。

 けどね、俺には妻がすべてである。決して裏切ることなどあり得ない。

 着信したスミレのアドレスは永遠に封印(削除)をすることにした。

 俺自身の旅のケジメとして。

 元気でな、スミレ。夏の北海道の旅を続けてさえいれば、いつの日かまた会えることもあるだろう。

 なんという種類だろう?凄く綺麗な蝶々がゼファーのミラーへ少しだけ停まり、岬の方へと消えて行った。

 そして俺は静かにスロットルをあげた。

 ごめんな。俺には体を張って守るべきものがある。それを一番大切にしていきたい。

 でも、心からありがとう。

涙岬