第12章 キンムトーの惨劇



キンムトーにて


キンムトーの惨劇


美しい沼畔
 まだ時間的に早い。池の湯林道へ入った。熊多発エリアらしい。夕べAOさんから、雨で道がゆるんでいるから「キンムトー」は諦めた方がよいのではと忠告いただいた。でも林道とはいえ、フラットなダートなので楽勝、楽勝(この認識の甘さが悲劇を呼ぶ)。この程度なら、チミケップへ行くより走り易い。


 結構、山の中まで入ると「キンムトー」の標識が見えた。ここを右折して300mと書いてある。バイクを置いて歩こうかなあ。でももう狭い道に曲がってしまったので面倒だし、このまま沼畔まで行こう。ところが、粘土状のもの凄い悪路だ。ひえ〜。アクロバットな操縦で、なんとか沼畔まで降りた。帰りはどうしよう。まあ、なんとかなるか。

 ツーリングマップルには「湯沼」と記されている沼だ。川湯方面の林道からも来れるらしい。沼全体は火口湖で、湯が湧く場所もあるからその名が付いた。でも地元では「キンムトー」の方が通りがよい。営林署の職員が「勤務地の沼」という意でこう読んだのが始まりだ。朝夕には鹿が水浴びに来るという秘境中の秘境である。

 美しい沼面を充分に堪能した。そろそろ引き上げるか。粘土状の悪路を少し登った。

 すると、とんでもない事態が・・・

 後輪が泥の中にめり込んで動かない。よし下に木屑かなにかを敷いて、この状況を打開しよう。サイドスタンドを立てて周囲を物色していると「ガタン」・・・

 なんということだ。ゼファーが・・・

 サイドスタンドが泥の中へ沈み倒れてしまった。それだけならいいが、道が左横に大きく傾斜しており、愛機が腹を見せている。まさに「まっさかさま」だ。いくら基本的な体力のある僕でも絶対に立て直せない。つうか、プロレスラーだって相撲取りでも一人では直せない。3人以上は必要だろう。それでも健気にバイクを起こそうとした。体力だけが、どんどん消耗していく虚しい努力だ。

 落ち着け永久ライダー。さすがに画像を残そうなんて気にもならない。命がかかっているのだ。こんな山の中に人などいない。そうだ、携帯だ。携帯で消防・・・いや警察か?救助を呼ぼう。しかし、最後の望みは、あっけなく絶たれた。「圏外」、そうだよな。和琴キャンプ場ですら電波状態が悪いんだ。こんなとこで繋がりっこない。大自然の前には文明の力など一切通用しないのだ。

 天は我を見放したか!


 


ど、どうしよう・・・


 疲れ果て岩の上に座り込んでいた。煙草を吸いながら思案する。こうしていてもどうにもならん。最終手段、自力で下山しよう。バイクではそうでもないが、歩いたら大変な距離だ。熊多発エリアなので危険すぎるのは重々承知している。しかも間の悪いことにこんな時に限って熊避け鈴を忘れて来ている。

 暑い。汗をダラダラ流しながら歩き始めた。とにかく熊が出ないことを祈るのみだ。いくら歩いても景色は山の中の風景に変化はない。せめて麓が見えれば気が楽になるし、大きな励みになる。体中をアブに刺されているが、振り払う気力も起きない。

 本当に俺は、北海道の山中まで来てなにやっているんだろう。林道をナメきっていた。熊に襲われたら敵わぬまでも戦死しよう。妻や子よ、本当に申し訳ない。どうか健やかに暮らしてくれたまえ。そして骨はオホーツクへ撒いてくれればいい。生命保険は3千万おりるはずだ(後日3百万だったと判明する)。友人や旅仲間の皆さん、いろいろお世話になりありがとうございました。たまには「キタノってやつもいたなあ〜」って偲んでやってください。あろうことか「遺言」まで言い始める始末。

 どれくらい経ったろう。かなりナーバスになりながら、とぼとぼと歩いていると車の音?間違いない。こっちに近づいて来る。た、助かった。軽自動車が土煙を上げながら目の前に来た。すかさず手を上げると・・・

「どうした?」年配の男性が訝しげに僕を見た。
『実は、キンムトー付近でバイクを倒しちゃって』
「とにかく見てみるべ。乗りな」ありがたく助手席へ乗せていただく。

 キンムトーの入り口にはキャンピングカーが停まっていた。3人おれば何とかなるだろう。家族連れのおとうさんも快く手を貸してくれた。3人で力を合わせてもなかなか立ち上がらない。数度目にしてようやく体勢を立て直し、虎口を脱出する。おふたりには本当に心から御礼を申し上げた。なんて感謝してよいやら。軽自動車の男性が「あんまり無理なことするなよ」と言い残して去って行く。そして僕は、深々と頭を下げながら見送った。肝に銘じます。

                  


 ダートをひっそりと下った。お盆中で、秘境といわれるキンムトー付近にも人が入っていたお陰で助かったと思う。平日だったり、遅い時間帯なら完全にアウトだ。Mr.GNUの急な坂道(嘆きの坂)やチミケップのダートをオンのビックマシンで楽勝で走ったので慢心していた。

 下山するとスタンドへと向かう。そして、可愛そうに泥だらけになったゼファーを愛馬を洗うかの如く丁寧に汚れを落とした。


泥だらけ愛機


 ご覧の皆様は、決して林道をオンで山奥まで行こうとは思わないでくださいね。今回ばかりは正直言ってもうダメかと思いました。この章のタイトルが「永久ライダーの最期」とか「北海道ツーリング’02遺言」にならなかったことをただただ天に感謝するのみです。