2004.12.22 〜 2005.1.3












 ここはどこだ?自宅じゃないよな。

 あっそうか。俺は旅に出てたんだ。しばらく寝ぼけていた。冬に長旅をする機会は今までほとんどなかった。どうも夏男な俺は旅人モードのエンジンのかかりが悪い。

 とりあえずシャワーを浴びて出発の準備をする。昨日の教訓から朝食バイキングは控えることにしていた。カウンターで精算を済ませ重いリュックを担いで外に出ると・・・

 うっ、滅茶苦茶寒い。

 釧路の街は凍っていた。早朝なので人通りも閑散とし交通量が異様に少ないのも寒さを助長させている。
 気温マイナス12℃、路温マイナス8.6℃。

 駅前通りの電光掲示板を見ると前述の通り。これは寒いはずだ。

 今日の予定は、最東端「納沙布岬」へ行くことだ。しかし、冬の納沙布ってどんなもんなんだろう。釧路でこんなに寒いんだから相当過酷なものがあるんだろうな。想像もつかん。
 駅前到着。とりあえず時間があるので和商市場を覗いたが歳末商戦たけなわという様相で、とてもとても勝手丼など食べている場合ではなさそうな雰囲気だった。

 朝食は好物の立ち蕎麦で済ませようと駅に引き返したが釧路駅には存在しなかった。

 そこで知る人ぞ知る「やまだ」でおにぎりを2個ほど購入。リュックに詰めて花咲線のホームへ向かった。
 根室行の各駅停車の車両はたったの一両だがお客はそれなりに乗っていた。先刻購入したおにぎりをかじっていると列車(一両だから列車じゃないか?)が動き出した。おにぎりが美味い。

 昔(1970年代)、NHKで”男たちの旅路”第2話「流氷」というドラマが放映されていた。水谷豊が会社命令で故鶴田浩二を花咲線へ乗って逃避先の根室へ迎えに行くシーンがあったのを思い出す。確か山田太一脚本だったかな。
 厚岸駅到着。もし駅弁売りが来たら躊躇いなく名物「牡蠣めし」を購入するつもりだったが、残念ながら僅かな停車時間で出発してしまった。しかし冬って販売しているのだろうか。

 外の気候はとても穏やか(もちろん気温は分からない)だった。夏に厚岸へ来たのがつい昨日のことのように思い出される。あのじいさんは健在にされているだろうか。
 糸魚沢を過ぎたたりりから凄い光景に。

 凍っている。川もそのまま凍っている。大地そのものも凍っている。十勝平野を大雪原と書いたが、根釧原野は大氷原と呼ぶのが適切であろう。

 そして列車が警笛をならしながら急ブレーキを何度かかけるようになってくる。

 前の座席の旅人っぽいじいさんが驚いた猫のように飛び上がって起立していた。
 どうやら線路の上に蝦夷鹿や鷲などが居座っていることがあり、その都度急ブレーキをかけているようだ。そして前の座席のじいさんも条件反射で立ち上がる。その姿がミイヤキャットそっくりなもんで笑いをこらえるのに必死だった。
 ミイヤキャットじいさんは大きなリュックを背負って浜中駅で降りていった。

 しかし、窓の外の風景ばかり見ていると目が痛くなってくる。この辺りは北太平洋シーサイドラインも終わりを迎える海岸線だな。俺は目をこすりながら海を見つめた。ここはオロロンラインと並んで大好きな道だ。

 しかし風景がなにか変?そう雪が少ない。ついさっきまでの氷の世界とはまったく趣を異にしていた。
 落石、最東端の駅東根室も意外に雪が少ないと思っているうちに終点根室駅到着だ。根室駅前も案の定暖かく感じた。根室って夏に来ても寒いイメージがあったが冬にこんな暖かい日もあるんだ。妙に感心しながら根室交通の納沙布岬行バスに乗り込んだ。

 バスは観光用ではなく生活路線だった。地元の老人で結構混みあっていたが岬が近づくにつれひとり減り、ふたり減りして誰も居なくなってしまう。マジかよ。納沙布岬で俺一人になるのか。この時期観光客が納沙布に来るはずもないのかな。などと思っていると。
「あのう、さっき電車に乗られていた方ですよね」
 後ろの方から女性の声がする。振り返ると小学校低学年ぐらいの娘さん?を連れたお母さんだ。
『はあ、そうです』
 俺は、この親子の記憶がなかった。
「電車のなかから外の風景をずっとご覧になられてましたね」
 ニコニコしながら上品な笑顔を向けている。
「旅ですか?この時期に納沙布岬に来られるとはよほど思い入れがありますの?」
『特に納沙布というわけではないのですが、北海道の旅が好きなだけなんですよ』
 そう答えつつも、あなたもなんで納沙布にいるの?と訊きたかったがやめた。

 バスを降りるととにかく納沙布岬もポカポカと穏やかな陽気だった。このあたりの冬って厳しいんだろうな・・・って今、冬なんですけど。と勘違いするほどだ。
 北方領土も見渡せたがデジカメの画像ではかなり微妙に写っている(水平線ギリギリ過ぎる)のでUPはしないが茶色の島がいくつか肉眼で確認できた。さらに択捉は雲と見間違えるような真っ白い山々が氷河のように連なっていた。

 しかし先刻の母娘以外誰も居ない。なんとも閑散とした納沙布岬だ。

 先ほどのバスが折り返し根室駅へ戻る頃、車内へふたたび乗り込んだ。
 バスのなかで、娘の方が
「おじさんってさあ、なにをしてる人なの?」
 無邪気に訊いてきた。
『俺かい?』
 少しだけ考えた。

『世の中の悪い奴らをやっつけながら旅を続けている人なんだよ』
「あっ、わかった!水戸黄門みたいな人なのね」
 女の子はニコっと微笑む。

 俺はご老公かい?

 母親は笑いの壷に入ったらしく、下を向いて肩を震わせながら咳き込んでいた。



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