磐梯山山頂

2005.7.17〜7.18





「翔ぶが如く!」



「腹がへった」
 くらくらしながら裏磐梯ママキャンプ場を目指した。

 ママキャンで久々に米をクッカー炊きしようと思っていたが、もうダメ。コンビニへ飛び込んで弁当を購入。凄い勢いで食べ終えた。ふう、どうにか落ち着いた。

 夜の帳が降りてきた頃、ようやくママキャン駐車場へ入る。

「あら、北野さん。こんな時間にどうしたの?」
 管理人のおばちゃんが目を丸めていた。
『明日、早朝から磐梯山を登ろうと思って。これからテントを張らしてください。それと明朝は早出なんで料金、今のうち払います』
「なに水臭いこと言ってんの。こんな遅くに入って朝が早い人から料金なんか取れるかい。好きなところにテントを張って、ゆっくり休みなさい」
 うっ、なんて親切なんだ。でもそれでは申し訳なさ過ぎる。俺は何度も利用料を渡そうとするも結局受け取ってもらえなかった。すみません。今度また土産を持参します。
 さっそく新テント「アライ究極の一人用テント」の設営を開始する。重さはなんと1.25キログラムだ。まさに単独行のためだけに存在する驚異のテントだ。設営も非常に簡単で、あっと間にフライシートを被せ、マニュアルなしで組み立て完了。

 なにより、しっかりとした構造で、風雨に抜群の効力を発揮できそうだ。

 シュラフやマッドも広げて中にぶち込んだ。
 マグカップへウィスキーを注ぎ一口の飲んだ。これだ、これが俺の求める野営の至福の瞬間だ。さらにグイグイと煽ると心地よく全身へ酔いがまわってくる。

 ふと空を見ると星が出ていた。まだまだ真夏の星降る天の川へは至ってはいない。でも桧原湖へも投影するひとつの大きな星を見つけ痛く感激する。やっぱりキャンプして正解だった。
 ガソリンランタンの灯も本当に優しい光彩を放っている。

 残念ながら大き過ぎて北海道ツーリングには持参してやれないが、地元のキャンプなら積極的に活用して行こう。

 そして、また一口、マグカップへ入った酒を煽る。かなり酩酊してきた。

 嫌でも隣のファミキャンの酔ったオヤジの俗世の自慢話が耳に入る。
「俺は、正直言って兄弟のなかでは一番稼いでいる」

「けど苦労も多いんだ・・・」
 ここでそんな苦労話など聴きたくもないのだが、まあ、オヤジも大変なんだろう。

 子供さんは小さいようなんで、俺より年下かな?でも、所帯じみて、もの凄く老けて感じる話し振りだった。

 俺も人の子の親だ。当然悩みもたくさんある。でも俺は筋金入りの旅人だと自負している点は、旅の中で絶対に個人的な愚痴をこぼしたりしないことだ。愚痴を言って現実が好転するなら別だが、そんなことは在り得ない。

 大声で話すファミキャンのオヤジの所帯話が、返って周囲のソロキャンパーへ不快感というか脱力感を助長させるのみ。正直辛気臭い。いろいろあると思うが、裏磐梯で言ってもしゃあないよ。ある程度、愉快に騒いでも俺は苦情は言わないタイプだ。旅はプラス思考で行こうぜ!ウジウジしてないで正々堂々と山にでも入って、心地よい汗を流すと欲求不満が、かなり解消されると思う。

 外で飲んでいるとヨッパライオヤジというか男のおばさんのような愚痴がエンドレスに聴こえてきて頭が痛くなりそうなんで、ほどほどの時間にテントに入った。そしてシュラフへくるまり、超爆睡!
 早朝に起床。夕べは早い時間に熟睡したので、前日の疲れはきれいさっぱりとれていた。なんだか俺って健康な若者みたい。テキパキと撤収作業をすませる。

 車を暖機していると
「北野さん、一杯ぐらい飲んでいきなよ」
 おばさんから誘われ、目覚めのコーヒーをご馳走になる。ただで泊めていただき、ご馳走にまでなってありがとうございます。深く御礼を申しあげ出発する。
 途中、コンビニでしっかりと朝食をとった。昨日の教訓を活かし昼食のおにぎりも3個ほど購入。

 ゴールドラインは7時前にもかかわらず係員がおり、しっかりと通行料をとられた。ここから4キロほどのパーキングが八方台登山口だ。パーキングへ到着すると既にたくさんの車が停まっていた。ニッコウキスゲの見頃がこの時期という雄国沼への登山口と重複しているので混雑しているのだろう。
 諸々の準備を済ませ、「熊出没注意」の立て看板を横目に登攀を開始した。

 緩やかな登りをゆっくりと歩いていると硫黄の沼が現れる。どうやら有毒ガスも発生しているらしい。その近くに廃屋となった磐梯温泉中の湯跡が建っていた。結構不気味。

 日差しがいよいよ強くなってきた。首から下げたペットボトルの水をガブガブと飲んだ。しかし、磐梯山の登山道は実によく整備されている。勾配がキツイところには必ず階段状に木が埋め込まれていた。でも、ずうっと登りっぱなしなんで体力が非常に消耗していく。

 延々と登り続けた。ペースが落ちて行くのが自分でもよく分かる。やがてアルツ磐梯スキー場を望むころになると後続の登山者から「こんにちは」と言われつつ次々に追い越されるハメに。ご年輩のおばさんに抜かれたときは、かなりヘコんだ。

 もう、ずいぶん登ったが、まだか?頂上?
 標識に「お花畑」と「弘法清水」の分岐があった。どちらから行っても頂上へのルート、頂上手前の「弘法清水」に辿り着くようだ。かなり疲れてはいたが、せっかくだから遠回りでも、お花畑ルートをとった。ところが、お花畑はただの草原。ようやく見つけた知らない高山植物を撮影した。

 それにしてもここから拝む磐梯山噴火口の光景は凄い。山の半分が噴火で吹っ飛んだ傷跡をリアルに拝み、せっせと登る。
 頂上手前「弘法清水」へ到達。ここには2件の売店がある。まるで観光地だ。

 ということで、さっそく弘法清水をいただいてみた。冷たくて美味しい。理屈を超えた美味さだ。2リットルのペットボトルへも水を満たし、リュックへ収めた。以後数日、自宅の冷蔵庫で冷やして飲み続けた弘法清水の味は、秀逸の一言に尽きる。
 さて、そろそろ頂上踏破をしちまうかと思った頃、中学生の修学旅行のご一行が・・・

 これでは頂上手前で確実に渋滞するだろう。時間調整のために昼食をとる。今朝、購入しておいたおにぎり3個をバクバクと食べた。やはり山はご飯に限る。ほとんど一気に平らげた。

 ちょっと気になったのは頂上手前の弘法清水付近が、なんで4合目なんだ?どうやら頂上が5合目らしい??
 頂上が5合目?富士山の登山口だって5合目のパーキングにあるじゃないか?

 近くに居た山オタクのおじさんが教えてくれた。
「磐梯山は噴火で6〜10合目まで吹っ飛んだんだ。だから頂上1818メートルが5合目なんだ」
 つうことは、噴火前は富士山クラスの標高があったんだ。スゲー!

 しかし、居るもんだね、山オタクの人って。常にソロで県内の山のどこかを歩いている。似たような人とどこかで会って情報交換をしているようだ。売店や山小屋では、かなり顔が利くらしい。そして、なんでも知っているおっさんたち。俺?俺は初心者なんで違うカテゴリーでしょう?

 そろそろ大丈夫かな?標準タイム45分の頂上アタック開始。
 急な登りだ。最初は階段になっていたがだんだん険しくなってくる。弘法清水を飲みながら黙々と登った。周囲はガスが立ち込めてきた。本当に苦しい。なんで俺はいつもこんなことばかりやってんだろう?誰も褒めてくれるワケもない。なにか儲かるワケでもない。

 でもやり遂げてみたい。俺はもともと旅人だ。そこから派生して山行を繰り返すようになった。誰のためでもないが、人のやりたがらいキツイなにかを常に求めている。適切な言葉では表現できないが「男のメロン」だ。
 ふと登山道脇の野花へ目をやった。こっ、これは「レブンウスユキソウ」か?

 俺はまた白日夢を見ているのか?

 がっ・・・

 どう見てもエーデルワイス科ではないか?草花に詳しくなくても、これだけ礼文島に関わってきた俺なら分かる。
 なんて思っているうちに最後の強烈なガレ場となった。あと少し。とにかくよじ登った。そして急に視界が広がり・・・

 祝!百名山磐梯山1818M初踏破!時間にして4時間半。

 頂上は多くの人で溢れている。なぜかこの時期トンボもたくさん飛んでいた。

 ガスで下界はほとんど見えなかったが正直嬉しい。
 煙草に火をつけ暫し悦にひたった。そろそろ下山しよう。時刻は正午をまわった。昨日の反省を踏まえ降りはペースをあげた。

 降り、無理をすれば羅臼岳のときと同じように確実に膝を痛めるだろう。しかし、俺は山行を繰り返すうちに痛めない方法を体得していた。腰を低くし、歩幅を極端に短くしながら素早く歩く。

 頂上から弘法清水まで、この戦法で15分で帰還。前に人が居なければ10分で戻れたろう。

 ここから、同じやり方で、ひたすら降る。

 途中、
「凄い速さですね。急用ですか?」
 いろいろ訊かれたが、曖昧な返事だけを残してほとんど小走りに突き抜ける。

 とにかく昨日の安達太良山からの下山は不本意だ。俺は本気を出している。

「天狗さまみたい」
 あるパーティのおばちゃんたちが叫んでいた。俺は単独行の北野だ。常人ではない。

 まさに「翔ぶが如く!」

 多分、伝説的な記録だろう。登りは4時間半近くかかったけど、降りは1時間半を切る驚異の速さだ。

 休憩は一度もとらなかった。
 でも取材の手も緩めることはない。

 登山口手前の中ノ湯付近で、ボッケ?発見。まるで阿寒湖みたい。とりあえず画像を撮影。

 そして、また走る。

 こういう降り方はよくないかも知れないが、昨日の下山だけは俺のなかの「男の美学」に反する。
 下界は激しい陽光が照りつける、うだるような暑さだった。百名山2連登とはいえ、今日はまったく疲労や空腹感がない。煙草に火をつけ、登山靴を脱ぎ、荷物を車に積み込む。

 ふと見上げると裏磐梯の雲が切れ、澄んだ空が蒼くどこまでも遠くへまで広がっていた。

 本日の山行では、課題の下山の遅さをしっかりとリベンジした。喰うべきものを喰らえば北のサムライは絶対にやれるんだ!

 しかし、翌日以降、山行とキャンプで虫に刺され過ぎて体中発疹だらけ。全身がかゆい(泣)




FIN



記事 北野一機



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