霊峰・霊山(りょうぜん)
2005.7.24
北海道ツーリングまであと少し。ということで車検からあがったばかりのゼファーでちょっと散策してこうと思い立った。 そのわりには登山靴を履いて、山用のリュックをかついでるし。山男ライダー出撃! 場所は霊山(りょうぜん)、自宅からマシンで30分ほどで到着。しかし今日も暑い。ゼファーから降りて靴紐を締めた。 霊山は奇岩・奇石の威容で有名だ。安達太良の山頂からも確認できる。開山から1100年の歴史を誇る。また南北朝の争乱で南朝方の勇将北畠顕家が、この地で国府を開いたことで歴史的に有名である。「霊山づけ」の名で漬物でも知られる(結構好き)。ハイキングコースも整備されているそうなので今回訪ねてみた次第。 |
登山口へ入る。緩い登りが続くが途中から急に勾配のある階段になる。階段を過ぎると登りの山道に。しかも気温が高い。汗がだらだら流れてくる。 これがハイキングコース?かなりしんどいんですけど。 階段脇に綺麗な花が咲いていた。思わず撮影する。そして持参した水をガブガブと飲んだ。 |
ようやく登りのピークを過ぎると「宝寿台」の標識があった。行ってみよう。すると大きな階段に梯子が架けられていた。あれを登るのか?突撃〜 結構怖い。下を見ないように登るか。しかし下を見ないと自分の足元を確認できないことに気づく。え〜い、ままよ。強引に両手両足を動かして、岩を登りきった。 |
ここが宝寿台か。安達太良頂上から見えた大きな岩はこのあたりのものなのか。 眺望もいい。というか2,3メートル先が断崖絶壁だ。怖いけど真下も見たい。ヒヤヒヤしながら真下を覗いた。こっ、怖い。半端じゃなく。清水の舞台どころじゃない。膝がガクガクと震えてきた。 撤収! |
比較的なだらかな山道を歩いた。マップなしだとどうやって頂上踏破をしてよいのか分からない。まっすぐ歩くと霊山城跡へ至るようだが、それよりもまず頂上だ。 よく分からないけど真上に登る道に入った。普通に険しい山中だった。上だ。上に向かえばとにかく山頂だろう。まったくどこを歩いているか分からない?人気もないし。とにかく登山靴履いてきてよかった。 画像は「見下し岩」・・・かも? |
鬱蒼とした森の中を歩くと頂上「東物見岩」の標識があった。遠くは相馬や牡鹿半島の海まで見渡せるそうだが、今日は霞がかっていて望めなかった。残念。 東物見岩を降りると「霊山城址」への標識が見える。ということはわざわざ険しい山中を歩かなくとも最初の道を歩いていれば楽にここまで来れたことになる。つまり俺は大汗をかきながら直登したことになるようだ。 俺の生き方は、いつもこういう風になるらしい(泣) |
あっという間に霊山城址へ到達。しかし顕家公もこんなに険しい山中になんで築城されたのか。まあ、当時の城は山城が主流だが、いくらなんでも険し過ぎる。逆に天然の要害としてはもの凄い強固な城だ。 城址では、おっさんたちが昼間からビールを飲んでにぎやかに宴会をしていた。いいなあ。俺もビールが飲みたい。ギンギンに冷えたのが飲めれば俺は裸踊りをしてもいい。 でも誰も見たくないというか、悪酔い必至だろう。 |
下山開始。国司館跡を過ぎると水場の標識が。ビールは諦めて水を飲もう。道脇に逸れて渓流に降りた。 これが水場?沢の水を直接飲む場所が水場らしい。これではちょっと。北海道ツーリングを繰り返していると湧き水以外は、どうも信用できない。最近は本州でもエキノコックス発症の事例もあるし。 諦めてテクテクと山を降りる北野の姿は、どこか寂しそうだった(自分の姿が見えるのかい?) |
駐車場ではポツンとゼファーが待っていた。もう11年の永きつき合いの愛馬だ。最近、山へばかり入って、このサイトの本文であるツーリングの記録がおろそかになっていた。 でもゼファーイレブン、間もなくお前の出番だ。北の大地なら総走行距離の半分以上走っているだろう。こいつと組んで宗谷岬はおろか、礼文島・利尻島、チミケップまで極めた。北海道で走破していないルートの方が珍しい。オンマシンでも林道へ突撃し、キンムトーでは一緒に遭難しかかったこともあった。まさに北海道ツーリングのためだけに存在する歴戦のマシン、いぶし銀の北の名馬だ。 GW以来、久しぶりに愛機と画像を撮ろう。三脚を出してセルフタイマーでパチリ。しかし、完全山装備の俺と愛機ゼファーの図、なんだかとってもアンバランスに見えるんだが。 けど、このスタイルが「永久ライダーの軌跡」始まって以来、最大のイベント、人跡未踏「知床岬縦走」の布石となるのだ。頼むぞゼファー。 夏の北海道ツーリング出撃まであと3日! |