第2話 本土最東端制覇 8月3日(火) 天候 晴れ後曇り


 昨夜は、なかなか寝付けなかったが、5:30には起きてしまった。霧が出ていて肌寒い。ヨッシ−も起きてきた。僕がホームシックになったことは恥ずかしくて彼に言えなかった。たどたどしい手つきでテントを撤収する。ちなみに百人浜オートキャンプ場の「百人」の意味、泊まった後に知ってよかった。昔、船が難破して百人の死体がこのあたりの浜に打ち上げられたそうだ。その手の噂も多いらしい。以前、このキャンプ場はもっと海岸沿いにあったそうだが、何故移転したのだろう?荷物をバイクに積み終え、菓子パンとコーヒーという簡単な朝食をとり、6:30釧路方面を目指し出発した。 

 釧路方面に向かうには、どうしても黄金道路を通過しなければならない。以前(今回とは逆に襟裳岬に南下する途中)通過した時は道路の整備状況も現在と比べものにならないひどい状況だった。さらに台風の影響。恐怖の走行を体験した12年前の手記の抜粋を以下に紹介しよう。 


悪戦苦闘!黄金道路 (1987年9月9日の記録)

 13:00 広尾到着。久々に太平洋岸に出た。この先から、いよいよ黄金道路である。黄金道路とは、山・岩を削り、海岸を埋め、35年の歳月と169億3940万円という巨額の工費をかけて造られた延長約33キロの道路である。単純計算で1メートルあたり51万円也。まさに黄金を敷き詰めるようにして造った「黄金道路」である。しばらく走り、岩肌を流れ落ちる滝「フンベの滝」で小休止する。昔このあたりに鯨(アイヌ語でフンベという)が打ち上げられていたことからこの名がついた。フンベ滝を過ぎた頃から白くガスって来始めた。さらに雨も降り出した。また風も出始めた。まさに最悪の状況である。前を走るトラックのはねるドロが容赦なくヘルメットシールドにかかり視界をさえぎる。よく見えない状況で走っていると突然ダート(未舗装)になり、クラッシュしそうになった。海も大荒れで、時々波が道路にまでかかることもあった。俺もバイクごと波しずくを何度か浴びた。「こりゃ、死ぬなぁ」意外に交通量も多く狭い道幅なので安易にバイクを停車させられない。このツーリングの最大の正念場だったといえるだろう。


 −−−話を1999年に戻そう。 



今回のフンベの滝(快晴)
 天気が快晴に近くなり、気温も上がってきた。快調にバイクを走らせていると前回、波をバイクごとかぶり悪戦苦闘した黄金道路にさしかかった。今日は波もおだやかで前回とはエライ違いだ。ヨッシーには「ここは、たいへんなデンジャー・ゾーンだよ」と知ったかしてたのに。「難所の黄金道路もクリアしたし」と自慢げに語っているヨッシーにふと殺意?が湧く。そして「違う!こ、これが真の黄金道路と思われては困る」とムキになって反論するキタノだった。フンベの滝で小休止をとる。

 広尾を抜けたあたりで予備タン(残り僅か)となった。「まぁ何とかなるだろう」と僕はこの時点では全然気にしていなかった。途中、スタンドが何件かあったが、まだ早朝で閉まっている。だんだん焦ってきた。リザーブになってから70qくらい走っているだろう。僕のゼファーは、燃費が悪いのだ。

 ひやひやしながら走っているとやっと浦幌付近で、開店の準備をしているホクレンのスタンド発見。どうやらこの地域では9:00にならないとスタンドが開かないらしい。しかもガソリンが残り0.8リットル。まさに危機一髪だった。スタンドで何気なくバイクの下の方を見たら何か漏れてきてる。普段、あんまり乗ってないし、オイル交換したばっかりで長距離走ってるからオーバーフローしているのだろう。メカにあんまり強くない僕は、またも楽観していた。これが後日悲惨な展開となるとは?

 昼頃、釧路へ到着した。腹が空いた。釧路と言えばもちろん有名な「和商市場」で新鮮な魚介類を食べるしかないでしょう。ここでは、北海道の特産品がどんと揃っている。内地などで買うよりはるかに安いことあたりまえ。札幌の二条市場よりも安い。後で函館朝市に行って気がついたんだけど同じようなカニが約半額(素人目だけど)で買える。早速自宅に毛ガニを送った。

 その後、市場内でご飯だけを買って、食べきりサイズのウニ・イクラ・ナマダコ・大トロなどをお好みで乗せてもらい海鮮丼、つまり自分だけの勝手丼にした。本当においしい。ヨッシーも大喜びだ。千円台の出費でゴージャスなランチを賞味することができた。

 釧路和商市場を後にして霧多布岬に到着。やはり霧ばかり。美しい湿原の岬のはずだが、ちと残念。売店で小松牛乳の有名な「コーヒー牛乳」を飲んだ。 

 厚岸から根室にかけては国道44号線をあえて通らず海岸線の道道123・142(太平洋シーサイドライン)を快走する。右手は荒々しい大海原。左手には牧場があったり、まったく民家がなく閑散としていたり、広大な大地が続いたり、なんと変化に富んだ素晴らしい景色なんだろう。交通量も少ないし、北の大地を走っているという実感が大きく湧いてきた。

 根室に入り、本土最東端の納沙布岬を目指したが、さらに霧が濃くなり急に寒くなってきた。ガタガタ震えながら納沙布岬到着。霧で北方領土は、見えなかった。レストハウスでオホーツクラーメンなるものを食べたが、体が冷えてるせいかとても美味しく感じた。
寒い

 
 今夜の宿は、ライダーハウス(RH)の中でも屈指の人気を誇る「インディアン・サマー・カンパニー」だ。千円以上カニを買うとただで泊めてくれる。さらに花咲ガニをサービスしてくれる。結局、5千円分のカニをお土産に買ってしまった。でも中型の毛ガニ1尾と小型の花咲5尾ついて送料サービスなので、かなりお安いと思った。

 銭湯で汗を流し、RHに戻ると他のライダーがサービスの花咲ガニをおかずに1杯やっていた。始めは、みんな堅い表情だったがアルコールが回ってくるにしたがって大いに盛り上がって来た。 


 酒の肴に毛ガニが食べたくなったので、宿のおばちゃんに「毛ガニを食べたいなあ」と言ったら、初めはボイルしたのが無いからだめだと断られる。でも大将(ご主人)に相談してみたら大丈夫だったそうだ。そして賛同するもの8名が1500円でタマゴ入りの毛ガニをボイルしてもらった。ところが甲羅を割ってみるとメスのはずなのにタマゴが入ってない。ショックだ。「タマゴがない!」って大騒ぎしてたら、おばちゃんがタマゴ入りの甲羅の部分だけ1人3個づつ持ってきてくれた。まさに怪我の功名なり。
花咲ガニ

 僕ばっかりバクバク食ってるのも気がひける。自称ビンボー・ツーリングをしている人にカニを分けてやると狂喜して食べてくれた。いろいろ人と話をしてみると仕事を辞めて北海道ツーリングに来ている人が多いのが印象的だった。次の仕事が決まっている人もいればそうでない人もいる。もちろんあんまり深くを詮索しないのが旅のマナーだと僕は思っている。(いろいろな事情があるんだろう。人それぞれの自由な旅の空だ)

 遅い時間にチャリダーのお父さんが、ビールを土産に登場した。そして、すぐに周囲の人たちに打ち解けていった。これが北の旅の良さだと思う。


 印象に残ったのが大阪のお笑いコンビみたいな若い2人、ボケ・ツッコミを見事に演出していた。ボケ・ツッコミどちらか欠けても話がのらない、周りが話にのってくれないと自分がのれないそうだ。彼らは遅くまで周囲を盛り上げていた。関西系の人とは合わないと思っていたが訂正しなければなるまい。何という好青年たちだ。

 就寝時間の12時には全員ピタリと眠ってしまう。


写真提供 : ノサップ産商 & インディアン・サマー・カンパニー