8月11日 異常な長雨が続いていた福島市内もようやく雨があがった。
『これは、キャンプに行くしかないな』
 俺は、この瞬間を虎視眈々と狙っていたのだ。そして、洗濯物を乾している妻へ声をかけた。
「どこで、キャンプするの」
『そうだな。久々に裏磐梯かな』
「気をつけてね」
『あいよ』
 ふと庭先から、ゼファーを眺めると年季の入ったタンクが渋く黒光りしていた。まるで、俺は、いつでもOKだよと言わんばかりの表情を見せている。

 常時、出撃体制がとられていた過積載の愛機は、水を得た魚の如く勢いよく駆け始めた。サイクロンの響きも軽やかなサウンドを立てている。

 ところが・・・

 土湯街道へ入ると次第に暗雲が立ち込め、ポツ、ポツ、ジャー・・・

 酷い雨だ。途中、カッパを着込んで、なんとか道の駅つちゆへ到着。なんだか体も冷えるし、腹も空いた。レストハウスで、かけそばを啜った。ごく普通の立ち蕎麦なのだが、体が暖まり、とても美味しく感じた。

 さて、これからどうしよう。以前の俺なら、雨など物ともせず、裏磐梯まで一気走りしたに違いない。しかし、近年の俺は、すっかり弱くなった。雨にやられるキャンプと知りながら、先に進む気にはなれない。

 というわけで、勇気ある撤退・・・

 と、いえば格好いいが、ここから自宅に引き返しても、そんなに時間を費やすわけじゃないので、素直に還ることにします。←やっぱり弱い!

「お帰りなさい。ずいぶん早いお帰りですね」
 女房は噴き出していた。

 翌朝・・・

 おお、今度こそは間違いなく晴れだ。土湯方面は、ややガスがかっているが、そのうち晴れるだろう。朝食もそこそこに再出撃。
 裏道をショートカットしながら、土湯街道へ入り、またしても道の駅つちゆに到着。今日(8月12日)は、文句なしの快晴であった。

 そして、またもレストハウスで、かけそばを啜るキタノの姿あり。どうも、立ち蕎麦を食べないと落ち着かなくて。

 腹もつくったので、裏磐梯方面へ向けスロットルをあげた。気温は高いが湿度が低いので、とても爽やかだ。まるで、北の大地のようである。
 長い土湯トンネルを抜けると世界が変わる。

 ちょっと大袈裟な表現だが、個人的に土湯トンネルを抜けると空気が違うように感じる。裏磐梯への扉を開いたというようなイメージだ。道路わきには、まだ水溜りも残っていたが、心地よいお天気だ。

 やがて、有料道路のレイクラインへ突入した。始めは民家や畑などがあり、道東内陸部の風景と酷似している。俺はやはり北の大地になんでもリンクしてしまう重度の北海道病なのは間違いない。山間部へ入ると秋元湖、小野川湖、桧原湖の眺望が実に見事だ。ワイディングも次々とクリアしていくうちにあっという間に出口料金所へ到着。料金は自二630円也。もう少し、安くてもいいような気もする。

 道の駅裏磐梯で休憩。さすがに暑くなってきたので、ジェラートを購入。ここのアイスクリームは、いつ食べても美味しい。その後、売店を覗いていると手づくりキムチが並んでいた。

「試食してみてください」
 韓国訛りのあるおばさんから声をかけられた。
「これはタコキムチで、こちらはイカキムチです」
 なるほど、辛くて旨い。
「これがチャンジーキムチです」
『チャンジー?聞いたことがないな』
「鱈の内臓のキムチです」
 簡にして要を得た表現だ。チャンジーも試食させてもらう。
『おお、これは珍味だ。チャンジーをひとついただこうか』
「ワンパック千円です。名刺も入れたので、またご利用ください」
 名刺の姓は、日本の苗字だが、お名前の方は韓国のものだ。どうやら、おばさんは米沢へ嫁いでこられたらしい。

 どれ、そろそろ行くか。細野ママキャンプ場は、もうすぐそこだ。ちょっとショートカットして檜原湖畔の道を駆ける。このあたりは、いくつかキャンプ場が並んでいるが、長雨の影響からか、どこも閑散としていた。

 やがてママキャンの看板が見えてくる。そして右折。まっすぐ管理棟の前までいき、愛機を横付けした。

「お爺さん、キタノさんだよ。キタノさんがきたよ」
 俺はまだメットを脱いでないのに、おばさんは、すぐに気づいてくれた。
「ぜんぜん来ないから、どうしたものかとお爺さんとずいぶん心配してたんだよ」
『いや、なにかと忙しくてね。ご無沙汰してました。これ、お土産』
 バックから郡山の金宝酒造の銘酒を取り出して、軒先に置いた。
「気を遣わなくていいのに。いつも悪いねえ。まあ、お茶でも飲みなさい」
 暑いときに熱いお茶を飲むって意外にうまい。
「今日は晴れたけど、もう今月に入ってから、毎日雨だったの。お蔭で、この時期なのにお客さんが少なくてねえ。とうとうミソハギの花も咲かないで終わりよ。本当に異常な夏だね」

 湖の水位も例年よりも上がっていて、テントを張れる場所も限られてくるのだが、おじさんに案内してもらい平らなところへエアライズを立てた。それが、冒頭の画像だ。

 まずは温泉だ。ママキャンから、さらに奥(スカイバレー方面へ向かう途中)へいくと檜原の集落があり、たばこ屋旅館の看板が見えてくる。ここは400円で源泉かけ流しのいい湯を楽しめるのだ。

『こんにちは。温泉を使わせてください』
「はーい、どうぞ」
 おじさんやおばさんは、宿泊客の夕食作りで忙しそうだったので、勝手に奥まで入り、湯船に浸かる。いやあ、蘇えるようだ。本当にいい湯である。俺は、あまり長風呂の方じゃないのだが、じっくりと温泉を堪能させていただいた。

「お客さん、前にいらしたことある?」
 おばさんに代金を支払っていると、奥の方から、おじさんの声がした。
『ええ、来たことがあります』
「やっぱり。まっすぐお風呂まで向かったから、ここを知っている人だと思いましたよ。また、いらしてください」
 おじさんもおばさんも、善良さを絵で描いたような表情で微笑んでいた。
『また、寄らせてください』
 裏磐梯の人々の情の深さには、軽く意識を失いそうにすらなる。

 ちょっと涼みに愛機で桧原湖一周を駆ける。湖の東側は、スカイバレーと直結しているせいか、さすがに交通量が多い。大学?の陸上部らしい若者たちが、熱い中、せっせと走りこんでいる姿も見られた。少し、ランニング中毒気味の俺が、密かに羨ましく感じていたことは内緒だ?
 途中、コンビニでアルコールなどを調達した。駐車場の先に”ここから見る磐梯山が絶景”という看板を発見したのでデジカメで撮影してみた。夕闇迫る磐梯山ってところか。個人的に早朝の朝陽に照り輝く裏磐梯が好きだ。時期は、晩秋の空気が凛と引き締まる頃がいい。本当にこの世のものとは思えない光景を拝めることができる。

 さて、暗くなってきたし、そろそろ戻ろう。
 キャンプ場へ戻り、久々に米を焚いた。0.6合炊きである。米がやや焦げる匂いがするときが、火をとめる頃合だ。そして、暫く蒸らして完成。俺は他になんの取り得もない野郎なんだが、飯炊きだけは絶対に失敗はない。おかずは、昼間に購入したチャンジーキムチのみ。旅人キタノは、僅かのご飯とおかずのみで、旅を凌ぐことができるのだ。ただの少食で、まったく自慢にならないことじゃないかと突っ込まれると身も蓋もなくなる。
 食後、ラジオを聴きながらウイスキーを舐めるように飲んだ。HBCでも受信できないかなと思いながら、チューニングダイヤルをまわしたが、プロ野球中継ばっかりでわからなかった。

 11年ぶりに北の大地へ還れなかった夏、せめてラジオだけでも北海道放送を聴きたかった。なんだか俺はささやか人生を送っているなあと思ったら哀しい気分になってしまう。

 それより、体中が痒い。きちんと蚊取線香も焚いているのだが、あちこち刺されたらしい。酒を飲むと蚊が寄ってくることは、自らの人体実験でずいぶん前に証明された。やがてほろ酔い気分となり、ふらふらしながらシュラフへ入る。

 今宵、ついに星空は拝めなかった。




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