大志


6 


 ねむ〜い。

 昨夜は和琴露天風呂で体を温めた後、バンガローへ戻りまた同室の連中と遅くまで酒を飲みながら熱く語り合った。

 完全に寝不足だ。

 外へ出ると夏の道東の特徴らしくガスで湖面が煙っている。しかし、同時に太陽の光も次第に強く照りだしてきてきた。今日はめずらしく晴天になるだろう。凛と冷えた空気で心身が引き締まる。

 やがて起きてきた相部屋のフナバシやスズキと和琴半島を散策してみた。早朝ながらも露天風呂へ入浴している人が結構多い。というより、日中は観光客が多過ぎて夜から朝へかけてじゃないと入浴するにはかなり勇気がいる、なんて思いながらレストハウスへ戻った。

 サービスのコーヒーを飲んだ。そしてヘルパーが焼く「いもだんご」を購入して一口ほお張ると塩コショウのスパイスがよく効いて実に美味い。やみつきになる香ばしさだ。あっという間に平らげてしまった。

 そして、ハウスのおばさんへお世話になった礼を言った。1999年に再会した時は俺のことは忘れていた(当たり前だが)。2002年も元気そうだった。しかし2003年には既に80代後半の高齢へなられているおばさんの姿は見えなかった。どうかいつまでもお元気で。

 お世話になった礼と出発の挨拶をしようと思いレストハウスへ向かった。
「あんたら朝からよく脂濃いのが食べれんだね。こう毎日湿気が多いとおばさんは漬物とご飯だけで充分だよ」
 おばさんも朝食をとり始めたばかりのようだった。
「くれぐれも気をつけて行くんだよ」
 食事中にもかかわらず入口のあたりまでわざわざ出てきてくれた。

 荷物をパッキングしているとモリさんから声をかけられた。
「ほーらよ」
 ギンギンに冷えた缶コーラを俺に投げてよこした。
『すいません、いただきます』
「キミはどうやら年長者から気に入られる得な性分らしいな。そのナリじゃ、女からはモテそうもないが」
 と笑いながら話していた。
『はあ、バケツならモテますが』
「ぷっ・・・・・」
 モリさんは吹き出していた。
「先輩からの好意は遠慮なく受け取りな。ただ、キミが年輩になったときに若い旅人たちに少しだけ親切にしてやれよ。ペイ・フォワードというやつよ」
『それまで俺がバイクに乗っているかどうか?』
「きっと乗ってるよ、永久ライダー」
 モリさんは俺に軽く手を挙げて見せマシンに跨った。
「じゃあな」
 と言い残しアクセルをあげて消えていった。

 モリさんは、かぶおんちゃんと一緒にしばらく網走でシャケバイをして軍資金を稼ぐそうだ。

 かぶおんちゃんや相部屋のみんなも次々に出撃していく。旅の別れは辛いもんだ。

 かぶおんちゃんが出がけに
「礼文島っていいぞ」
 とキーワードを残していく。
『礼文・・・』
 次のミッションが下ったようだ。少し主体性がなさ過ぎる気もするが。

「またな、自衛隊さん」
 オーナーのおっさんが、俺に声をかけた。違うって。俺はただの学生だよ。

 セル一発。絶好調のCB750に跨り、美幌方面へ機首を向ける。

 峠のワイディングを丁寧にクリヤーしていくとパーキングがあった。少し休んでいこう。

 屈斜路湖が凄いインパクトで眺望できる。ここは道内でも屈指の絶景ポイントだろう。長椅子に腰かけて一服する。北海道ツーリング。違う。これは絶対に内地では味わえない格別なものだと思いながら横になるといつの間にかまたも爆睡。

 どのくらい寝たろう?思い切り時間が経過していた。特に時間に縛られる旅ではないが、いくらなんでも昼間から寝むり過ぎだ。そそくさとアクセルをあげ、美幌町を通過した。

 生まれて初めて見るオホーツクに感動しながら、やがて網走へ突入。

 網走といえばなんと言っても「網走刑務所」だろう。眼鏡橋という橋を渡ると赤いアーチ型の煉瓦塀が見えてくる。そして駐車場へ愛機を停めて少し歩く。

 イメージしていた刑務所よりもかなり清潔感が漂っていた。そして売店や資料館を見学する。刑務所の歴史などを読むと昔は凶悪犯人や政治犯が入所し、重労働をさせられていたらしい。今は比較的軽微な罪の受刑者が多いとか。そして工芸品などを造り、売店などで販売されている。

 ここの住所はもちろん「網走番外地」。

 網走を過ぎるとサロマ湖の水面が目に写る。サロマ湖はオホーツクへ直結する汽水湖だ。帆立の養殖が有名だ。かなり大きな湖で、海と呼ぶほうが適切なような気がした。

 サロマ湖をひたすら北上した。海岸は鮭狙いの釣り人でびっちりだった。和琴レストハウスで鮭通販のサンプルを提供したライダーもこの辺から釣り上げて来たんだろうか?とにかく北海道の鮭は内地物と比較にならないくらい美味い。

 日が傾いて来た。

 そろそろネグラを探さないと。本当に人もまばらな寂しい漁村のスタンドで民宿を紹介してもらう。小さな港のまん前だった。

 宿では飛込みにも関わらず快く宿泊を承諾してもらった。おばさんと娘さんかな?凄く美人な若い女性とふたりで切り盛りしている民宿だ。どうやら今夜の宿泊は俺ひとりらしい。

 ゆっくりとお風呂に入った。そしてボリュームたっぷりの夕食。後年は野営ばかりになるのでこの頃の方がリッチな旅をしていたのかも知れない。

 すっかり満腹となり、よく糊のきいたシーツが敷かれた布団へ入る。もうなにも言いません。まさに天国。

 おやすみ。


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