大志
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薄日が差してきた。 秘湯を満喫し「かぶおんちゃん」と屈斜路湖へと向かう。 名湯「川湯温泉」の温泉街を通過した時、ゆで卵のような硫黄の匂いが漂っていた。浴衣姿の観光客の姿もちらほら見える。 砂湯。 湖畔の砂浜を掘ると温泉が湧き出すという。しかし観光客でごったがえしていた。かぶおんちゃんは、ギャルをウォッチングすると言っているがおばさんばかりだった。 先刻間違えたルートを改めて右折し直した。しばらく走ると「和琴半島」の看板があり、かぶおんちゃんのスーパーカブは弧を描くように右折していった。俺は失速しかけたが危うく追尾する。 比較的大きな駐車場があり、土産物屋も軒を列ねている。和琴、おそらくここも観光地なのだろう。観光客でにぎわっていた。 さて、売店脇の通路を静かに通過すると湖畔へと辿り着く。そして見晴らしのよいキャンプ場が広がってきた。 たくさんのバンガローも建ち並ぶ。 屈斜路湖和琴半島、巨大な亀の形をしていた。この日からどれほど永久ライダーの旅へと深く関わってくるポイントになるのだろう。俺はその後の北海道ツーリングでもここは外すことはないベース基地にしている。 ここのキャンプ場を管理しているのが、和琴レストハウスだ。千円でジンギスカン定食へありつけ、バンガローに泊めていただける。さらにモーニングコーヒーつきときたもんだ。 後年はヌシが横行し、こういうサービスは消滅した。そして本来のキャンプ場経営オンリーへ徹したとのこと。しかし、ヌシ?なんなんだろう?俺にとっては生涯の敵だろうな。 かぶおんちゃんは、どうやらここを根城にしているらしい。 管理人のおばさん(当時70歳くらいか?)へ俺のことを説明していた。 「バンガロー、混んでるけどいいかい?」 泊まるあてのない俺に断る理由はない。 『よろしくお願いします』 オーナーの娘と名乗る純情そうな女の子から注意事項等の説明を一通り聴き、バンガローへ入った。既に4人の先客がおり、挨拶を済ませ情報交換をする。全員が学生だ。皆、口コミで和琴レストハウスの存在を知ったらしい。 夕食の時間になった。一斉にバンガローから宿泊者が出てきた。凄い人数だ。平均年齢は若いが中には白髪まじりのおっさんや筋骨隆隆の年輩者もおり、ちょっとした山賊集団のような観もある。 ジンギスカン鍋にたっぷりと乗ったラム肉を全員でほお張る光景はまさに圧巻としかいいようがない。 鮭1尾2000円、ジャガイモ10キロ○○円。とヘルパーから産直品の説明もあった。鮭のサンプルは釣り目的で連泊しているライダーがオホーツクから釣り上げてきたばかりの代物だ。後年、オーナーのサカナシ氏の話によると鮭の不漁の年に大損をして以来、産直は止めたそうだ。 しかし、ここのジンギスカンは美味い。カニ汁もいい味だしてるし。ハマりそうだ。本当にハマって1ヶ月も連泊している猛者もいるらしい。夕食つきで月3万か。非常に安いけど毎晩ジンギスカンじゃ飽きるだろう?一応、味噌味、醤油味の日替わりらしいが。 ヘルパーのひとりにエプロンさんと名乗る人懐こい男がいた。彼が食事中、 「会費、500円なんですけど宴会しないですか」 と提案した。 断る理由などない。俺は相変わらず流れに逆らわず旅を続けていたい。もちろん参加してみることにした。 後年の和琴キャンプ場は直火は禁止だが、当時はありだった。キャンプファイヤーが煌々と燃え上がった。宴の始まりを告げるように。 「ちっちゃな頃からちっちゃくて15になってもちっちゃくて」 「ちゃっちゃな頃からでっかくて、卒業式だというけれどなんでこんなにでっかいのォ〜」 「赤いりんごに唇寄せてぇ〜」 りんごの「り」の字を「う」に変えて 「・・・・・」 異様な盛り上がりだが、これ以上は自粛する。当時はギターを抱えて旅するヤツも多かった。 やがて小グループごとに車座となり、さらに宴タケナワへと突入していく。 そして福岡から北海道ツーリングへ来たというモリ氏の旅のキッカケの話が印象に残る。 皆、酒を煽りながら、ここまでの旅の軌跡を語った。しかしモリさんは違った。俺たちみたいな甘さがない。切実とした現実問題だと思った。 モリさん46歳。つい数ヶ月前まで独身の酒屋のオーナーだった。お母さんとふたりで真面目に仕事をしていたそうだ。しかし、お母さんがお亡くなりになられ事態は一変する。 弟夫妻が、跡継ぎの居ないモリさんへ干渉し、追い出されてしまったそうだ。手切れ金みたいなものは渡されたが、仕事一筋で生きてきた人生。どうしてよいか分からず、オフロードのマシンを購入し、北海道ツーリングへ突入したとのこと。 名古屋の女子大生「サヨちゃん」や東京から来たサイクリスト「ミツル」は耐え切れず既に泣いていた。そして居合わせた全員もやがて泣きだした。心から泣けた。なんと慰めてよいのか分からない。俺も泣きながら 「頑張ってください」 と言うのがやっとだった。次々に熱いものが頬を流れては落ちていく。 誰もがなにかを抱えて旅に出ている。北海道ツーリングへ来ている。それを現実逃避と簡単に片付けるヤツも多い。 ただ、モリさんのような方が頑張って旅をされている事実を知ってから批判されてもらいたい。誰もが順風満帆じゃない。強くはない。でも充電期間ぐらいはありだろう? 焚き火の火は激しく燃え盛りながらもみんなの顔を優しく照らしていてくれている。 泣くだけ泣いた。でもみんなマイナス思考じゃない。皆、旅人だ。辛さを乗り越えなければ旅は続かないのだ。そして明日からの旅の軌跡への情報交換が自然になされていた。 人の心の痛み・・・いろいろとあるもんだなあ。 俺はまだまだ甘いな。 |