大志


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 いいペースだ。

 小雨が降ったり止んだりのあいにくの空模様だがCB750は快調にR241を駆け抜けて行った。

 ほとんど民家のない牧草地帯が広がっている。時折、ライダーと擦れ違うが百発百中でピースが飛んでくる。北の大地以外では考えられないことだ。

 しばらく走ると阿寒湖の標識あり。少し観光して行くか。コタンの方へ左折してみる。そして民芸品店が立ち並ぶ通りの近くへマシンを停めて、しばし歩いてみた。

 典型的な観光地だ。観光客の数も多い。有名なマリモは実際には見れないそうだ。本物は湖の深いところにいるらしい。売店で売っているのは観光用に造った藻のかたまりだ。ドライブインのトイレでバケツに入った大量の人口マリモを目撃したライダーの話を後年聴いて、吹き出したこともある。

 ホテルの横をショートカットすると阿寒湖だ。遊覧船が目障りだが、綺麗な湖だ。雄阿寒岳は体半分が霧に隠れていて残念。

 散策路の方の長椅子へ腰かけて暖かい缶コーヒーを飲みながら煙草に火をつけた。体が少し冷えていたのでコーヒーが、とても美味しく感じる。この時期に熱い缶コーヒーが売られているというのも凄い話だ。時間がゆっくりと流れていく。この後、どこへ行こうか。あっ、そうそう屈斜路湖だった。しかしどこに泊まろうか・・・

 なんて、まったりとしていると
「あのー、写真を撮っていただけません」
 奇跡だ。おっ俺が女の子に声をかけられている。
『も、もちろん。どういたしまして。いえ、こちらこそ』
 なにを言ってるんだ俺は?

「あー、こっち、こっち、こちらの方が撮ってくださるって」
 ガックン。彼氏(旦那?)付きか。
『はーい、行きますよ。彼氏かな旦那さんかな?もっと笑って、はいチ〜ズ』
「ありがとうございました」
『いや、どういたしまして』
 あたりはいつの間にかカップルだらけ。なんだかなあ〜、撤退!

 屈斜路湖へ向け愛機を走らせていた。このあたりの道路は分岐が多く道を間違い易いようだ。充分、気をつけないと思いながら走っていた。

 しかし、なんか変だ?川湯温泉駅?あんなに注意していたのに左折すべきところを右折しちまった。ここで雨が強くなってきた。ついでに駅の構内へビバークさせていただく。

 カッパを脱いで一息ついた。しかし上陸してから雨ばっかりだね。ブツブツと愚痴をこぼしながらヘルメットのシールドを拭いていると視線を感じる。間違いない。長年の武道家としての勘だ。

 ひとりの30代半ばくらいの男が俺の方へ歩み寄ってきた。口髭も怪しい。
「今夜の宿決めてますか」

 うっ、怪しい。異常なオーラを感じる。敵意はないようだが、もしかしてモーホー?
『いっ、いえまだ決めてません』
「よかったら千円でバンガローに泊まれて、夜はジンギスカン定食腹いっぱい喰えるとこ案内しますよ」
 願ってもない。しかしうまい話しにゃ裏があるという。そんな俺の心中を見透かしてか
「オレ、京都からスパーカブで旅している通称『かぶおんちゃん』つーそうや」
 屈託のない笑顔からは怪しさが消えていた。
『俺は横浜から来ているキタノカズキです』

 かぶおんちゃんは、時計に目をやり
「まだ早いな。露天風呂いかへんか」
 と言い出した。まさかそこで純粋なカヨワイ俺が襲われ貞操が・・・

 なんて考え過ぎだな。ふたつ返事で合意した。場所は駅からそう遠くない硫黄山の中腹にある秘湯らしい。

 この露天風呂を管理しているユースホステル(後年閉鎖)で200円ばかりの料金を払い、悪路の登りを懸命に走った。しかし、粘土状のダートに重いCB750は、さすがに力尽きる。

 重量の軽い「かぶおんちゃん」のスーパーカブ50はまだ余裕があるようだが、俺につき合い標高512mの硫黄山中腹まで歩いてくれた。

 しかし、きつい登りで大汗をかきまくり。ようやく水槽のようなショボイ湯船が見えてきた。まさに源泉100%。体によさそうな温泉が水槽へ噴出している。さっそく服を脱いで湯船に浸かる。少し熱いが実にいい湯だ。

 かぶおんちゃんは、3ヶ月前に京都を出発し、カブ50でゆっくりと北上を続けてきたそうだ。定職はもたない。普段はバイトをし、気候のいい夏は日本各地を旅しているらしい。昨年は九州をくまなく旅したとか。

 REDの小瓶を一口飲み俺に差し出した。遠慮なくいただいたがお風呂の中の一杯はかなり効き心地よくアルコールが全身にまわる。

「キタノくんは学生やろ?将来なんになりたいんだ?」
『はあ、先日教員試験すべったばかりなんです』
「そりゃ悪いこと聴いたな。これからどうすんや?」
 カブおんちゃんは口髭を右手で撫でながら、俺の将来の核心をついてきた。
『なんも決めてません。気障な言い方をすると、それを見つけに来たのかも知れません』
 それが今の立場の正直な答えだ。
「諦めず、また頑張ってみたらどうだ。キミは先生に向いているかも知れない。オレはキタノくんなら必ずなれると思う」
『マジっすか?』
「い、いや、多分や、多分」

 ガクン!

「ただ、人生も旅も同じだ。途中で投げ出したら絶対に後悔する。オレの生き方も一生、キタノくんの生き方も一生だ。共通点は『月日は百代の過客』だ」
 奥の細道の冒頭か。
「百代の過客の意味は解かるか?」
『忘れました』
 百代の過客?中学生の頃、習った記憶があったが既に忘却していた。
「永遠の旅人という意味だよ」
 硫黄山の麓を眺めながら言った。
「どんな生き方をしてもどんな仕事に就いてもここで話したことは永遠だ。この旅が終わったら、また動き出してみるといい。探してみるといい。解からなければ、また旅してみると答えが出るよ」

 おそらく諦めずに頑張れば夢が叶う・・・と言いたかったのだろう(多分?)


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