大志


3 


 ライダーハウス(以後RH)は非常に混雑している。目をキョロキョロさせ物色しながら歩くと奥の方になんとかスペースを見つけ荷物置いた。

 さっそく胸ポケットからジャックダニエルの小瓶を取り出し一口飲んで落ち着いた。しかし本当に混んでるなとあたりを眺めながら溜め息をつく。

「こんばんは。どちらからですか」
 隣の学生風の男が声をかけてきた。
『俺は横浜からです。今日、上陸したばかりなんですよ』
「そうなんですか。僕は東京の学生です。そろそろ帰路に着くんです」
 真面目で人のよさそうな男だ。
「最高ですね。北海道ツーリング」
『俺は、北海道初めてなもんで何も分からないんです。お薦めとか教えてもらえますか』
 彼はニコニコしながら、
「やっぱ道東かな。景色も凄いし、温泉も多いし。根室って本土最東端なんですよね。なんか哀愁がありましたよ」
 道東、最東端なるほど。頭の中へインプットした。

 ここでてんで童顔の坊やが
「あー、根室、知ってる。知ってる。ぼくもチャリで風の強い中行ったよ」

 俺は東京の学生にさらに質問を続けた。
『それ以外で印象に残ったところはありますか』
「そうですね。屈斜路湖周辺は素晴らしいですよ。絶対にお薦めします。あと稚内沖の礼文島に凄いユースがあるそうですよ。僕も行ったことないけど」
 なるほど、なにが凄いのか分からんが参考になる。

 チャリの坊やがまた
「屈斜路湖なら、ぼくも行ったよ。なにせコタンの湯で泳いだんだ」
とかしましい。
『うるせーぞ、おまえに訊いてねえよ』
 俺はつい声を荒げてしまった。知ったか野郎。割り込み野郎。後年気づいたことだが北海道の旅のなかでは、こういう交流の勘違い旅人も実は多い。旅で初めて自己主張できる環境を知り、嬉しさで舞い上がってヒューズがとんでいるヤツ。近年は苦笑いしながら、この種の手合いを軽く流す。日常ではコミュニケーションスキルの低い連中が多いようだ。まあ、旅に浮かれた悪気のないでしゃばりだな。旅の道化師みたいなものだ。
「・・・・・」
 坊やはシュンと小さくなり口を閉じた。

 坊やよりもこのRHの中央にデンと陣取り、馬鹿騒ぎをしている連中が居た。お隣の東京の学生によるとここに連泊し、毎晩我が物顔で宴会をしているそうだ。

 他の利用者はかなり不快な思いをしているらしい。俺がこいつらにかろうじてキレなかったのは他人への口出しや仕切り行為をしなかったからだと思う。

 ヌシというやつなのかな。後年はこういう連中が出没し易いRH利用を絶対にしなくなった。というより旅の経験が長くなるにつれ地元の方の好意を始めから計算に入れ、タダ同然で労せず宿泊する旅(個人的な感性だが)に深い負い目を感じるようになった。年齢的にも受けつけなくなったのだろうし、出来る限り自力を目指すという旅へのこだわり、姿勢、方向性のようなものが確立してしまったのだ。

 雨音がする。嫌だなあと思いながらシュラフへ入った。

 最後にジャックダニエルをもう一口頬張るとすぐに意識が消えた。

 早朝に目覚める。まだ誰も起きていない。静かに荷物を外に出した。本来キャンプ主体の旅をするつもりだったがテントがない。テントはドタキャンの後輩の分担だった。人任せにした俺も甘いとつくづく思いながら少ない荷物をパッキングしていった。

 雨の中、マシンを暖気しながらカッパを来ていると
「冷たいじゃないですか」
 昨夜の学生が起きてきた。
「そうだよ、おにいさん」
 坊やもふくれっ面でCBを観察していた。

『いやワリィ、起こすと申し訳ないと思って』
 
 出掛けに学生から写真を1枚撮ってもらった。セピア色に変色したRH前の俺と坊の姿が17年の歳月を経て今も手元に残っている。

『それじゃあ、いい旅を』
 俺はアクセルをあげ、静かに加速した。

 バックミラーで確認すると東京の学生とチャリの坊やは、いつまでも手を振っていた。

 雨が全身へバタバタとあたる。

 かなり気が滅入るが、どこへ行こう。そうだ昨夜、東京の学生が道東を薦めていたな。とにかく道東。R241をひたすら北上してみよう。

 やがて、民家が消え広大な草原やとうきび畑ばかりの風景になってきた。凄え。テレビでしか見たことがないが、実際に来てみるとそれ以上だ。ただ雨。雨さえなければ満点なんだが。

 じっとアクセルを握り続け、どのくらい経ったろう。やがて足寄町という小さな集落へ入った。足寄、名前は知っている。当時ラジオの深夜番組でカリスマ的存在だったフォークシンガー松山千春の生家が存在した。父親が千春の記念館を開館しているらしい。

 それより腹が減ってきた。朝からなにも食べてない。偶然目にした食堂へマシンを停めた。その食堂の名は「大阪屋」。

「いらっしゃい」
 腰を降ろし豚丼をオーダーした。しかし豚丼って聞いたことがない。この地方の名物なんだろうな。

 座敷の方へ目をやると数人のライダーたちが布団をたたんでいた。そして店主に
「おじさん、今日も泊めてもらうね」
 平然と言っているではないか。

 なっ、なんだ?このフレンドリーな関係は。見るからに他人なのに「泊めてもらうね」って?

 後で知ったのだが、この食堂で食事をすると無料で宿泊できるシステムになっているそうだ。つまりここもRHなんだ。凄え。なんとライダーに寛大な北海道なんだろう。

 おばさんがお茶を運んできた。
「おにいさん、どっから来たんだい」
『はあ、横浜です』
「せっかく来たのに雨で残念だね」
 手に持った数個の飴を渡された。

 豚丼を平らげて店を出ようとするとおばさんが追いかけてきて
「気をつけて行くんだよ。最近ライダーの事故が多いんだからね」
 心配そうに言ってくれた。
『はい、ありがとうございます。また寄りますね』
「ああ、待ってるよ」
 次にこの店へ入るのは遥か後年、15年後の時空の彼方だったが。

 店の脇の駐車場へ行くとさっき連泊を申し込んでいた数人のライダーがいた。せっかくだからと言われ、みんなで記念撮影を撮る。みんないいやつばかりだ。すっかり気持ちが自然体になり、誰にでも親切になれる。こんな気分になったのは初めてのことだ。凄え・・・って、そればっかりだな。

 彼らの見送りを受けアクセルをあげた。


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