大志


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 気持ちが悪い。吐き気がした。

 特に立ち上がると頭がグラグラする。完全に船酔いのようだ。

 それでも俺は健気に甲板までふらふらと歩いた。今は下北沖くらいか。曇天の空の中、別のフェリーを一気に追い抜く瞬間を目にした。

 目一杯の力を振り絞り、ライバル会社のフェリーを追い抜いていく。この頃はまだ仙台港から競争するように2つのフェリー会社が苫小牧への定期便を走らせていた。

 遠くに見える大陸は北の大地か。まだ見ぬ北海道へ思いを馳せ胸が熱くなってきた。

 そう、俺は北を目指しているのだ。生まれて初めてのソロのロングツーリングの地へと選んだのが北海道だ。ツーリングじゃない。そうだ旅だ。ひとり旅が始まるんだ。

 心地よい高揚が湧き上がってくる・・・と同時に船酔いもさらにまわってきた。

 静かに船室へ戻るとウチダが天下泰平の寝顔を決めていた。俺も少し、横になるとすぐに意識が消えていく。

 何時だ?寝ぼけ眼で俺は目覚める。船酔いはかなり回復していた。横に寝ていたはずのウチダが居ない。朝風呂へでも行ったか。

 なんてしばらくボーっとしているとテレビ画面からビデオが放映された。ビデオなどまだまだ一般ピープルが所有できる時代ではない。かなり感動もんで拝見したぜ。「OVER THE TOP」。

 なんてゴロゴロしているとウチダが帰ってきた。
「苫小牧が見えて来ましたよ」
『そうか、そろそろ入港か』
 なんて平静を装っているが実はドキドキしていた。

 さっそく甲板へ行くと薄曇の弱い日差しながらも北の大地が見える。そして荒々しい山肌の有珠山が異様な噴煙をあげている。

 なんとなく。いや無意識に潜在する俺の心の内側が無性に騒ぐ。内地(本州)と違うというより、内地の原型のような懐かしさも感じる。人類発祥の地、アフリカへ行くと人は凄く故郷へ帰ったという気分なるらしい。実際に俺もアフリカまで旅したこともあるがその時以上のものを北の大地に感じた。まさに母なる大地だと俺は確信した。とにかく膝がふるえている。

 もしかしたら俺は北の大地へ生涯を賭けて関わるような、そんな予感がした。

 しかし、そんな期待はあっけなく裏切られた。下船してみると巨大な製紙工場からの煙がモクモクと垂れ流される生産の町だ。

 ウチダと合流し、ゲンナリしながら苫小牧の郊外へと向かう。今日は昨日約束した通り、ウチダの案内で帯広のライダーハウスまで案内してもらうこになっていた。

 とくになんの予定も知識(当時)もない俺なんで、断る理由もないし流れに任せるのみだ。

 さすがに苫小牧の郊外へ出ると広大な原野が広がってきた。なんだこれは?今まで目にしたことない光景だ。人の手の入らない大地?ちょっと考えられん。とてもとても日本とは思えない風景を目にした俺は、ただただ言葉を失うばかりだ。

 やがて日高方面へ左折した。このあたりはサラブレット育成の有名な競走馬の牧場があちこちに点在していた。もう景色に酔い過ぎて臨界点へ達していた。ここヨーロッパ?

 そんな酔いもつかの間、「日勝峠」へ突入した。ガスが出てきた。

 平地と峠の気候があまりにも違い過ぎる。俺は今も北海道有数の峠の難所と確信している。霧で前方が見えない。工事が多くダートばかり、トンネルをを抜けてすぐのカーブ・・・

 なんとかクリヤーするとやがて十勝平野がくっきりと眺望できるようになってきた。

 単調な風景が続く中、帯広の市街地へと入った。

 そしてライダーハウス「カニの家」の看板が見えてきた。

 自衛隊の宿舎へ帰らないといけないウチダが
「ここが、例のライダーハウスです。最近、道内ではあちこちに出来てますので便利ですよ」
 と教えてくれた。
『いろいろありがとな』
「いいえ、どういたしまして」
 ウチダは自衛官らしく礼儀正しく応えた。

「また会えますよね」
『ああ、もちろんだ』
 そしてお互いの住所を交換した。

 ウチダはクラクションを鳴らし、一度窓から顔を出して職場へと帰って行った。
『ありがとう』

 一応公営だが、ここのライハを管理しているという喫茶店へ行った。年輩のおばさんが店を切り盛りしているらしい。名簿へ住所・氏名を記入しハウスへ引き返した。

 しかし、中へ入ると・・・

 たぶん、さっきの喫茶店のオーナーの息子と思われる人物が若いライダー達と熱く語っている真っ最中だった。

「俺は東京に行く」
 とか声高らかに叫んでいた。吉幾三ですか?風貌も酷似していた?若い連中をつかまえて演説をかます。閑なんだろうな。しかし、こんなこともありの時代だった。またキチンと話を聴いてくれる寛容なヤツも多かった。

「オラ、東京さあ行くだあ〜」

 目が点になりながら奥へ進んだ。


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