大志
1
横浜の東横線沿線、大倉山のアパートへ薄っぺらい封書が届いた。 「不合格だってよ」 俺は自嘲気味に笑い、教員採用試験不合格の通知をテーブルへ投げた。 それなりに努力はしてきた。でも結果は結果だ。自分自身の力不足だろう。 まだまだ大学は夏休みの真っ最中(9月後半まで)だ。傷心を癒す旅などという趣味はないが、心機一転して態勢を立て直す時かな。 時間がある時って意外と旅のチャンスへ気づかないもんなのだろうな。学生だから金もないが、まあ、こんな時にこそ旅へ出るのも悪くない。 しかし、今回は気合いの入れ方が違ってきた。高校時代からバイク雑誌の読者投稿を読んで憧れ抜いた北海道ツーリングをしたくなってきたぜ。大学4年の俺がこれを逃したら定年退職まであり得ないかもしれん。 まあ、後年は、徹底的に北海道ツーリングへ関わる生き方を辿る運命になるとは知るよしもないが。 この頃、タイムリーな展開で後輩からの誘いもあったので、念願の北海道ツーリングへ出ようと誓った。結局その後輩からはドタキャン行為で裏切られたが、今回はなんとなくひとりに徹したかったので丁度いい。 数日後、愛車のCB750Fを駆って出撃する俺の姿があった。 R6をひたすら北上した。天気は上々だ。全身へあたる風が旅情をかき立てる。R4へ合流し、仙台港の標識へ従い右折した。少し迷うも仙台港フェリーターミナルへ無事到着。 ワクワクしながら乗船手続きを済ませた。きちんと学割にしてくれたフェリー会社の心遣いへ深謝する。 「バイク、ナナハンですよね」 当時、試験場一発試験の難関をクリアしないと取れないバイク免許の最高峰「限定解除」。20代の若者が乗り回すと、ちょっとした英雄気分だった。 CB750を見た10代後半と名乗るでっぷりとした人懐こそうな顔をした男が話しかけてきた。 『まあ、そうだ』 「いやあ、バリ伝が好きなモンでCB見たら話しかけてみたくなったんっスよ」 なんて会話から、すっかり意気投合する。 「オレは帯広の陸自へ勤務している、ウチダっス」 『ああ、俺かい?キタノ、キタノカズキってんだ。横浜の学生で23歳。就職にスベったばかりだ』 と照れ笑いしながら応えた。 そうこうしているうちに乗船の放送が流れる。 ウチダは車だ。流行のスカイラインというニッサン車のオーナーとか。ウチダと別れてフェリーへ流れ込んだ。係員の誘導に従いマシンを停めた。 「ギヤ、ローへ入れてね。荷物は落ちないように固定しろよ」 しかし、サービス業としては横柄な口の聞き方だ。呆れ過ぎて笑ってしまう。 迷路みたいな通路を彷徨い、階段を昇る。そしてようやく客室へ着いた。 荷物を置いたのは、2等の大広間だ。さすがに9月に突入した時期なのでガラガラだぜ。さっそく風呂で一汗流した。 大広間に戻るとウチダがすでに飲んでいた。 「キタノさんも飲まないですか」 俺はあまりただ酒が好きじゃない。自分のバックから取り出した焼酎とツマミを手にウチダの前へ着座した。 ふたりして、早いピッチで酒を煽る。船の揺れに比例するようにしたたかに酔いもまわる。 「オレ、夕張が好きなんですよ」 当時、北海道への予備知識ゼロの俺は映画(幸福の黄色いハンカチ)くらいのことしか思い浮かばない。 「あのムードが、たまんなく好きなんですよ」 あのムードってなんだ? 『そうか、夕張で辛い想い出があるんだな?ケンさん?』 とか見当違いなことを俺は言っていた。 いつの間にか酔い潰れていた。 ウチダのイビキが激しく、何度も目覚めた。やがてトイレに起きた俺は、非常に気分が悪い。 これが船酔いってやつか? 轟々とうなる海は真っ黒だった。時化ている。 |