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 俺は旅から戻っても暫くシリエトクの余韻が残り、ボウっとすることが多かった。

 リョウからの連絡はこない。

 俺自身もやがて日常の中で、仕事に忙殺されるようになった。そしてすっかりリョウに連絡をとるのを忘れてしまっていた。

 数ヶ月が過ぎた頃、リョウからメールが届いた。


 キタノ 様

 知床岬トレッキングでは大変お世話になりありがとうございました。

 また今まで連絡が遅れ大変失礼しました。

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 内容を読むと・・・

 リョウは北海道から仙台に戻るとまっすぐにルイの病室へ向かった。鹿の角を握って。

 ところが・・・

 病室にルイの姿はなかった。慌てて顔見知りの看護師に問い合わせると・・・

 なんとルイは数日前に容態が急変し、既に他界してしまったという。

 愕然としてルイの家に向かうと母親からリョウ宛ての一通の手紙を手渡される。

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 Dear リョウ

 知床岬踏破おめでとう。

 たぶん、この手紙を読んでくれる頃には、わたしの姿はもうこの世にはないでしょう。

 シリエトクにわたしのスナップを埋めてくれてありがとう。袋に手紙を書いて入れようとも考えたけど、岬で心配させるといけないと思ってなにも書かなかったの。ごめんね。

 シリエトクで鹿の角を拾うとなんでも願いが叶う伝説、つまり『シリエトクの奇蹟』って、リョウを知床岬に向かわせるためのわたしの作り話だったの。これもごめんなさい。

 わたしは、もうすぐそこに死期が迫っているって自分でわかっていたわ。リョウに最期まで傍にいて欲しかったけど、敢えてシリエトクに行ってもらいたかったの。

 あなたの人生は、これから長いわ。わたしのことは1日も早く忘れてもらいたかった。

 でも、わたしは、これからもずっとリョウのことだけを見つめているね。シリエトクの丘の上からたくさんの思い出と一緒に。

 もっと、もっといろいろ書きたいことがあるんだけど、もう体が動かないわ。

 どうかわたしの気持ちを汲んで幸せになってね。

 わたしに会いたいから、またシリエトクを踏破したいだなんて考えちゃだめよ。生涯に一度だけで充分な日本最後の秘境の地のままにしておいて。

 本当に今までありがとう。

 最期にどうしてもリョウに会いたくなったら、あなたが到達する時間に合わせてシリエトクまで行っちゃおうかな。

 シリエトクの風になって・・・

 フフフ。

 リョウ、泣かないでね。

 いい旅を!

                                      シリエトクから

                                       ルイより

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 ルイは、8月7日11時00分、眠るように旅立った。そして、その顔はまるで笑っているかのように穏やかな表情だったという。

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 キタノさん、

 それからのぼくは茫然自失となり、なにも手につかなくなりました。

 ぼくにとってのシリエトク踏破は、ぼくのためじゃなくルイのためだけだったのです。

 ぼくはルイの最期を看取れなかった。傍にいてあげられなかった。こんなことになるなら、ルイがなんと言おうと仙台を離れるんじゃなかったと思い、悔やんでも悔やみきれませんでした。

 ずっと自分で自分を責めてました。

 でも最近になって、キタノさんの『旅』の話を思い出しました。

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「キタノさん、旅って一言で表現するとなんだと思いますか」
『難しい質問だな』


『出会いと別れかも知れない。俺はリョウぐらいの年齢のときに最愛の恋人を病で失った経験があるんだ。長い間、自暴自棄になり、精神的なダメージも大きかった。別れは辛い。でも悲しんでばかりいてはだめだ。別れは新しい旅立ちの始まりでもあるんだよ』
「え?そんな大変なことがあったんですか。でも実感はできませんが、きのうからキタノさんとずっと行動していて、なんとなくわかるような気もします」

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 ぼくは今、漠然となんですが、旅って人生そのもののような気がしています。

 先日から二輪の免許を取得しようと一念発起して教習所に通い始めました。次の夏には自分のための北海道ツーリングをしたいと考えています。

 きっとルイもシリエトクの丘で喜んでくれていると思います。

 いつかどこかの旅の空の下で、キタノさんと再会できる日をとても楽しみにしています。

                                        カミイリョウ

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 リョウくんへ

 大丈夫だ。なにも心配ない。

 あの日、シリエトクで起きた不可解な真実をきみからのメールですべて解明できた。

 日常で目に見えることだけが世の中のすべてじゃない。極限の旅の中だったからこそ、見えるはずのない真実を敏感に感じとっていたと思う。

 大丈夫、リョウはシリエトクで立派にルイさんの最期の旅立ちの瞬間を見届けていたよ。

 そして、いつの日かその『シリエトクの奇蹟』というやつが本当に起こる予感がするんだ。

 それじゃあ今宵は、このあたりで筆をおこう。

 また旅で会おうな!

                                        キタノカズキ








FIN



北野一機 作



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