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ひたすら歩き化石浜を越え、タケノコ岩へ達する岩場まできた。 『リョウ、ここは早くへつろう』 へつるとは崖にぶら下がりながらトラバース(横に移動)することだ。崖の下はもちろん海。 「なんで急ぐんです」 リョウは不思議そうな顔をしている。 『今が引き潮のピークだ。もう少しすると潮が満ちて渡れなくなる』 「よくご存知ですね。そこまで調べないといけないんですか」 『いや、俺が調べたというより仲間から教えられた。潮位表などを活用しないと歩きでは岬までは絶対に到達できないって』 「え、なんです。それって」 『実は、昨年、友人たちが知床岬をもの凄い苦労の末、ようやく踏破した。俺だけ仕事の都合でどうしても参加できなかった。そして踏破した仲間から、綿密な情報を提供してもらっていたんだ。情報っていうのはな、情に報いることだと痛感してるよ』 「そうなんですか。それならキタノさんと一緒になったぼくはラッキーです」 『知床岬への詳細な行程っていうのがな、実はあまりにも具体的に知られてない。謎というか未知のベールにつつまれたルートなんだ。本当に知床は秘境だよ。ナマの情報だけが役に立つ。やはり持つべきは同じ志の仲間だと思うよ』 俺とリョウは海面スレスレの断崖を懸命にへつった。かなり集中していたので、へつり切った時には疲労と安堵感で座り込んでしまう。 しかし、のんびりは出来ない。 今は、潮が引いた海底の中だ。 『よし、急ごう』 2つ目の潮きりポイント通過・・・ とにかく暑い。全身に熱湯を浴びせかけられたようだ。既に用意してきたスポーツドリンクは2リットル以上飲み干してしまった。 そして、大きな岩場に到着する。 完全に封鎖された。先に進めん。情報によると抜け穴があるそうなんだが・・・ 「キタノさん、岩の合い間に大きな穴がありました」 『それだ。リョウ、よく見つけた。それが異次元空間への抜け道だ』 無事に抜け穴をくぐり、ゴロゴロとした歩きにくい石の上を通過すると、ようやくタケノコ岩が見えてくる。 この頃になると俺の足の裏にはいくつもの肉刺ができ、それが潰れてかなり痛い。 ここで一休み。俺は2万5千分の1の地図を広げながら煙草に火をつけた。 「凄い。やはりハンパじゃないルートですね」 リョウは海を見つめながらボンヤリと呟いていた。 『確かに噂以上だが、真の難関はこれからみたいだよ』 俺は煙をゆっくりと吹き出し、灰を携帯灰皿に落とした。 数分後・・・ また俺たちは巨大なゴロタだらけのルートを登ったり、回り込んだりしながら悪戦苦闘を繰り返していた。 やがて行き止まり。 仲間の情報だと確かここからは上によじ登るんだっけ? 「リョウ、たぶん上だ。とにかく上に出よう」 足場の悪い登りを這いつくばりながら前進する。 そして、ようやく視界が広がった。 少し崖を降りて、すぐに目に入ったのものは・・・ 巨大な壁だ! 10メートル以上の高さの直角の断崖絶壁。ピークからトワイン1本が垂れ下がっているのを見て俺は愕然とした。 確かここを越えれば今夜のモイレウシ湾のテン場に出れるはずだ。 しかし、重いザックを背負って滑落したら、確実に首を骨折して命を落とす。ここの崖の足場にする岩の部分は脆いらしい。 「キタノさん、今度はぼくからやっつけて見ます。いや、やらせてください」 リョウは躊躇いなくトワインを片手に登りだす。 意外に早い。しかし、手をかけた岩が少し崩落した時は、驚愕したが、リョウはなんとか持ちこたえる。 『無理すんなよ』 俺が大声で叫ぶと、 「大丈夫です。案外登り易いかもしれません」 元気な声が返ってくる。 「モイレウシ湾がとても綺麗です」 ピークに達したようだ。 そして俺も重いザックを背負いながら、ようやく崖を這い上がる。 『本当に美しいな』 小さな湾?いやビーチ?理想郷が眼下に広がっていた。 リョウは大喜びでデジカメのシャッターを切っている。 |