北海道ツーリングストーリー




仙台港フェリーターミナル







 ガスがかった薄暗い海岸にひとりで佇んでいた。ふと気配を感じ、背後を見るると犬?いや違う、キタキツネだった。俺は北の大地にいるのか?キツネは俺の眼をじっと見つめており、やがて森の中へ入っていく。そして足をとめ、俺の方をまた振り返った。俺についてこいと促しているらしい。俺の体はまるで異次元の世界にからめ取られるように深い森の中へと吸い込まれていく。

「あなたに力を貸して欲しいの」
 俺に懇願するような女性の声がした。
『なんで俺なんだ?』
「あなたならわたしのことをきっと理解してくれると確信したの」
 女の声が耳元に残るような状況で、ふと目が醒める。

 気味の悪い夢だった。俺は太平洋フェリー”いしかり”のロビーで船酔にさいなまれながら、うつらうつらと寝入っていたらしい。でも船が大きいせいか揺れが小さく、ひと眠りしたら不快感がかなり消えていた。

 周囲から美味しそうな香が漂ってきた。どうも、すぐ横にいる年輩の夫婦の食べているカップラーメンの匂いが、乗船してからなにも食べていない俺の胃袋をかなり刺激しているらしい。レストランや売店もとうに閉店してしまったことだろう。

『フェリー内の自販機でラーメンを購入されたのですか』
 耐え切れず俺は、失礼ながらも夫婦へ質問してしまった。
「いいえ、フェリーでカップラーメンは販売してませんよ。途中、コンビニで買っておいたの」
 感じのよさそうな奥さんが、にこにこしながら答えてくれた。
『そうなんですか、昔はカップラーメンの自販機が置いてあった記憶があったもので』
 俺は、ポーチからカロリーメイトを取り出し、バリバリとかじりつく。そして呑み下すと、からっぽの胃にストレートのウイスキーでも飲んだかのように腹が熱くなった。

 ご夫妻もライダーだった。なんでも夫婦揃ってBM乗りとのこと。
「ぼくはイシイというものだ。神奈川の藤沢からきたんだよ。実は昨年までは、ぼくだけ単身赴任で九州にいたんだけどね」
 丁寧に自己紹介をいただく。
『俺は、キタノです。母校が横浜なものですから、自分も元神奈川県民ですよ。青春時代を過ごした横浜には今も愛着がありますね。現在は福島在住です』
「福島か。ぼくは奥会津の蕎麦が大好きなんだよ。ツーリングで新蕎麦を食べにいったことが何度かあるよ」

 本当に些細なことから会話が盛りあがっていく。見知らぬ旅人との偶然の交流。これが旅の醍醐味だと俺は確信している。

「今回はねえ、キャンプ場やライダーハウスを利用しながら、なるべく金をかけずに旅をしようと思っているんだ。キタノさんは?」
『もう道内はひと通り周っているので、この旅は、焼尻島、天売島、礼文島など島巡りに拘りたいと考えています。だから結構民宿なども利用するつもりです。もちろんキャンプもしますけど』

「あのう、失礼ですが、2年前にモトトレインで渡道されましたよね。ぼくも同じ車両に乗っていたんですよ。あっ、ぼくはワタナベといいます」
 そんな話をしていると近くのボックス席に座っていた男が、ご夫妻へいきなり声をかけてきた。

 それは奇遇だと、ご夫妻は驚いていた。その後、ワタナベも加わり、12時ぐらいまで歓談した。それにしてもモトトレインって懐かしい。当時は上野から函館までバイクを乗せて列車の旅ができた。もちろん現在は廃止されている。

 翌朝、また4人でロビーで話し込んだ。奥さんはフェリーのエンジンの振動で眠れなかったらしい。とりあえず、ご夫妻はニセコ方面、ワタナベは白金温泉を目指すそうだ。俺は天売・焼尻を目指し道央道を利用して一挙に日本海側の羽幌へ出るつもりだ。

 やがて下船のアナウンスがあり、濃い霧に覆われた苫小牧港へ上陸。ご夫妻やワタナベたちに別れを告げようと探してみたが見つけられなかった。まあ、旅を続けていればまたどこかで会えるだろうと自分へいい聞かせながらスロットルをあげた。天気はよくないがゼファーのエンジンは快調そのものである。

 霧で肌寒かったが岩見沢を通過する頃になると、灼熱の太陽が輝きだした。そして、じりじりとあたり一面を焦がすような暑さとなる。ここから時間短縮のため、道央道へ入った。やがて体に浴びる風がとても心地よく感じるようになる。

 途中、SAへウィンカーをあげた。小腹がすいたので、レストランでハズレのレトルトカレーライスを食べる。食後、ゼファーに腰かけて煙草を吸っていると、女性ライダーが乗ったホンダのCB250が俺の横へマシンを停めた。

「こんにちは」
 ヘルメットを脱ぐとまだ若いライダーだった。
「バイク、同じ福島ナンバーなんですね」
『こんにちは。奇遇だね』
 俺は携帯灰皿に火を落としながら答えた。
「福島のどちらからなんですか?」
 彼女は、とても健全な笑顔で訊ねてきた。きっとなんの邪心のない素直な人柄なのだろう。
『俺は浜、南相馬在住だよ。きみは?』
「福島市内です」
 後年は彼女の住んでいる福島市へ仕事の関係で引越すことになるが、もちろん以後に出会うこともない。
「叔母がこっちにいるんですよ。バイクでいくって言ったら家族に猛反対されちゃって。でも、なんとか押し切って来ちゃいましたけど、もうすぐゴールです」
 俺はマシンへ跨り、セルをまわした。
『そっか、ラストランか。そういや、昔、佐々木譲の小説にそんなタイトルがあった気がする』
 ラストラン、確か主人公がバイクで事故死してしまうストーリーだったかな。”振り返れば地平線”の続編ぽい短編でもあったが、それも事故にまつわる話だったと思う。というより、俺はまだ北海道ツーリングに出たばかりなのに、なんで事故のことなど連想しているのだろう。ああ、縁起でもない。
「えっ、なんですか、それって」
『いやなに、きみの世代の人にはわからないぐらい古い小説の題名を思い出したんだ。特に深い意味はない。お気をつけて』
 誤魔化すようにいいながら、俺はスロットルをあげた。
「あなたもいい旅をされてください」
『おお!』
 バックミラーには手を振りながら、にこっと微笑む彼女の姿が写っていた。この瞬間、ほんの一瞬だけ昭和の匂いが漂っていた気がする。

 深川西で道央道を降りる。気温は高めだが、爽やかな空気が漂う絶好のツーリング日和になった。やがて沼田町から日本海側の留萌へ入る頃になると、無数の赤とんぼが、あたり一面を覆うように舞っていた。黙々と走り、小平町から苫前の風車が見えると、もうオロロンラインといっても過言ではないだろう。まだまだサロベツ原野や利尻富士が拝めるツーリングライダー垂涎のビューポイントには至らないが。

 実は今回、焼尻島や天売島へ渡るために、いろいろ調べてみた。両島へ渡るには羽幌へバイクを置いて行く方が無難のようだ。また、どちらかの島には1泊するつもりである。となるとフェリー乗り場へ相棒のマシンを放置したままにするのは防犯上どうかと思われた。

 さらに調べると羽幌には島に渡るときにバイクを預かってくれる宿があるという。もともとレストランで料理が美味しいという話だし、オーナーがバイク好きで旅系のライダーからも好評なことから渡道前に予約を入れておいたのだ。

 夕刻、独特の造りの建物に入った。この宿には訪れたライダーの写真集”ライダー名鑑”なるものがあり、夕食を食べながら拝見する。これに俺も掲載されるのだろうか。

 しかし、夕食のボリュームは凄い。魚介類中心の料理は秀逸だった。食後は、中庭で宿泊者全員で大爆笑の宴会となる。

 満天の星空の下、本当に楽しい宴だった。

 これから連続する不可解な展開など、このときはまだ知るよしもない。



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