安達太良山行2007.5.19







奥岳登山口



 先週の吾妻連峰登山会で、最終日に東吾妻山登攀中に膝を痛めてしまい無念の頂上踏破断念となった次第。

「キタノさん、サボリましたね」
 同行した若手隊員からと怠けとレッテルを貼られたり、いつの間にか野営をしながらの集団山行だと具合が悪くなるチキンなキタノさんという噂が職場でも広まりつつある今日この頃であった。

 このままでは硬派キタノの男が立たない・・・

 一念発起して、此度は単独行で久しぶりに安達太良山頂をハイペースで目指す・・・

 というより自らを鍛えなおす意味で自宅を出発。ところが本格的に雨が振り出してきた。かなりテンションが下がるが雨でも突撃だ。俺の顔は鬼気迫る形相になっていた?

 なんとしても”チキンキタノ”の汚名返上を成し遂げないと。

 安達太良スキー場到着。流石に雨とガスの中の高山を単独で長時間歩き回るルートは危険過ぎると判断したので、頂上まで最短で一般的なルートである奥岳登山口から入山した。装備はフリースの上から上下モンベルのゴアのカッパ、渓流登り用の手袋、とにかく下着から靴下に至るまで、すべて山専用。

 山の道具は高い。近年、生活が苦しいわりに破格の投資をして着々と買い揃えてきた。実力もないし命には代えられないと思うし。でもそれでも寒い。

 俺は登りが遅いし、また膝を痛めるのも勘弁だ。とにかく休まずに歩幅を短くし、小刻みに登っていく。30分も過ぎると息があがってきた。

 雨がザーザーと降る中、カッパ姿の俺は、動きを止めることなくどんどん登っていった。一度も休憩をとらず1時間ちょっと過ぎたくらいで勢至平へ到達。ここいらで小休止とするか。煙草に火をつけ、岩の上に腰を降ろした。登山者は少ない。

「こんにちは」
 時折、雨で頂上踏破を断念したグループが挨拶しながら下山していく。

 霧に霞む前方を見ていると、なんと登山道をジープが走行していた。これが噂のくろがね小屋まで行くという救助・運搬用のジープか。小型ではなく大きな車だったので、ほとんど道いっぱいを使って登っていた。荒れた道を運転するのはさぞ怖いだろう。

 かなり寒い。吐く息が白かった。ガスってるし、やはり、こんな気象条件での登山は無謀かな?なにか遭って、テレビのニュースや新聞で実名報道されのも癪だ。どうもマスコミが好きになれないし。

 なんて思案していると・・・

 凄い人数のグループが登ってくる。中学生の団体登山だ。みんな「こんにちは」と礼儀正しく挨拶していくが、この雨と低温のわりに装備があまりにも貧弱過ぎる。スクールジャージにビニールカッパ、帽子もかぶってない。運動靴は水溜りで浸水しグジャグジャだった。手袋もせず震えながら歩いている子が多かった。見ていて気の毒になる。

 とにかく中学生が動いているのに俺が引き返すわけにもいかん。すぐにザックを背負い、登り始めた。

『頂上までいくつもりなのかい?』
 俺は、途中で中学生に訊いてみた。
「多分、そうだと思います」
 とのこと。

 明日は多くの子が具合が悪くなるだろう。というより、遭難するんじゃないだろうか。これからルートがどんどん険しくなるし。この天気なら高校の山岳部だって間違いなく入山しないだろう。好天なら大丈夫だが、悪天候時の装備なき登山はただの無謀だ。ガイド?先生?大丈夫かい?

 首を傾げながら、集団を追い抜いていくと間もなく”くろがね小屋”だ。ここで休まず傾斜の強くなったルートをよじ登る。そろそろ、森林限界も近いのか丈の低い樹木が目立つようになった。

 しかし、雪が例年になく少ない。積雪が3分の1もないのではなかろうか?

 そんなことを思いながら、ふと後方を振り返ると中学生集団の気配がなくなった。どうやら終点をくろがね小屋に定めたらしい。正解だと思う。
   悪天候時にあの程度の装備で安達太良の経験がない子どもたちになにか事故が遭ったりしたら大変なことになる。絶対に中学生に無理をさせたらいかん。なんだか偉そうにいう俺だが、こればかりは鉄則である。
 延々と登りを歩く。ももが張ってくるし膝も鈍痛がはしってきたようだ。丁度、雪渓が見えてきたところで小休止。荷物を降ろし大きくのびをした。やや角度はあるが、たいした雪渓じゃない。10メートルのトラバースにも満たないだろう。

「あっ、赤いヤッケの人がいた」
 下山してくるグループの人たちの声がするがガスで姿が確認できない。

 どうやら、向こうからは俺の姿が見えるらしい?というより俺のモンベルの赤い雨具の色が目立つのかいな?男2人女1人のグループか。ようやく俺も肉眼で確認できた。彼らは雪渓トラバースで苦戦していた。女性は転倒しているし。

 よく見るとみなさん、登山靴じゃない。普通のトレッキングシューズだった。また角度のある雪上トラバースの歩き方ではない。雪を靴の側面で強く蹴らないと危ないのだ。

 ちょっと待て。俺は自らの山行が情けなくて山に来ているのになんで偉そうなんだ?う〜ん、それはつまり集団山行時に一緒に山に入る方々がベテラン、いや一流のスペシャリスト揃いだったからなんだ。

 な〜んだ、俺がこんなにムキになって山登りする必要などないじゃない!

 おっ、おっといけねえ。ここは初心に帰り謙虚にいきましょう。

「こんにちは」
 3人グループのリーダー格の方が話しかけてきた。

「私たちは千葉の中学の教員で、来週の集団登山の下見にきたんです。旅行会社にお願いしたんですが、山岳ガイドの都合 がつかなかったんです。我々は3人共、山の素人だし、こんな に辛いとは思いませんでした」

 男性2名は俺ぐらいの年齢の先生かな?女性はびっくりするぐらいお若い方だった。

『それはそれは。安達太良は素晴らしい山です。でも、くれぐれも 生徒さんには無理をさせないでお楽しみくださいね』
 俺程度の情報ではたいしたことはないのだが、過去3年、10数回は入山している安達太良の知っている限りのことはお教えした。

「本当にありがとうございます。旅行会社だって、こんなに詳細な 情報など知ってはいません。地元の方のアドバイスが一番です。大変参考になり助かりました」
 3人は深々と頭を下げて下山していった。

 
 しかし、今回は中学校になんだか縁があるな、なんて思いつつ、例年になく小さな雪渓を軽くトラバースし、頂上を目指す。   
 霧でなにも見えなくなるし、すれ違う人もない。何度も歩いている峰の辻のルートなんだか凄い寂しい気分。本当にここを歩いてOK牧場なのだろうか?幸い雨は弱まってきたけど、不安でいっぱいだった。

 凄く寒いぞ。いったい、今、何℃なのだろう?さっきの千葉の方は頂上付近の気温が零度だったと言っていたけど?

 傾斜を登りきると上画像の看板が見える。俺の判断に誤りはないようだ。そして、ここから一気に釜の底へ下降。底は雪融け水で沢になっている。そこをザブザブと徒渉した。これは防水性のある登山靴じゃないと足を濡らすポイントだ。

 ここから急激な登りになる。ここを越えれば山頂もあと少しだ。ガスで視界はほとんどない。岩肌についた白と赤のマーキングだけを頼りに足を動かした。はあはあと息があがる。

 ガンバレ俺!

 流石に急勾配の坂は速度が出ない。ゆっくりと時間をかけながら、足場の悪いきつい登りをようやく制した。
   流石に急勾配の坂は速度が出ない。ゆっくりと時間をかけながら、足場の悪いきつい登りをようやく制した。 
 分岐から頂上付近まで一気に登った。やはり人の姿はない。人の居ない安達太良山頂って不思議な気分がした。強い風が吹きつけ何度も帽子が飛ばされそうになる。

 ガスで乳首岩がなかなか確認できなかったが、薄っすらとシルエットが浮かび上がってきた。霧の効果が乳首岩をさらに巨大な物体として映しだしているような気がする。
 
   荷物を下ろして乳首岩へ取りついた。間違えて逆側から登ってしまい傾斜で滑落しそうになる。危ねえ。改めてロープに手をやりながら登り直した。そして踏破。標高1700メートルの頂上だ。もう何度目だろう。しかし、ガスで眺望はゼロ。晴れていれば絶景を楽しむことができる。三脚を持参していないので、自らの画像は撮影せず、すぐに岩を降りた。
 ここで寒いのを我慢しながら昼食をとっていると時折、薄日が射してくるようになる。少し気温も上がったような気がしないでもない。小休止の後は下山するのみ。ルートは薬師岳経由で奥岳登山口へ戻ることにした。暫く歩いているとかなり晴れてきた。厚着が暑く感じるくらい。

 雪渓は一箇所のみ。急ではないが底が融けている状態。つまり”踏み抜き注意”だ。登山道は雪融け水で、まるで沢歩きのようになったが特に問題なくクリアしていく。やがてルートに木道が整備されゴンドラリフト付近まで快適に進んだ。

「頂上までどれぐらいですか」
 登ってきた老夫婦に訊ねられた。
『ざっと1時間半ぐらいでしょう』
 俺が答えると
「本当にそんなもんで登れますかね」
 奥様が辛そうな顔をしながら息をあげていた。

 8合目のゴンドラリフトへの分岐に到着。多くの方は、ここから頂上を目指し、そして下山していく。登山口から歩かなくても容易に山頂へ辿り着ける手段が、簡単に登れる百名山ベストスリーにランキングされる由縁となってしまった。

 また、この付近はキタノが描いた「タンデムシートは指定席」のヒロインの終焉の地なので、なんだか感慨深い。でもリフトの山頂駅は実際には登山道から少し外れている。飽くまでフィクション小説なもので。

 天気は晴れているが頂上付近を見上げるとまたガスに覆われていた。山の天気は本当に変わり易い。ここから先の登山道は毎度ながら荒れ放題で辟易する。雪融け水でぐしゃぐしゃの上に土砂崩れがあちこちであり、大きな岩がゴロゴロだ。もちろん歩いている人など居ないが、ふと鶯の鳴き声があたりに響いていたのが印象に残る。

 最後にペースをあげてゴールしたかったのだが、とてもとてもスピードに乗れなかった。

 右手遠くのリフトを横目にしながらに黙々と歩いて登山口まで辿り着くも懸念されていた膝の痛みもなんとかなったようだ。

レストハウス横のホースで登山靴とスパッツについた泥を丁寧に落として
いると、

「あの、頂上まで登られたのですか」
 学生風の2人の男のうち、1人が話しかけてきた。
『ああ、登ったよ』
「天候はどうでした」
『昼過ぎまで雨と濃いガス、その後回復。そして今はご覧の通り、山頂はま たガスだ』
「風はどうでした」
『うん、かなり強かったね』
「ありがとうございました」
 若者たちは登山口へ向かい歩き出した。えっ、今から入山するの?帰りが夜になるよ。それとも強風の中、鉄山避難小屋へでも泊まるつもりなのか?

 詳細は不明。無事を祈る。

 いつの間にか、また雨が降り出してきた。総行程は5時間半ぐらいか。2年前に同じルートを歩いた時より、1時間以上タイムを縮めた。悪天候の中、かなり本気を出しちまったけど、俺はまだまだ甘い。

 今回はガスであまり景色を楽しめなかった。でも安達太良っていつ来ても素晴らしい山だ。

 ちなみに翌日の5月20日が安達太良山の山開きである。



FIN



2007.5.20UP



記事 北野一機



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