2007.8.13




摩周岳山頂



 2007年夏、俺は北海道ツーリング中、ずっと荒天に悩まされ、なかなか山行ができなかった。

 しかし、ついに本格的な夏が北の大地にやってきたらしい。

 早朝から強い日差しが屈斜路湖和琴湖畔キャンプ場へ照りつけていた。

 ようし、今日こそは山に入れるぞ。ピーカンの空を眺めながらマシンに跨る。ビニールタンクには2リットルの水を満タンにしザックへと詰めスロットルをあげた。途中、コンビニでも500ccのスポーツドリンクやよく冷えたお茶なども3本購入して念には念を入れる。これで水分は都合3.5リットルに達した。

 そして摩周湖第一展望台へ・・・

 しかし暑い。駐車場に到着すると、まだ早い時間帯なのに熱気でむんむんしていた。
 警備のオジサンに二輪駐車料金100円を支払った。
「摩周岳に登るのかい」
 カイゼル髭?が印象に残る。
『ええ』
「数は少ないけど、最近は団体さんも入っているよ。でも、結構、大変だから気をつけてね」
『押忍!』
 軽く返事を済ませザックを担ぎ歩き始める。摩周湖が晴天によく映えていた。

 入山届けに記入しようと登山者名簿を開いた。すると既に何人か山に入っているようだ。現時点で9時だ。ちょっと出遅れたか。空を見上げると強烈な日差しが目に沁みる。しかし、昨日までとはうって変わって、極端過ぎる灼熱の酷暑だ。

 なんだか出鼻を挫かれた気がしないでもない。始めからペットボトルのお茶をがぶがぶと飲む。
 摩周岳、ここの登山道はまったく整備されてない。つまり放置プレイだ。笹が肩の高さまで伸び放題になっており、半袖の山行用シャツで藪漕ぎをするという最悪の状況になった。また、ルートが読み辛いというより見えない。僅かに人が入った形跡を見つけては、少しずつ前へ進んだ。この山は初心者1人では無理だと思う。

 半袖の両腕には虻が容赦なく襲ってくるが、防御する手立てがないので刺されっぱなしだった。
 ようやく藪漕ぎ地帯を抜け、緩やかな登りが延々と続くようになる。時折、摩周湖の絶景が顔を覗かすが、見とれている余裕などない。

 サイココンパスの気温を見ると35度。しかも、まったくの無風。汗が滝のように流れ出し、シャツ、パンツがビショビショになる。これは熱中症対策に充分な注意を払わないと命取りになると思った。
 どれぐらい歩いたろう。頭の中は朦朧としていた。なんというか山は灼け焦げている。まさに灼熱の摩周岳登山だ。

 もう3本のペットボトルは飲みつくした。つまり、1.5リットルの水分を補給しているのだが、それでも全然足りない。これが北海道の山か?本当に疑いたくなった。 
 摩周湖の絶景と並行するようにカルデラ湖の外輪山を歩いてきたが、湖のかなり隅の地点まで到達したようだ。後は最後のアタックまで摩周湖とは暫しお別れだ。ようするに急峻な山頂付近からしか、もう摩周湖は望めないと思う。

 そして、いくつかの登り降りをクリアすると、下山してきたパーティが休憩をとっていた。
「こんにちは。これから頂上ですか?頑張ってくださいね」
 おばさんたちから激励される。
『ありがとうございます』
 俺は挨拶を返すが、かなり息があがっていた。ルートがきついというより、正確には猛烈な暑さの方にバテ気味である。

 ということで、俺も暫し休憩。

 ビニールタンクから飲み干したペットボトルへ水を移す作業をし、煙草を吸う。携帯灰皿に灰を落としながら、周囲を見渡すと高山植物の綺麗なお花畑になっていた。

「こんにちは。しかし、無風で本当に暑いね」
 後から来たオジサンが意外に元気な足取りで通り過ぎていった。

 俺も頑張るか。まだ登り始めて2時間半ぐらいだろう。先はどれだけ続くことやら。

 遅いペースでせっせと歩き続けた。すると”頂上まで2キロ”の標識が。西別岳への分岐点を通過する頃になるとなんだか元気が出てきたぞ。さらに”1キロ”、”700メートル”と距離がどんどん縮まってくる。白樺林の中、登りの勾配がややきつくなってきたが、なんのその。

 摩周岳、なかなか手強いぜ!

 残り300メートルの標識が見える頃になると修羅場になった。勾配が急過ぎる。ほとんど直登の様相になっていた。さらにこの灼熱地獄に体力が確実に奪われていく。とにかく、あと少しなんだが、先が読めないので気持ちがナーバスになってしまうのだ。

 本当に苦しいし、暑い。暑過ぎる・・・

 持参した水をがぶがぶ飲む。これじゃ、帰りに水不足になりそう。

 ふらふらとスローペースで這い上がっていると、男性がひとり座り込んでいた。どうやら猛烈な暑さと過酷な急斜面の登りでバテたようだ。苦しそうな表情で下を向いてうつむいている。

『大丈夫ですか?頂上は、もうすぐです』
 思わず声をかけたが、本当に言うだけでなにもしてやれない。俺自身ももう少しで、同じ状況になりそうな気もする。

 しかし、絶対に負けねえぞ。

 ”戦う男 もえるロマン”

 そう、俺は孤高の矜持高き北のサムライなのだ。

 荒れた登山道の岩や突き出した木の枝にしがみつきながら、がむしゃらに壁のような難所と格闘を繰り返した。そして、ようやく狭い岩場の頂上に到達する。

 摩周岳山頂踏破!

 灼熱の摩周岳、手強いどころか恐るべし。

 頂上も無風だし。こんな時に山へ入っちゃ、基本的にまずかったのかも知れない。
 いやあ、苦しかった。あの最後の登りの辛さときたら、なんなんだろう。何名かの登山者の皆さんが昼食をとっていたが、俺はようやく挨拶を済ませて座り込んでしまう。しかも、頂上には日陰もないので紫外線を浴びっぱなし。もう動きたくない気分だ。

 あまり食欲もない。でも昼食用に持参したパンを行儀が悪いのだが寝転んだまま無理矢理食べた。山で食べないと、大変なことになる体験を過去に何度かしてきた。
 しかし、この360℃の絶景の素晴らしさといったら、もの凄いの一言に尽きる。難攻の果てに辿り着いたこの光景は、”開陽台”、”多和平”などと同列に扱うことなど絶対にできない。足元の樹海、ここからしか拝めない角度の摩周湖の眺望。本当に見事なり。

 ただ、この異様な暑さだけは、勘弁して欲しい。黙っていても汗が噴き出してくるんだもの。
 それでも、体力が若干回復傾向になりつつあるので、一気に下山することにした。傾斜の激しい降りをテンポよく駆け抜ける。途中、軽装でかなりバテ気味の若者に頂上までどれぐらいですかと訊かれたが、あと少しだけど、休んでばかりだと、なかなか辿り着かないよと答えた。

 摩周岳は、摩周湖第一展望台からの散策路レベルではない。充分な登山装備が不可欠だ。ちなみに俺が持参した3.5リットルの水分もこの頃には既に尽きかけているし。

 ペースをあげて、どんどん先に進んでいると・・・

 痛え・・・

 足がつってきた。さらに股関節や膝がガクガクになっているし。調子に乗って飛ばし過ぎたようだ。ここは無理せず、ザックを下ろして休憩をとることにした。
 煙草を吸いながら摩周岳(カムイヌプリ)を見あげた。たった標高857Mだぜ。でも山は気象条件によっては大変な目に遭うし、絶対になめてはいけないと改めて実感した。

 ほとんど呆然としていると、先刻、頂上でお会いした年輩のご夫婦が、
「あとほんの少しですから、頑張りましょう」
 と励ましてくれた。

 俺もそろそろ動くか。
 しかし、帰路も遠かった。最後の藪漕ぎで、またも虻の執拗な攻撃に悩まされながら歩いた。そして、ようやく第一展望台のレストハウスへ辿り着く。

 休憩も含めて往復7時間といったところか。俺はレストハウスのベンチに横たわったまま疲労困憊で、暫し動けなくなった。

 山やめようかな?

 もう16時近いのに灼熱の太陽は、激しい日差しを周囲へ強烈に照りつけていた。

 とても北海道の夕刻の気温とは思えないのだが? 

 1時間ほど、ぐったりしていたろうか?摩周ソフトをかじり出した頃、ようやく少し動けるようになり、マシンのスロットルをあげた。

 暑さで、これほど衝撃的なダメージを受けた山行は初めてである。



FIN




記事 北野一機



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