疾風




能登半島先端禄剛崎付近にて

『う〜、さむっ』
 早朝に目覚めた。かなり気温は低い。旅団のJKTをはおってトイレに向かう。登山のご夫妻は既にテントを撤収して出発するところだった。

『おはようございます』
「おはよう。うちらはもう出るよ」
『登山、楽しんでくださいね』
「ああ、ありがとう。あんたも気をつけてな」
 と言い残し登山口へと消えていった。

 吐く息が白い。空は曇天だ。さっそくテントの前で朝食を済ます。フランスパンと茄子焼きの味噌汁、そしてコーヒーの簡単なもんだ。 

簡単な朝食
 テントの撤収作業を開始すると夕べのチャリダーのおねえさんが現れた。
「永久ライダーさん、お先に失礼します。また、どこかで会ったらおもしろい話を聴かせてくださいね」
『おお、もう行くのかい。じゃあな』
「能登半島、遠いですよ。くれぐれもお気をつけて」
『ああ、そっちこそな』
 ニコッと可愛らしい笑顔を見せて立ち去っていく。若いっていい。いや俺も若い。気持ちだけは(笑)
 パッキングを済ませ俺も出発の準備万端だ。その前にもう一度トイレに行っておこう。用を済ませ外へ出ると昨日の知ったか野郎に出くわした。
『よう、夕べは風も吹かず穏やか過ぎる夜で残念だったなあ〜本当につまらなかった』
「・・・・・」
 男はうつむいたまま無言でトイレに消えていった。ザマあ〜みろ。コンコンチキめ。

 アクセルをあげ、R49へ戻り、新潟市内を目指す。かなり肌寒い。途中、路面が濡れていた。このあたりは雨が降っていたのか。キャンプ場が雨にやられず本当にラッキーだった。

 新潟市内へ突入。晴れ間が広がってくる。新潟バイパスへ入った。いつ来ても新潟市は大都会だと思う。俺も県庁所在地に在住しているが規模が違う。江戸時代から幕府直轄領として栄えた港町だ。
 このあたりで、ツーリングマップルを「東北」から「関東甲信越」へと差し替えた。今回、さらにマップを「中部北越」を加えマップル3冊持参という過去に類を見ない規模のツーリングとなってしまった。
TM3冊持参
 新潟西インター近くの道の駅で一服していると清掃のおばちゃんが
「どこまで行くんだい」
 と話しかけてきた。
『能登半島あたりかな』
 と俺は応えた。
「能登っていいとこだよ」
 と人のよさがこぼれるような笑顔を見せた。

「越後は松は育つが杉と男は育たない」
 つまり日本海に面した砂地なので松には向いているが杉は向かない。それに越後の女は魅力的過ぎて働き者だから男もダメになる。俺もダメになってみてえもんだ。

 おっと、おばちゃんを見てなに考えてんだか俺は。
「気をつけていくんだよ」
『ああ、ありがとう』

 渋滞の新潟市内を莫大な荷物をものともせず、ひらりひらりと牛若丸のようにすり抜けを繰り返し、内野から海沿いのR402に入る。海に光る陽光がとてもまぶしい。

 いい景色だ。

 風が強いがよく晴れ渡った空の日本海は実に素晴らしい眺望を見せてくれている。このあたりはシーサイドライン(ずばり)と言われている。交通量の少ない漁村をまったりと通過する。途中、名もないパーキングで休憩を入れた。

 砂塵が舞い上がる中、煙草を1本吸い、そろそろ行くかと思っていたところ
「どちらからですか」
 彼女を助手席へ乗せた車から若いおにいさんが降りてきた。ピアスをした今風のあんちゃんだ。
『福島からだ』
「ずいぶん遠くから来てるんですね。俺もフュージョンに乗ってんですよ」
『そうかい、実は俺も通勤はマジェスティを使っているんだ』
「どちらまでツーリングですか」
『能登半島だ。ここからどんくらいかかるんだ』
「ちょっと待っててください」
 彼は車の中の彼女のもとへ走った。そこまでしなくていいのに。気のいいヤツだ。
「い、いっぱいかかるそうです。ずいぶん遠いところらしいですよ」
 彼は息を切らしながら報告してくれた。
『ワハハハハハ!いっぱいか。実にいい答えだ。ありがとう』
 俺は思いきり吹き出しながらアクセルをあげた。
 寺泊アメヤ横町  寺泊に入った。大型の鮮魚店が立ち並ぶ有名なアメヤ横町に立ち寄る。とにかくカニが安かった。2尾で千円の松葉蟹とか。だが俺は大きなイカの浜焼きやさざえの串焼きを食べているうちに満腹になっちまった。カニまでは喰えん。非常にもったいない気分で寺泊を後にする。必ずまた帰ってくるぜと心に誓いながら。
 じょんのび(越後地方の方言:のんびりの意)と日本海に面した国道を南下する。このあたりは日高の海岸に似ている。ここは長万部にそっくり。ここは知床の羅臼付近に酷似しているぜ。なにをどうしても北の大地にリンクしてしまう北海道病の俺だった。天気も良好まさに絶好のツーリング日和だ。

釣りに最適ポイン
 上越を過ぎる頃になると単調な海岸線の連続に頭がボーっとしてくる。渋滞も始まった。いったいいつになったら能登に辿り着くんだ。

 渋滞のなかすり抜けを繰り返し、先頭の信号で停まっている車の横にバイクを着けた。すると女に運転させている若い男がパワーウィンドウを降ろし始めた。すり抜けでからまれたか。時間があればいくらでも相手になってやるが、あいにく時間がもったいない。

「永久ライダー、俺もライダーなんでホームページ知ってますよ。確かキタノさんっスよね」
 なんだか拍子抜けする。ステッカーとゼファーイレブンから判別したようだ。
「旅ですか。やっぱり実物も過積載ですねえ。どちらまでツーリングされるんですか」
『能登半島なんだが』
「ゲッ、マジで遠いっスよ」
 いつの間にか信号がかわり後続の車からクラクションされた。
「異彩を放つツーレポ楽しみにしてますよ」
『ああ、あんまり期待しないで待っててくれたまえ。ありがとな』
 と言い残し俺はアクセルをあげ、一気に先頭を駆け抜けた。

 マジで遠いか。高速、北陸道を使うか。俺はウィンカーを左に点滅させ、名立谷浜ICに突入した。天気は次第に曇ってきた。やがてぽつらぽつら雨模様に。

 フォッサマグナ付近のパーキングで、ぼったくりのまずい肉うどんを食べながら思案する。天気が悪い中ツーリングをしてもなあ。でもTMで確認すると越中境、富山県も近いじゃねえか。後で後悔するよりとにかく前へ進もう。かなり肌寒くなってきたので上下とも快速旅団の防水防寒のウエアを着込みアクセルをうなるようにあげた。

 親不知を通過し、黒部、魚津、滑川を疾風の如く駆け抜けた。何度も風で体ごと横にふっとばされそうになったが必死にこらえてハンドルを握る。富山を過ぎ小杉ICで北陸道を降り新湊へと入る。雨はあがってきた。それどころか能登半島の方向の空は明るい。能登の天気はいいようだ。奇跡だ。俺の日頃のおこないが善過ぎたのか?

 氷見、九殿浜と海岸線を走る。海の色が鮮やかな蒼の基調をなしている。うっとりと景色を堪能しながら巡航しているといつの間にか石川県七尾市だ。思えば遠くへ来たもんだ。完全に能登半島のど真ん中まで攻略したといっても過言じゃないだろう。

 七尾で幕営しようとも考えたが、ここまで来たら先端「禄剛崎」を極めるのが筋金入りツーリングライダーの醍醐味ってもんだろう。陽も傾いてきた。ここからのシーサイド走行は明日にするとして、とにかく禄剛崎だ。急げえ。

 能登有料道路へ入った。ラッキーなことに交通量は少ない。キビキビとワイディングをクリアして行く。しかしいつになったら先端「禄剛崎」へ辿り着くのだろう。俺はなんでそんなに先端に拘るのか。分からん。ツーリングライダーの先っぽを好む本能なのか?とにかく先端の落日を眺めたい。

 有料道路の終点、穴水此木の出口料金所のオヤジが
「どっから来はった」
 と関西弁で言った。そうか石川県は関西圏なんだな。ついに西日本まで来たと思うと感慨無量だ。そして奥能登の観光マップを頂戴する。

 マップで確認し、珠洲道路に突入。山間の快走路を走り抜けようやく珠洲市街へ。しかし無常にも道路の真上の標識が嫌でも目に入る。先端「禄剛崎」まで33キロ。ゲッ、マジっすか。遠過ぎるぜ。でも行くっきゃねえ。

 間に合うか夕陽の禄剛崎。細い珠洲の漁村の道を縫うように走る。周囲は暗くなってきている。途中、「山伏林間野営場」を発見。今夜の幕営地はここだな。それよりとにかく禄剛崎だ。アクセルをさらにあげる。

 あたりは、どっぷりと陽が落ちてしまった。先端の夕陽は大丈夫か?

 やっと、本当にやっとのことで禄剛崎入り口へ到着だ。ところが駐車場から岬へは登りの坂を徒歩で行くしかねえ。こうなりゃ意地だ。駐車場にマシンを停めた。走れキタノ。気温が低いのに大汗をかきまくりながら自らの足で階段を昇った。お前は風だ。疾風の如く走るんだ北のサムライ!

能登半島先端からの夕陽
 予想通り思い切り段差でコケたりしながら、もうボロボロになり転がるように禄剛崎先端へ突入。18時40分。夕陽は今にも落ちそうになっていたが、かろうじて俺を待っていてくれた。ありがとう。

 夕陽は撮影が終わった直後に日本海へと消えて行く。時間にして2,3分。

 まさに永久ライダーの奇跡!
 山伏林間野営場に引き返した。もう真っ暗だ。入り口で怪しい管理人のじいさんに使用料金の千円を支払いサッとテントを設営した。俺としては珍しく遅い設営時間だ。もう20時近い。

 今日は本当に疲労困憊だ。アルコールを飲んでさっさと寝ちまおう。ふと空を見上げると満天の星空だ。今日はなんだかついてるな。暫し星空を堪能し珈琲酎。そうそう途中のローソンで売っていた。これもついていた。

 簡単な夕食をとった後、シュラフの中でうつ伏せになり、激動の今日一日を回想しながら珈琲酎に舌鼓をうつ。そしていつの間にか眠り落ちていた。



珈琲酎が手に入る


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