1
自宅前にて
『よし、動け!』 キュルルル・・・キュキュルッ・・・ ダメだ。ゼファーのセルが回んねえ。 数回後・・・ ブオ〜ン 『おはよう。元気だったかい?』 俺は愛機に挨拶を済ませた。 ようやく4ヶ月の長い眠りからゼファーイレブンが目覚めた。そして用意されている莫大な荷物のパッキングを開始する。 『行くぞ、ゼファーイレブン』 ゼファーはブツン、ブツン、パンパンパンと不完全燃焼しながら走り出した。 『大丈夫かよ?相棒。おめえもいい加減歳だかんなあ』 それでも土湯峠を越え始める頃になるとエンジンの調子も復活して来た。 今回の目的は、いつもの裏磐梯ではない。他県。それも日本海側だ。土湯トンネルを抜けても昨年と違い道路脇の雪はほとんどない。やはり暖冬の影響か。 快調にR115を走り抜け、県道7号線へ突入した。天気も暑いくらいの陽気だ。夏用のジーンズ生地のジャンパーで充分行ける。 しかし、腹が減ってきた。このあたりで食堂は・・・ あっ、そうそう。釣堀でやっている食堂「ちょっと寄ってやすまんしょ」が近い。味噌ラーメンが評判の店だな。なんでも客のリクエストで誕生したメニューらしい。 店に入り、さっそく噂の味噌ラーメンをオーダーした。店内の見渡すと熊の焼肉とかメニューに表示されていて驚く。熊っすか? |
噂の味噌ラーメン |
暫し待つと味噌の香りが。おー、こいつはなかなか行ける。北海道で食べるような野菜のこぼれ汁の効いた豚汁風の味噌ラーメンの味だ。 すっかり満腹となり表へ出た。そして出発しようとした刹那、釣堀の従業員と思われるオヤジに話しかけられた。 「永久ライダーねえ。おもしろいステッカーだな。これからどご行くだ」 『ええ、49号線に出て新潟方面です』 「そっか、気をつけて行がんしょ」 『ありがとうございます』 と言いながらアクセルをあげた。会津人の情は濃い。 |
途中、いつも気なっていた鉄橋を撮影してみた。かなり昔からあった記憶もあるが・・・ おそらく川の向こうにも人間の生活空間があるんだろう。 やがてR49へと出て、会津坂下、西会津と駆け抜ける。途中、ATMから軍資金を引き落とそうとメインバンクへ立ち寄るがメチャ混み。なんでこんなに操作の段取りがジジババは遅いの?振込みしてんのかな?かなり待った俺は秒殺で金を引き落としてんのに? |
気になっていた鉄橋 |
漕艇場付近 |
しかし暑い。気温は23度。袖をめくりながらアクセルを握る。周囲は新緑の候だ。俺は桜よりもむしろ若葉あふれる新緑が好きだな。 阿賀野川の漕艇練習場。誰が練習してんのかな?しかし、ボートを一艘も見ない。 続いて川下り乗り場。さすがにここは激流でエンジン付きの船で観光案内するらしい。 |
そんなこんなで福島、新潟の県境を突破。しかし官憲がそっちこっちへ出没している。覆面やらレーダーやらで捕まっている犠牲者のなんと多いことよ。お蔭で俺の運転は終始まったりムードだ。こんなツーリングは俺向きかもな? | 川下り乗り場付近 |
公衆温泉「出湯温泉」 |
津川町へと入る。 そろそろ、テントを張る時間だな。この辺の幕営ポイントは奥村杉キャンプ場だと思いつつR290を走っていると行き過ぎてしまう。しかし怪我の功名というやつで「千年」の歴史を誇る古刹境内の共同浴場「出湯温泉」に出くわし、まったりさせていただく。150円で実にいい温泉だ。 |
やや引き返し林道を暫く走って、改めて「奥村杉キャンプ場」へ入った。既に幾張りかテントが設営されている。無料だし、トイレも綺麗だ。なにせ渓流沿いで見晴らしがいい。こいつは穴場のキャンプ場だな。 なんて思っていると・・・ |
奥村杉キャンプ場 |
「こんにちは」 口髭の男が話しかけてきた。既に酔ってるみたい。 『こんちは』 とりあえず口髭の男へ挨拶を返した。 「バイク何ていうんですか?」 『ゼファーイレブンです』 「旧車?」 『もう10年になるんで旧車と言われれば旧車かな。でもまだ絶販じゃないですよ』 「ところでテントはどの辺に張るの?」 『今、考えているところなんだ』 「このキャンプ場、夜には風が強くなるからトイレの脇とか後ろだといいよ」 『いや、こんだけ空いてて綺麗なサイト、トイレの横は勘弁だ。あそこにするわ』 俺は渓流が見渡せる一角を指差した。 「あそこじゃ、風をもろに受けるよ。バイクも倒れるし。やはりトイレの脇がいいよ」 うっ、うざい。こりゃヌシだな。 |
渓流に面した野営場 |
相手にせず指差した位置に愛機を移動させ荷物を降ろす。俺は自分自身を野営の達人とは決して思わない。むしろ不器用過ぎるぐらいだが台風でも野営するほど失敗の連続で培った百戦錬磨の経験と勘だけは自負している。 |
俺は自らの体を張って学んできた男なんだ。断言しよう。今夜の天候は絶対に荒れない。それにギヤをローに入れたリッターバイクのゼファーは竜巻にでもならない限り倒れることはないだろう。 幕営作業をもくもくと開始した。それでも男は着きまとって来る。 「ここじゃ風で夜眠れないよ。低気圧も近づいてきてるし。トイレ脇にしなよ」 しつこいなあ。俺は強制されるのが大嫌いなんだ。自分だけは渓流脇のいい場所にタープやら何やらとひけらかすように高級テントをいやらしく張っているくせに。つまり自己中のキャンプオタクだ。 本当に初対面で俺のことなどまったく分からない野郎が、トイレの周りへテントを張れなどふざけた発言だ。だったら自分が便所の横でも後ろでもテントを張れよ。それなら俺も張ってやるし道理だと思う。 どうやら、ライダー・イコール・装備が貧弱と勝手に決め込んでいるようだ。旅人永久ライダーもずいぶんとナメられたもんだぜ。俺だって高級ではないが実用性重視の装備は一応備えているつもりだ。それに「真夏の夜の夢」の中でも描いたとおり、他人の幕営に干渉するのが好きではない。 もう少し若い頃の血気盛んな俺なら一喝して追っ払ったところだが、こういう手合いの連中(ヌシ)の扱いは慣れていた。 『そうかい。そうかい。便所脇かい。でもな、俺の趣味が分かるか』 とニヤニヤしながら話しかけると男は目を丸くして首を振った。 『暴風雨、つまり台風の中でのキャンプが最大の趣味なんだ。ライク・ア・ハリケーン。ウワッハハハハハ』 閉口した「知ったか野郎」は目を点にしながら立ち去って行く。おととい来やがれ。 |
焚き火台に火をともしウイスキーを煽りながら肉をあぶった。いい雰囲気だ。やっぱりキャンプツーリングはいい。 「こんばんは」 隣へテントを立てている年輩のご夫婦の旦那だった。 |
焚き火台登場 |
『お晩です』 「ツーリングかい?俺らは明日登山だから朝が早い。朝、うるさいかも知れないけど勘弁な」 『多分、俺も負けないくらい早いですから、気にされないでください』 「ならいいんだが、おやすみ」 『おやすみなさい』 初老の男は立ち去っていく。 「こんばんは」 今度は若い女性だ。火を炊いていると自然と人が集まってくる。 「少し火にあたらせてもらっていいですか」 『もちろん』 そういえば夜になってさすがに冷え込んできた。まだ4月だもんな。彼女は遅くにキャンプ場に入ってきたチャリダーだった。テントも積んでたいしたもんだ。 「バイク大きいですね。なんていうんですか」 『ああ、カワサキのゼファーってんだ。壱兵衛というネーミングまであるんだぜ』 彼女は吹き出した。 「プププ、おもしろいですね」 『大阪の友人が名づけてくれたんだ』 「永久ライダーのステッカーも貼ってあるし、おもしろそうな方だと思ったらやっぱり」 「どちらまで行かれるんですか?」 『まあ、実はそれを思案していたところなんだ』 俺はまた一口ウイスキーを煽った。全身にアルコールが回ってきた。真面目そうな学生風の彼女に質問をしてみる。 『キミは、どっから来たんだ』 ちょっと首を傾げるような仕草をしながら 「栃尾です」 と応えた。 『栃尾って、新潟市より北か南か』 「一応、南なんですが」 『よし、決めた。能登半島だ。キミが北といったら男鹿半島にするつもりだった』 「えっ?そんな。わたしの責任重大過ぎじゃないですか。能登ってかなり遠いですよ」 彼女は困ったような表情をしながらも無邪気に笑っていた。 『いいんだ。俺の旅はいつもそんなもんだ。能登にもかなり興味があるし。そうと決めたら早寝するか』 「あっ、はい。おやすみなさい。ありがとうございました。とってもおもしろかったです」 『おお、また明日の朝な。おやすみ』 彼女は、人懐こそうな笑みを浮かべ自分のテントへと戻っていった。 薄曇りらしく空を見上げても星は見えないが、風もない穏やかな夜だ。山間の闇の静寂と清冽な渓流の川音のなかに俺の意識はゆっくりと消えていく。 |