北海道ツーリングストーリー







 静かに沈む夕陽の中、海岸線の少し寂しい道を一気に駆け抜け久種湖畔キャンプ場へと入った。ここのキャンプ場もよく整備された全面芝の綺麗なサイトだ。久種湖の眺めもいい。

 管理棟で受付を済ませているとき、この近くの繁華街?「上泊」のMAPのコピーが目に入る。こいつは役に立ちそうだ。さっそく1枚頂戴する。

 テントの設営開始。利尻のアゴ勇氏が盛んに言っていたが、やはり風が強い。こういう場合は風上からテントを流すように立てると上手くいく。意外にすんなりテントの設営が進んでいった。ところが小技の上手いヨッシーが風に翻弄されてなかなかテントが言うことをきかんらしい。半分、イジけていたので手伝ってやる。やれやれ。どうにかヨッシーのテントも立った。

 さて、風呂に行くか。先ほど手に入れた上泊MAPを見ながら銭湯へ向かう。礼文の公衆浴場は上泊のこの一軒しか存在しないようだ。キャンプ場から歩いて10分程度で着いてしまう。かなり昔ながららしく古い下町の銭湯という感じで風情があっていい。じっくりと汗を流した。胸には今日利尻のクマンバチに刺された大きな傷跡が3箇所残っており、とても湯に沁みて痛かった。

 さっぱりした後、上泊商店街の「ふるさと祭り」会場へ乱入。凄い人出に驚いてしまう。まさに活況を呈していた。

 生ビールを片手に出店を覗くと立派な海老の炭焼きがなんと350円。
『この海老、普段どのくらいで売ってんだ?』
 若い衆に尋ねると、
「2千円は取るね」
 威勢よく答えた。

 さらにほっけの塩焼きが150円。帆立バター焼き200円。たっぷりアルミホイルに入った「ウニのホイル焼き」が400円。う〜む、信じられない安さだ。
『これはいくらだ』
 生ウニもあったので聞いてみる。
「タダだよ」
 の一言。

 本当かい。さっそく生のウニを殻の剥き方まで教わりながら2つほど食べた。実に美味い。
『もう1個もらえんか』
 食い意地はってるようで見苦しいが、思わず俺は口にしてしまう。
「手を出してみな」
『あいよ』
 俺は遠慮なく右手を差し出す。

 なんと掌いっぱいにウニの身の方だけドバッと大盛り乗せてくれた。俺はもう軽く目まいがしていた。至福だ。かつてこれほどの贅沢を味わったことがない。礼文島、なんと礼を申してよいのやら。

 タダ「ウニ」に感激したヨッシーは、携帯から奥さんに連絡していた。
「こっ、この島。れ、礼文島って『生ウニ』タダだよ」
 おっ、おい嫌味なことはやめろ。やはり一瞬で受話器を切られたようだ。

 俺が北海道で一番好きなところはどこだ?と訊かれたら、なんの躊躇いもなく「礼文島」と応えるだろう。

「最高ですか?」

『誰がなんと言っても礼文が最高だぜぃ!』
 

 まさに愛と感動の島だ。キャンプ場に戻った俺は、もう「ウニ」のことで頭が一杯になり安らかに眠った。

 昨夜の興奮が醒めやらぬまま早朝に起床する。さっそく習性の飯ごうで飯を炊き、レトルトカレーをぶっかけて朝食を済ます。そしてやっぱり強風の中、テントを撤収して出撃する。

 フェリーターミナル着いた。時間があったので近くの喫茶店「さざ波」にて、礼文名物イレブンソフト(礼文をもじった11段ソフトクリーム)も食べた。特大を食べると無料になるそうだが、それはちょっと無理な相談だ。しかしイレブンソフト、凄いボリュームだった。素晴らし過ぎるぞ礼文。

 店を出ると、なんとヨッシーと愛機のドラックスターがカラスの猛攻撃を受けていた。大慌てのヨッシーは鶏のように逃げ惑っていた。しかし北限のカラスは実に凶暴だなあ。まあ、カラスは弱い者いじめの習性があるからしょうがねえかあ。

 フェリーに乗船した。礼文島といよいよお別れだな。ふと甲板からフェリー埠頭を見ると桃岩荘の軍団が宿泊客に別れの挨拶をしている瞬間だった。
「昨日は忙しくて納得のできるサービスができず、すいませんでした。愛とロマンの8時間コースは、いい思い出になっていただけたでしょうか。せめて歌と踊りでお別れをさせていただきます」

 桃岩荘へ宿泊していた人たちが感極まり、涙ながらに「ありがとう」を連発している。

 甲板に居合わせた人たちももう猛烈に感動しているらしく拍手の渦となっている。ダメだ。俺はこういうのに弱いんだ。胸に熱いものが何度も込みあげてくる。礼文、なんだこの島は?ハマっちまうじゃねえか。懸命に涙を抑えるのが精一杯だった。

 毎年、礼文島へくるだけために北海道に上陸するリピーターも多い。それは食べ物の美味さや美しい高山植物のためばかりではない。心からもてなしてくれる人情味と人と人とのふれ合いに魅かれるからだと断言する。

 ありがとう、礼文。俺はまた必ず帰ってくる。次は愛とロマンの8時間コースを絶対に踏破してやると心に誓った。

「いってらっしゃい」
 という声が、いつまでもいつまでも耳元にこだましていた。

 昼過ぎには稚内へ戻った。とにかく日本海側をひたすら南下することとする。

 なっ、なんだ!この光景は・・・

 これは日本ではない。でも無節操に広いだけの異国の景色でもない。そう、まさに俺が愛してやまない秀麗な北の大地そのものだ。しかし、今日はなんだか感動ばっかりだな。

 大小の沼が点在し、淡々と広がるサロベツ原野を左手に海を挟んで右手は利尻富士が大きく見える。陽光がキラキラと輝き、それ以外にはなにもない。そして道はどこまでもまっすぐに続いていた。道路意外はまったく手つかずの大自然だ。

 まるでサバンナのなかを走り抜けているような錯覚に陥ってしまう。なにもなさ過ぎることが、かえって素朴な大パノラマを演出しているのだ。きっ、奇跡だ!このサロベツ原野を表現するには「奇跡の光景」と呼ぶのが一番適切だと思う。

 俺は、あまりの風景に臨界点へ達してしまった。北海道って本当に凄い。

 古い映画で「人間の条件」という銀幕があった。ストーリーのなかの満州(中国東北部)は、全部このサロベツ原野で収録したそうだ。それほど満州と酷似しているらしい。サロベツはアイヌ語で「サル・オッ・ペッ」、湿原の中の川の意。

 そんなうんちくはともあれ、サロベツ原野と海を挟んだ利尻富士を両手に抱えた道道106。俺はすっかり魅せられてしまう。この風景に比べたら日常の諸々の悩みなどちっぽけなもんだ。

 そして俺は、この光景のなかで決意した。生涯ライダーであろう。それに仕事や家庭を言い訳にせず、両立させて旅人でいよう。そう、「永久ライダー」を目指してやる。

 後にサロベツで浮かんだ「永久ライダー」という言葉をネーミングにHPタイトルへまで反映させた。まさにサロベツ原野は「永久ライダーの軌跡」発祥の地なのだ。

 マップには60キロぐらいなにもない。ガス欠に注意と書かれている。確かに電柱もない恐るべき無人地帯だったのだが、なぜか存在した「こうほねの家」というレストハウスで簡単な食事をとった。

 この後、またもや大変な悲劇が・・・ 



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