北海道ツーリングストーリー







「どうしたんスか」
 ヨッシーが鷲泊港に到着しバイクを降りるなりに訊いてきた。
『いやな、走行中にハチがよ。首筋から入ってきやがった』
 俺は、Tシャツをめくり傷口を確認してみた。すると3箇所刺されている。かなりヒリヒリした。
「うわっ、酷い。マジっすか。もう1回やられたらアレルギーでショック死しますよ」
 と大爆笑していた。

 しかし笑い事じゃねえな。こんな目に遭ったのは俺の長いライダー人生のなかでも初めてのことだ。でも、もうこんなことはあるまい。運が悪かっただけだと思う俺はかなり認識が甘かった。後日、ケンシロウと呼ばれるとは、この時は知るよしもない。

 さて、お昼も過ぎた。そこで、今朝立ち寄った鴛泊漁協直営の食堂でホッケ定食を食べた。炭火焼で実に美味しい。値段も良心的だし利尻での食事にはお薦めの店だと思う。

 利尻は、既に一周したので礼文へ向かうかとも考えたが次の便までまだ間がある。そこでツーリングマップルにも記載されている湧き水。甘露泉水を飲みに行くことにした。
 
 甘露泉水は利尻北麓野営場から、やや利尻富士を登ったところにあるらしい。細い登りのワイディングをクリヤーしながらマシンを走らせた。

 ・・・がっ

 走行中に崩れだ。まさに弱り目に祟り目。次から次とアクシデント続発。荷物の一部はアスファルトに落ち、残りはマフラーに絡みついていた。また銀マットがサイレンサー部分に接触し青いナイロンが溶けてこびりついている。青いサイレンサーなんて最低だ。

 なんとか荷物を積みなおし、利尻北麓野営場へ到着。するとヨッシーは、アゴ勇によく似た管理人となにか話している。なにやら水場まで登らなくても冷えた甘露泉水をご馳走してくれるそうだ。

 本当は水場で直接飲みたいという気分だったが好意に甘えることとする。アゴ勇似の管理人の多分奥さん?がコップによく冷えた水を入れて差し出してくれた。確かに美味いのだろう?冷蔵庫で冷やした水なので本当はよくわからん。

 管理人が
「今日、どこへ泊まるんだ」
 と訊いてきたので、ヨッシーが、
「はい、礼文でキャンプします」
 と答えたら、酷くがっかりしていた。
「そう言わねえで利尻に泊ってけえ。利尻はヘビも熊もいねえ。乾燥してるからヘビいたらカラカラだあ。ここのバンガローは2千円だ。4人で泊まったらひとり500円だ。礼文は風が強いぞ」
 と必死に引き留め作戦を続けていた。

 それでも礼文に行くという意思表示をすると、
「そうかあ。また来い。待ってるがらなあ」
 と諦め、礼文のキャンプ情報を教えてくれた。まったく役に立たなかったが嬉しかった。

 そして管理人ご夫妻にピースサインを送り、利尻北麓野営場を後にする。利尻富士踏破を目指し、次に俺がここを訪れるまで実に3年の月日が流れるとは。

 しかし、鷲泊港へ戻る途中でも荷崩れを起こしている情けない俺の姿があった。だが、こういう失敗の積み重ねが、後年パッキングの鬼と恐れられる(誰が恐れてんだ?)俺の骨子を形成しているのだ。

 礼文行のフェリーに乗り込むと約40分ほどで到着。船が接岸するかなり前から何人かのグループが「お帰りなさい」と叫んでいた。凄いサービスだなあと思い島へ上陸すると彼らのTシャツの背中には「桃岩荘」という文字がプリントされていた。なるほど歌って踊りまくる有名な桃岩荘の関係者だったのか。

 礼文島、この日本最北の島は、低温のため低地でも高山植物が咲き乱れ、別名、「花の浮島」とも呼ばれるほどだ。島は一周することができず西海岸は、愛とロマンの8時間コースに代表されるトレッキングコースで有名だ。

 ゼファーに跨った。どうせ行くならトコトン北に向かうしかない。ということで日本最北限「スコトン岬」を目指す。最北端はもちろん宗谷岬だが、スコトン岬はロシア国境に一番近いということで「最北限」と呼ばれているらしい。男は黙って北を目指すのだ。

 俺は気づかなかったが、ヨッシーによると最北限へ向かう途中、稚内のライハで出会った東京からの一気走り野郎とすれ違ったそうだ。

 所持金の残り1万円という彼は、稚内にマシンを置いて経費を節減、単身礼文島に渡り自転車をレンタルし、最北限を極めてきたらしい。そこまでしてスコトン岬か。最北端の宗谷岬ではだめなんだろうか。とにかく恐るべき執念。この若さと行動力に心から乾杯だ。

 スコトン岬到着。透きとおるような海。点在する小島、岩礁。風は強いが最果ての見事な眺望に暫し言葉を失い感動する。正面に大きく浮かぶ無人島は「トド島」という。5人以上で申し込むとトド島まで漁船が送迎してくれるシステムがあるそうだ。行きてえなあ。トド島へは翌年上陸することになる。

 さて、今夜の幕営地は久種湖畔キャンプ場だな。夕陽が傾く最果ての島を2機のマシンが駆け抜けていく。 



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