北海道ツーリングストーリー







 熱風だ。生暖かい空気の中、オホーツク海岸網走方面に向けてアクセルを握り続ける。ここはほんとに北の大地かよ。まったく信じられない灼熱地獄を耐え抜くと、ようやくオホーツクの海が広がってきた。目的地はサロマ湖近くのとほ宿「さろまにあん」だ。

 なんて思っているうちに観光地「網走刑務所」を通り過ぎてしまう。信号待ちで、
『まあ、なんだな。俺は学生時代見学したからいっか』
 脇に並んだドラスタ乗りのヨッシーへ向かって叫ぶとまたも彼は超がっかりしていた。

 9月には湖畔を真紅色に染めるという能取湖のサンゴ群生地を通過。まだギンギンギラギラの8月上旬だ。緑の野草が生えているようにしか見えなかった。でも俺は華麗なお花畑の景色よりも雑草のようなたくましさの方がいい。

 サロマ湖が見えてきた。”さろまにあん”ももうそろそろだろう。ところがかなり先に着ちまったらしく見あたらねえぞ。給油がてらにホクレンのおねえさんに道を尋ねた。訊いた通りにサロマ湖畔へ進むと民宿「船長の家」じゃねえか。あの女謀ったな。

 引き返してよく探すと、さろまにあんはR238、つまりオホーツク国道本線沿いにあった。どうやら見落としていたらしい。

『お世話になります』
「おかえり」
 オーナーのとうさんに挨拶して中に入った。しかし、”とうさん”と呼ばれるここのオーナー、でっぷりとした髭面で迫力のある人だ。なんでも”とうさん”に魅了されて毎年訪れるリピーターも多いらしい。もと道庁職員。サロマ湖に魅せられてサロマ湖YHのペアレントを志願。さらに公務員という安定した職を勇退され、ご自分で民宿を開業したのが「さろまにあん」だとか。まさに人に歴史あり。

 夕食は特筆すべきものはない。ごく普通の家庭料理だった。でも俺は自分の家で女房のこさえた夕食を思い出し、またもホームシックにかかっているという情けない始末となる。ボウズやワン公はどうしていることやら。オヤジのいない状況で大丈夫なんだろか。

 食事が終わってもオーナーや常連客は酒を飲み続けているようだ。小心な俺は、そこへ交じっていけるはずもなくヨッシーとふたりで、せっせとコインランドリーで洗濯に励むしかなかった。

 部屋に戻ると税理士をされているという男性が待っていた。つまりここは3人部屋ということになるな。彼は新婚旅行だというが、あいにくこの宿は男女別相部屋なので奥さんと離されてしまったそうだ。

 時折、奥さんが旦那を覗きに来るが強そう。ピリピリと炎立つようなオーラが。余計なことだが、一晩くらい奥さんと離れて俺らの方で息抜きした方がよかったのかも知れない。とりあえず、まあ飲もうということになり、3人でバカ話をしながらベロベロに酔った。やはり税理士さんは、とっても楽しそうだった。そして、いつの間にか記憶が消えた。

 犬の吠える声がかしましい。昨夜、愛犬の夢をみた。なるほどこのせいか。税理士さんもヨッシーもまだ熟睡していた。俺は静かにドアを開け外に出てみた。早朝の凛として冷えた空気がとても心地よい。

 オーナーの柴系の親子2頭となんという種類だろう客の白い大きな犬(おそらく血統証つき)がいがみ合っていた。白い方の犬の頭を撫でてやっていると、飼い主のオジサンがいつの間にか現れた。
「犬が好きなんですね」
『ええ、犬は絶対に仲間を裏切りませんからね』
 俺が応えると、オジサンはにっこり頷いていた。

 オジサンは、札幌からの家族旅行だそうだ。奥さんやまだ小さい娘さんは、体が弱くて大変らしい。初老に見えるけど、本当は俺とたいして歳が違わないのかもしれない。

 また犬を連れた旅だと宿から結構宿泊拒否をされ苦労しているらしい。今日は知床方面へ向かうそうだが、まだ宿泊先が決まってないそうだ。俺は持参した北海道宿泊ガイドを出してきて、オジサンへ貸してあげた。後刻、うまく動物可の宿をゲットできたとのこと。

 よかったね、オジサン。本当におとうさんて大変だなあ。あっ、あれ?待てよ。そういえば俺たちもおとうさんだったなあ。ヨッシーなんて、まだ若いのに3人も子供が居るぜ。とにかく、やぶへびになったようなんで、この話題は筆を置く。

 朝食は8時からなので、早朝5時前から起きている俺はかなり間があった。マシンへ荷物をパッキングしたり、またも犬たちとじゃらけたりして時間を潰した。外に居る俺の鼻へ味噌汁の香りが漂ってきた頃、ようやく「ご飯ですよ」の声がした。もう腹ペコだぜ。がんがん食べまくった。

 食事が済み、税理士さんや札幌のオジサンへ別れを告げた。よし行くか・・・と思ったらバイクの前にカローラが一台。出れん。

 カローラのオーナーらしい若い男を特定したが、彼は旅の雰囲気にひたり切っているらしく、写真撮影をしまくっていた。まあ、待ってやろう。しかし、カローラが移動したのは既に9時をまわってからのことだった。青年よ、動きが遅過ぎるぞ。旅系は、早朝の出発が基本なのだ。このロスタイムが、この日の礼文島行きの予定に決定的なダメージを与えるとは。

 ギラギラの真夏の陽射しの中、ようやくマシンのアクセルをあげ、オホーツク国道の彼方の点となった。

「旦那あ、ちょっと、ここぐらい見せてくだせえよ」
 ほとんど江戸弁の従者ヨッシーの懇願で立ち寄ったのが紋別流氷科学館及び水族館だ。

 氷点下20度の厳冬期のオホーツクの世界を体験できる。ツーリングライダーの間で有名な話なんだが、毎年ここへ裸族(裸のライダー)が乱入してきて当局は頭を抱えているとか。受付のおねえさんが可愛らしいのにとんでもねえ話だ。

 とりあえず空手2段の俺は正拳一発で白熊をしとめておいた。

 流氷科学館を出発し、途中、雨にやられながらもひるまずオホーツク国道を北上する。荒涼とした漁村の光景はなんと形容したらよいのだろう。とにかく寂し過ぎるが健気な人間の生き様を感じずにはいられなかった。

 途中、腹が空いたのでライダーハウスも兼ねる食堂で、カレーライスを注文したら市販のレトルトだった。まあいい。腹が膨れりゃ。そんな大らかな気分にさせてくれるロケーションである。

 なんだか急に道が混み出した。もう間もなく宗谷岬へつく頃だが、なかなか先へ進まずいらいらする。

 空は曇天だ。海も荒れている。気が重いなあなんて考えているうちにようやく宗谷岬へ到達する。いつ来てもライダーや観光バスが多い。

 とくになんの感動もなかったが、せっかくきたんだから記念写真でも撮るか。ヨッシーと交代でデジカメのシャッターを切り合う。

 果たして今日中に礼文に行けるのか?

 12年ぶりの稚内市内へ向けてスロットルをあげた。



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