北海道ツーリングストーリー







 根室市内のセイコマで朝食をとる。驚いたことに炊飯器からご飯をよそってくれた。アツアツのご飯を頬張りながら外を見ると、どっかで見たオジサンが自転車で駐車場へ入ってきた。

 昨夜遅くにRH入りしたチャリダーのオジサンだった。どうやら納沙布岬からの帰りらしい。彼が店のドアを押して入ったとき俺は会釈をする。気づいたらしくおじさんも真っ黒に日焼けした顔でにっこりと笑顔を返してくれた。

 俺はオジサンに、
『今日はどちらまで行かれるんですか』
 と聞いた。おっさんの応えは・・・
「シャツ裏返しだよ」
『・・・・・』
 意表をつくオジサンの応えに言葉を失う。俺は、シャツを表裏逆に着ていることに気づき赤面してしまった。コンビニのおねえさんとヨッシーは、抱腹絶倒している。こんこんちきめ。 

 同じく知床に向かうというチャリダーのオジサンと別れR44をのんびりと走る。早朝のせいか道は空いている。気温も上がってきて頭がボーっとしてくる。時折ツーリングライダーとすれ違うが彼らは間違いなくピースサインを出してくれた。俺は眠気覚ましに両腕を大きく挙げてガッツポーズで挨拶を返してやるとみんな大喜びで手を振っていく。

 風連湖のパーキングで休憩していると反対方面から真っ赤なBMライダーが近づいてきて、俺のマシン付近で停車する。髪の長い女性だ。しかしヘルメットを脱ぐと推定年齢60以上のバアサンだった(驚)
『どちらまで行かれるんですか』
「納沙布かな」
 と、バアサマは、もっ、もとい歳をとられたおねえさんは?まあ、オバサンでいいだろ。オバサンは優雅にホテルをとりながら旅を続けているそうだ。
『お気をつけて』
「ありがとう」
 オバサンは長い髪をなびかせながら颯爽と根室方面へと駆けて行った。素晴らしい。俺もいつの日か老人ライダーと呼ばれる日が間違いなくやってくるだろう。でもああありたい。あのオバサンのように生涯ライダーであり続けたいとしみじみと思った。

「なるほど渋い女性ライダーがキタノさんの好みなんスねえ」
 ヨッシーがニヤニヤしている。その脇腹に思わず俺の得意の左廻し蹴りが一閃していた。

 一片の雲のない青空のもとR244通称野付国道を順調に北上する。でもやはり猛暑だ。Tシャツから露出した肩のあたりは日焼けで脱皮しているらしくむず痒い。そして野付半島へ。

 明治の文豪大町桂月が「北海の天橋立」と絶賛したという。全長28キロに及ぶ長大な砂嘴だ。細長い道を暫し走るとミズナラの林が海水の浸透で立ち枯れていた。まるで白骨のような不気味さも感じるがなんとも神秘的な雰囲気が漂う。

 先端付近の売店でジュースを飲んで喉の渇きを潤し引き返すことにする。かなり歩かねばならないトドワラは暑さのため断念した。

 炎天下のなかR335通称国後国道を北上していた。国後島の山肌がくっきりと拝める。凄い景色だ。ここも人生のうち一度は走るべき感動の道だと俺はお薦めする。そしていつの間にか知床半島へと入っていた。

 陽炎が道の向こうに見える。今、何度ぐらいになっているのだろう。海岸からは強烈な磯の香りが漂ってくる。ところどころで昆布が道端に乾されていた。羅臼昆布も高級品である。

 道の駅知床・羅臼で小休止し、さらに奥へと進むと満ち潮になると消えてしまうという無料露天風呂セセキ温泉が見えてくる。

 民宿のような建物(管理人宅)へ一声かけて温泉へと降りた。そして、海パンを履いて露天風呂へ入ると熱い。しかし徐々に慣れてくると実にいい湯だぜ。

 正しい日本文化のあり方(マッパー)で、入浴しているオフライダーのオジサンと暫し世間話をする。栃木からきたそうだ。

 やがて2組のカップルがやってきた。可愛そうに栃木のおっさんは風呂から出れなくなりのぼせてしまったようだ。

 セセキ温泉を楽しんで知床横断道路へ入ったが、ウトロ側へ少し走っただけですぐに「熊の湯」が見えてきた。

 せっかくだから、ここも入るか。車やバイクが結構停まっていて混雑していそうな気もしたがそうでもないらしい。マシンから降りて暫し歩いくとすぐに脱衣所が見える。

 さっそく服を脱ぎ露天風呂へ浸かるとやはり熱い。くそオヤジどもが居るときに「熱い」と口に出すと追い出されることになるので注意。

 幸いその手の連中が出没していない時間帯だったので、のんびり温泉を楽しんだ。後年は各の如く事情から熊の湯は絶対に利用しなくなったが。苦情をいうとマナーの悪い奴が多いとか言い始めるが、旅人全部を無差別攻撃するなら一般開放しないのが筋と俺は思っている。まあ、イメージダウンにつながっているのは間違いあるまい。

 湯から上がり路面状況ばっちりの知床横断道路を楽しみながらウトロ入り。

 昼食はヨッシーのガイドブックに出ていた店でリッチにうにいくら丼を食べて満腹となる。しかし、ここでまったりし過ぎて楽しみにしていた知床岬行の汽船”おーろら”に乗り遅れる。まあ、しゃーねえかと俺は存外きっぱり諦めたが、ヨッシーは本当に残念そうだった。ちなみに俺がネイチャーボートにて知床岬へ到達したのは遥か2年後の話だ。その頃、ヨッシーは既にこの世になかった・・・

 もとい、日本に居なかったの間違いだった(^^; 

 まあ、気を取り直してカムイワッカ湯の滝へ向かうことにした。天然の温泉の滝、ここもこの旅で是非訪れてみたいポイントのひとつでもある。

 しかし環境保護のため、車やバイクは乗り入れ不可。シャトルバスに乗り込んだ。知床自然センターからは小1時間くらいはかかる。

 途中、林と林の間の河原から、なんと仔熊が見えた。
『お、おい、ヨッシー。凄いぞ、熊だぞ』
 と教えたが、ヨッシーは、
「そいつぁー、スゲーや」
 と、気のない返事。知床観光船に乗れなかったことをまだ引きずっていたらしい。

 カムイワッカ湯の滝入口にようやく到着した。ここから温泉の川や大小の滝を登っていく。川の真ん中を歩く方が滑らないそうだ。また自然センターで購入した底にポッチがついている靴下。こいつのスパイク効果でかなり助かったぜ。

 はだしで来て滑っている人が、そこら中で阿鼻叫喚。俺も岩から降りれなくなった母子を救出してやった。ヨッシーからエロオヤジ呼ばわりもされたが俺は立派に任務をまっとうしただけだ?

 カムイワッカ湯の滝到着。川下から水温が上げってきて、ここで適温42度だ。いや本当にいい湯だ。しかしなあ、こんな天然の露天風呂へ浸かったら他の温泉の魅力がなくなると思う、絶対。

 お馬鹿な俺は緑がかるほど酸性の強い湯の中へ潜り、目が痛いとわめいていた。後で考えるとあたり前なんだが。だって古い十円玉があっと言う間にピカピカになるほどの効能があるそうだ。

 充分にカムイワッカ湯の滝を満喫し帰路へ着く。

 今夜は知床国設野営場にテントを立てる。酒を飲んで、ああでもねえ、こうでもねえとヨッシーとヨッパな会話をしているとキャンプ場に鹿3頭が乱入してきてキャンプ場全体が仰天した。

 さらに見事なミルキーウェイを楽しんでいるとジグザグに動く未確認飛行物体発見。本当に今でも信じられんのだが、UFOを目撃しちまった。ヨッシーも確かに見たと言うのだから間違いあるまい。

 なんだか知床って、もの凄いところだと痛切に感じた夜であった。



熱風TOP