北海道ツーリングストーリー







「うっ、寒っ」
 おそらくまだ5時前だろう。早寝したせいかやたら早朝に起きだした。昨夜は寝苦しさやらホームシックやらで、なかなか寝つけなかったが、一度眠りにつくとかなり熟睡したらしい。大きくのびをして外へ出た。

 外は気温が低く、湿気が多い。北の大地独特の夏の朝だ。お湯を沸かしながら一服しているとヨッシーもテントから這い出してきた。
「おはようございます。寒いですねえ。それにしてもキタノさんの朝は早い」
『オス。旅に出ると必然的に朝は早くなんだ。なんでだろうなあ』

 菓子パンとパーコレーターでたてた熱いコーヒーという軽めの朝食を済ませ、テントの撤収作業を開始する。まだ旅に馴染んでない・・・というよりこの頃まだ野営自体に慣れていなかったため、撤収作業自体の手つきがたどたどしかった。パッキング術にしても同様。

 やがて、朝霧を突き破るように2機のマシンはR336を駆けだした。

 しかし、旅が終わってから知ったのだが百人浜の意味。幕末、北方防備のため真冬にこの付近の沖を航行していた南部藩の船が時化にやられ沈没したそうだ。そして百人の犠牲者が浜に打ち上げられたことが百人浜の由来である。合掌。

 百人浜では、今でも摩訶不思議な現象が起きる心霊スポットという噂が多い。霊感の強い人だとなにかを感じるとか感じないとか。まあ、俺にはあんまりその手の感がないらしくぐっすりと非常によく眠れたぜ。お蔭で疲れがふっとんで気分爽快な朝だ。

 百人浜を過ぎる頃になるときっぱりと霧が晴れ始め、やがて力強い夏の陽光が戻ってきた。比例するが如く気温も急激に上昇を開始する。やがて黄金道路へ。

 黄金を敷き詰めるような巨費を投入したこの道路、昔、暴風雨のなか、波やドロをかぶりながら命からがら通過したことがある。しかし、今日の黄金道路は穏やか過ぎる。天気は快晴。海はベタなぎ。まさに絶好のツーリング日和。

 やがて岩盤から地下水が吹き出る珍しい滝「フンベの滝」前で休憩をとる。フンベとはアイヌ語で鯨の意。つまり昔、このあたりの浜に鯨が打ち上げられていたことから、その名がついたようだ。

 俺は旅に出る前、ヨッシーへ黄金道路って凄い難所だぞと言ったことを思い出したのか?
「難所といわれる黄金道路を楽勝でクリアしたしい」
 と自慢げに彼は語っていた。

 かなりカチンときた俺は、
『ち、違うぜ。ほんものの黄金道路ってやつはな、こんな安易なもんじゃねえんだ』
 かなり眉間をピキピキさせて反論するが、
「でも、ここ黄金道路っしょ。凄く走り易い道ですよね。気に入りましたよ」
『・・・・・』
 ふと殺意が湧いてきたのはなぜだろう?

 やがて広尾に入るが、このあたりでゼファーがリザーブになっちまった。途中、GSの前をいくつか通り過ぎるも早朝のため、どこも開店しておらず。まあ、なんとかなるかあ。当時は、このあたりのスタンドの開店時間がかなり遅かった気がする。

 暑い。暑過ぎるぜ。体に当たる風が生暖かい。つまり熱風が吹き荒れている感じがした。俺はバイクに乗りながら汗ばむという奇妙な体験をしていた。しかもあたりがなにもない原野のなかでガス欠になったらどうすんだよ。

 かなり冷や冷やしながら走り続け、浦幌という集落で、ようやく開いているホクレン発見。まさに危機一髪だった。どうやら、このあたりのGSの開店時間は一様に9時過ぎらしい。ガスを満タンにし、出発しようとセルをまわしてふとマシンの下の方を見るとオ、オイルが漏れてきていた。

 まあ、久々の長距離走行だからな。その、まあ、オーバーフローっていうやつだろう。昔、首都高でも経験したことがあったな・・・なんて俺はこんなアクシデントなんぞ歯牙にもかけなかったが、後日、大変な展開になるとは知るよしもない。

 原野のなかのナウマン国道をひた走る。本当になにもない。もの凄い不安や焦燥にかりたてられる感じがした。人の手が入ってない。未開の原野だ。しかし慣れというのはおもしろいもんで、逆に荒野のガンマンという劇中の舞台の主人公になった気がしてきた。妙に楽しくなり、やがてたまらない爽快感になってくるから不思議なもんだ。まさに”流れて撃つ”に登場するシーンである。

 そして今度は海沿いのR38だ。海、原野そしてまた海、なんて変化のあるツーリングルートなんだろうかと「道の駅しらぬか恋問」にて休憩を入れながら感慨にふけった。しかし道の駅も混雑している。ほとんど順番待ちでトイレを済ませた。それにしても暑いがヨッシーに合図を送り出発だ。

 目的地は和商市場。そして釧路の市街地が近づくにつれ渋滞が目立つようになってきた。暑さとノロノロ運転で頭が飽和状態になりそうだぜ。しかし釧路って存外大きな港町なんだなあと思っているうちにようやく駅前に到着。和商市場もすぐに分かり地下に降りた。

 凄い数の生鮮食料品店が並んでいた。まあ、後年はさらにお安くカニなどを手に入れる方法を身につけたが、当時はここの市場の値段が素直に激安と思った。でも確かに他の地域の市場よりは安い。俺もヨッシーも躊躇わずカニを購入し、自宅に送っといた。

 そしてあれだ。市場内にある惣菜屋でご飯だけ購入し、食べ切りサイズのネタを次々に乗せてもらう海鮮丼。つまり勝手丼つうやつ。

 これを食べるのも実は楽しみのひとつだった。ウニ、いくら、ナマダコ、オオトロ等々。次々にゲットして行く。もう俺の顔は欲望に満ちた妖怪のような表情になっていたに違いない。でもどう思われようが関係ねえ。だってこの美味そうな勝手丼が2千円も出さずに喰えるんだぜ。

 市場内のテーブルに陣取り、さっそく一口。うめー。ヨッシーも大満足で終始笑顔が絶えない。いや〜来てよかったぜ。この至福の瞬間に出会えるんだから。

 充実したゴージャスなランチを済ませ釧路和商市場を後にした。

 釧路、なんだか俺はこの港町がなまら気に入った。



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