北海道ツーリングストーリー



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 しかし、凄い人出だ。

 麓郷。そうドラマ「北の国から」の舞台となる地だ。ジリジリと照りつける真夏の陽光に辟易しながらマシンから降りた。駐車場はとにかく観光バスや観光客の車などでいっぱいになっていた。

 さだまさしの例のあれ、「あ〜あ〜あああああ〜あ」がエンドレスに流れている。少し歩くと五郎の石の家が見えてくる。しかし残念ながら近づくことはできない。手前に柵があり、そこから眺めるだけに留められていた。

 ちと不満を残しつつ富良野の市街地へと戻る。

 「北海道のへそ」なる地で記念撮影。

 学校の校庭に面した地点だ。地図で確認すると確かに富良野は北海道の中央部に見えるが、こじつけのような気もする。

 しかし腹が空いてきたぜ。このあたりに昔からカレーで有名な「唯我独尊」という店があったはずだ。しかしお釈迦様の言葉を店名にしているくらいなんだから美味いんだろうな。なんて思いながらマシンを走らせるもなかなか見つからねえ。

 駅前近くの通りを走行中、ぷ〜んとなにやらカレーの匂いが。匂いにつられて動いているとあったぜ。唯我独尊。しかしなあ、匂いで走るとは・・・

 俺は犬か?

 古い木造の建物だった。しかし切り株で造った椅子やテーブルなど随所にこだわりが見られる。手造りソーセージやカレーも同様だ。スパイスの調合から始めるカレーの色は真っ黒だった。しかし、この辛さ、やみつきになる味だぜ。ほんと。

 さて今夜は知る人ぞ知る鳥沼レゲエズ。非常に濃いキャンパーが連泊しているという「鳥沼キャンプ場」へほとんど予備知識もなくテントを立てちまった。果たしてどんな展開になるのやら。日本最強のジプシーキャンプ場の実態は如何に。

 そっちこっちにブルーシートの屋根が出来ている。張りっ放しのテントがやけに目立つ。キャンプ場の掲示板には農作業アルバイトの求人がベタベタ貼られていた。かなり怪しい。暫くすると明らかに労働帰りのキャンパーたちが三々五々帰還してきた。

 慣れた手つきでコンクリートサークルの中で焚き火を始める。そしてご飯を炊き始めたり、酒を煽りだした。これはまるで山賊の集団だな。

 彼らの中のひとりが俺に
「あのお・・・・・」
 と話しかけてきた。

 ドキッ、俺は思わず構えてしまう。
「割り箸、余ってんのないっスか?」

 ふ〜
『あっ、あるぜ』
 俺はバックから割り箸を1本取り出して、あんちゃんへ差し出すと
「ありがとうございます」
 存外礼儀正しい。なんか普通でつまんねえ。

「明日、暇かい?」
 そのうち、多分近所の老夫婦がテント一張りひと張りを丁寧に農作業の勧誘にまわっていた。やっぱ凄い。

 後年、見苦しいという理由から閉鎖という運命を辿るキャンプ場なんだが、実は連泊キャンパーと農繁期で人出不足の地元農家との絶妙な連携がなされている理想郷だったのだ。一部問題はあったのかも知れんが、果たして行政はこの事実を知った上での閉鎖措置だったのだろうか?

 コンクリートへ腰かけながら酒を飲みつつ、人間模様に見入っていると
「あんた、どっから来たんだい?」
 2人組のライダーのひとりが話しかけてきた。
『ああ、俺かい。俺は福島からだ』
 と酔い心地で応えた。
「内地からか。俺らは稚内からなんだ。盆休みのツーリングってやつよ」
『そっか、先日稚内も周ったぜ』
 そんな感じから会話が弾んでいく。

 そしてお互いの高校時代の話題になった。そして俺と同世代くらいの男が
「俺、高校中退なんだ」
 と言い出した。

「4ナイ運動ってやつだ。俺が高3のときに突然、学校へ免許を提出しろって話になってな」
『そう言やあ、そういう時期があったな』
「反発したね。急の二輪禁止に全校生が。そこで全国初の全校生授業ボイコットだぜ」
 男は豪快に笑った。そして後輩らしい男を指差し
「こいつはどうにか退学を免れたが、俺は首謀者のひとりとして退学になった」
 彼はかなり酔っているのか、体が揺れている。
「でもあの頃は輝いていた。なにもかもがいい想い出だよ」
 屈託のない笑顔だった。誰のせいにするでもない。退学という不運な過去すら、彼はいい想い出に転化させていた。

 漢だ!

 今は、同行の退学を免れた後輩と真面目にナマコンの会社で勤務しているそうだ。

「ところで、ゼファーイレブン、あんたのマシンかい?」
『ああ、そうだが』
「いいバイクだな」
『ありがとな』
 自分のマシンを誉められると素直に嬉しくなるもんだ。

「ところで、サイレンサーが青く染まっているが、わざと染めたのかい?」
『うっ・・・・・』
 痛いところをつかれた。あれは利尻島で荷崩れを起こして、銀マットの青いビニール部分が溶けてこびりついたもんだった。

 急に酔いがまわってくる。空を見上げると星が降ってきそうな見事な天の川だ。そして彼らに挨拶を済ませ静かにシュラフへ入った。

 今でも妙に心へ残る。稚内のライダーたちと熱く語り合った真夏の夜の出来事だった。




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