北海道ツーリングストーリー





 黒褐色のドラックスターが待ち合わせ場所のコンビニにドカドカドカという排気音と共に入ってきた。荷物は満載だ。
『よう、遅かったじゃん、ヨッシー』
 俺は煙草をくわえたままゼファーのセルをまわした。サイクロンの小気味よい振動が手の甲へ伝わってくる。
「キタノさん、すんません。なにせ3人の子持ちなもんで」
『アバウトだよ。うちはボウズ1人だが、この歳のロングツーリングは大変だからね』
 俺は嫁をもらって以来、最初のロングツーリングだ。今回もひとり旅に徹するつもりだったが、後輩のヨッシーの懇願に負け、ふたり旅となった。ヨッシーは北海道ツーリングの経験はない。

 妻は、万事そつがなく、しっかり者のヨッシーが付け馬のように感じ、安心しているふしもあった?

 空は晴天。まさに真夏の陽射しだ。メッシュのライダージャケットの袖をまくってR6の北上を続ける。ゼファーは散歩に連れ出して喜んだ犬のように絶好調で走り続けていた。

 近頃、なんやかんやと多忙で、あんまりゼファーに乗ってない。お詫びに昨夜、行きつけのバイク屋でオイル交換してやった。
『二十日近い旅に出れんだ。おまえも嬉しいだろう』
 俺はゼファーの真っ黒いタンクを撫でながら語りかける。

 途中、チェーン展開の定食屋で俺とヨッシーの腹の方も満タンにして置いた。後は今夜、フェリーで飲む酒を手に入れ、乗船するだけだ。途中、ネットに挟んだ酒をアスファルトに落として割っちまうなんてアクシデントもちと遭ったが無事乗船手続きを済ませフェリーに乗り込んだ。

 さっそく風呂に入りさっぱりして、ボートピープル、あっ、いや、もとい2等の船室でくつろいだ。なにせ久々の北海道ツーリングなもんで酒をちびちび飲みながらガイドブックを熟読する。
『明日は襟裳方面だな、ヨッシー』
 あれっ?ヨッシーは船酔いで沈没していた。

 翌朝、ヨッシーはまだ寝ている。俺はひとり起きだし甲板へ出てみた。ガスっていて、かなり肌寒い。海を暫く見ているとなにかが跳ねてるぞ。よく見るとイルカじゃねえか。イルカの群れだ。スゲー。暫し見入ってしまった。しかしさすがに体が冷えてどうにもならず客室に引き返した。そして、ようやく起き出したヨッシーにイルカのことを教えるや否や彼はデジカメを持って甲板へ走り去った。

 寝転がってTVを見ているとヨッシーが戻ってきて、
「イルカの写真、いっぱい撮れましたよ」
 と、満足げな様子だった。
『そいつはなにより』

 有珠山が姿を見せ始めた。こいつが見え始めると苫小牧も近い。デッキからずっと苫小牧の方角を見ていた。次第に霧が晴れ始め、灼熱の太陽が勢いを増してくる。苫小牧の街も大きく広がってきた。

 フェリーが間もなく接岸するとのこと。放送の指示に従い階段を降りた。しかし肩の荷物が重過ぎるぜ。マシンの横に荷物を置いてパッキング開始。俺は久々の長旅でパッキングにまごついているが、初心者のヨッシー、意外に手際がいい。隣のマシンのにいちゃんから「北海道ツーリング何回目ですか」とかベテラン扱いを受けていた。なんかなあ。

 やがてスロープが見えてくる。そして勢いよく港へと躍り出た。

 わくわくしてくる。久々に北の大地へと帰ってきた。やはりオートバイの旅はいい。だが、それにしても気温が高い。内地のうちのあたりより遥かに蒸し暑いんだがと思いながらアクセルをあげた。

 実はこの年の北の大地は、8月の平均気温が沖縄より高かったという驚異的な異常気象だったのだ。
 
 工場地帯を走り抜け、沼ノ端東から無料の日高道へ突入。このあたりまでくると大きな原野が広がってくるので涼しくなると思っていたが逆だ。ますます気温が上がってきた。どうしたのだ北海道。Tシャツで走行していたがさらに肩まで袖をまくった。

 暑い暑いと口走りながら海岸線の競走馬の故郷、静内、三石、浦河を駆け抜け襟裳岬と機首を向ける。

 襟裳岬へようやく到着。駐車場へマシンを停め、暫し歩くと森進一の「襟裳岬」の歌声が流れていた。相変わらずだな。

 しかし天気がいい。遥か岬の先端部分まで実によく見渡せる。いい眺めだ。レストハウスのツブ丼はハズレだった。

 さて、今日の幕営ポイントは昨夜フェリーの中で検討した通り、「百人浜オートキャンプ場」だ。襟裳岬の駐車場から海岸沿いをやや走るとすぐに着いてしまう。

 ここのキャンプ場、清潔な芝が広がる素晴らしいサイトだぜ。しかも低料金だし。奥には老人福祉施設があり、そこの大浴場も利用できるらしい。やはりキャンパー天国と言われるだけあると思いながらテントを立てた。

 さすがに今日の俺は疲れた。ヨッシーと簡単な食事を済ませ、軽く一杯飲み始める頃になると眠くてたまんねえぜ。ヨッシー、ワリイが先に寝るぜと言い残しテントへ入った。

 あまりの品行方正な俺に彼は目を丸くしていた。

 すると今度は眠れん。暑くて寝苦し過ぎるぜ。しかも女房子供の顔がちらついてきた。結婚してから妻子と離れたことがなかったんで、なんとこの俺がホームシックになっちまった。俺は妻の足に自分の足を絡ませてないと眠れない甘えん坊将軍(当時は)にまでなり下がっていたのだ。久々の旅の空というやつに心身がまったく馴染んでない。

 このことはヨッシーには口が裂けても言えなかった。カッコわるいし、惨めだし、なんて思っているうちに俺の意識が消えていく。

 しかし、後年、真の男よ、野人キタノよと、変貌を遂げた北のサムライも、初期はこんな程度の野郎だったのだ?



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