海流




「おい、今日はヤケに頑張るじゃねえか。似合わねえぞ」
 同僚が、いつになく猛烈な勢いで書類を片付ける俺の姿に目を丸めている。

「9月だけど雪が降ってくるかも知れんなあ」
 無視するつもりはない。しかしなにを言われても俺は職場の机にかじりついて一心不乱を決め込んだ。

 いつもより早目に仕事を終わらせ家路へ急ぐ。なにせ遠距離の車通勤なのでまともに走ったら軽く1時間は超えるのだ。とにかくショートカットを駆使しながら自宅へと辿り着いた。

 ネクタイをはずし、スーツからジャンパー・ジーンズ姿に着替えた。永久ライダーへ変身だ。実は8月の北海道ツーリングを終えてから、まだ2週間しか過ぎていない。キャンプ道具などの荷物はそのまま。俺はなんて横着者なんだ。しかし、その横着が功を奏したようだ。あっという間にゼファーへのパッキングが完了する。

 数十分後、俺はゼファーに跨り、東北自動車道を北上していた。俺と満載の荷物をくくりつけた愛機はいつもの通り過積載だ。

 陽が落ちて来た。俺はあまり夜目が効かない方で、基本的にツーリングの夜走りは避けている。しかし、俺には約束があった。破るワケにはいかない。男と男の約束だ。

 この夏の北海道ツーリング初日の沙流川キャンプ場で、迎撃してもらった札幌のライダーIWA氏が東北ツーリングへ来るという。

「キタノさん、9月に東北へキャンプツーに行く予定なんですよ」
『もちろん、そん時は迎撃させていただくよ』

 場所は牡鹿半島。昔、2度ばかり旅行したことがあるが、ほとんど覚えていない。結婚前、女房と行ったんだっけ。いや違う女か?(おい!)

 まあ、結婚前のことなんざ全部忘れたさ。できればひとりを通したかった・・・

 いつの間にかマイホームを手に入れ、20年近くのローンまで組んでいた。普通だ。なにもかもが普通だ。普通が悪いとは言わない。しかし俺はまだなにか旅人として探しているものがある。だから苦しくても達成感のある自力型の旅を続けているのだ。

 このまま老いてこじんまりと寿命が尽きて行くことに抵抗を感じている。

 これでよかったのか・・・

 よかったんだろうなあ?きっと・・・

 そう思うしかない。

 まあ、難しいことを考えるのは止めるか。

 とりあえず酒と旅があればそれでよしとしよう。今の女房の暖かい理解?のお蔭で自由な旅を続けさせてもらっている身だ。

 いつものようにアクセルを握りながらの自分との対話がエンドレスに続く。

 そして仙台南IC手前のパーキングでマシンを停めた。煙草に火をつけながらマップを広げてみる。

 地図で見る限りは、それほど遠いとは感じない。
『高速をこのままずっと使えばすぐだろう』
 なんて近年の俺らしくもなく、旅を楽観視していた。

 もう真っ暗だ。「むつ」ナンバーのトラックに幅寄せされるが、クラクションを嫌というほど鳴らしてやったら、呆れて徐行してしまった。

 仙台東部道路に入ると潮の香りがした。なんとも懐かしい。半年前まで、海沿いの田舎町に暮らしていた。ふとその町の風景が頭に浮かんだが、さっきのトラックにクラクションを鳴らされて追い抜かれた瞬間、また現実に帰った。

「あばよ」、アクセルひとひねりでトラックを軽く抜き去り、三陸自動車道へ突入。かなりガスが濃くなってきたが肌寒さは感じない。しかし、牡鹿って思ったより遠いなあ。

「ああ松島や」
 おくのほそ道で、あまりの松島の景観へ感動した俳聖芭蕉が絶叫したという。でも従者の曽良の話だと本当は雨で残念だったとか・・・

 松島や鶴に身をかれほととぎす    曽良

 それはさておき真っ暗で景観どころではない。闇の中を愛機とうごめくように走る北のサムライ東北バージョンの真っ最中だ。

 石巻で三陸道を降りた。ここから牡鹿半島の南海岸を走ればキャンプ場(牡鹿町家族旅行村)に着く・・・んだろうなあ?さっき携帯でIWA氏から通行止めの連絡も入っていた。行けないこともないらしいのだが。

 ひたすら牡鹿半島の海岸線を走っていた。日頃の行動が善過ぎるせいか、さらに強烈なガスが出てきた。もう対向車もほとんどない。田舎の夜は早いのだ。

 牡鹿町へなんとが入ったが、キャンプ場はどこだ?IWA氏へ携帯で連絡を入れるとややコバルトラインを登るらしい。しかし霧で真っ白だ。通行止めの標識もあったが構わずゲートの脇から突破した。

 山の中の夜、誰も居ない霧の中を走るシチュエーション。かなり勘弁だな。これは出てもおかしくない。俺の中の少ない霊感が騒ぐ。

 そしてついに・・・

『ギャー!!!』
 道路脇にいかにも見て頂戴という姿でそれは居た。いや遭った。いやあったか?

 ついに見ちまった。

 俺はこの種の未知の体験に心臓がかなりパクンパクン言っている。  


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