ところが・・・
連中の弁当の量ときたら、女の子の手弁当並みだった。
『キサマら、明日から、この弁当以外に特大のおにぎりを3つもってこい。飯を喰わないやつが強くなれるか』
サガワの持論だった。少食は底力がでない。
『茶碗は今夜から丼にしろ。朝も晩も必ずおかわりするのだ』
「そういう、サガワさんはおにぎり2つと牛乳瓶1本じゃないすか」
『俺ほどの男に反論するとは見所のあるやつだ』
サガワはキツネの頭へ強烈なゲンコツをかました。
『俺はな、2時間めの休み時間に重箱なみの弁当を平らげた。今、食べているのはオヤツだよ』
”ヒエ〜”
全員が驚愕していた。
放課後は、筋トレ、嘆きの坂でのダッシュ。その後は受け身の練習。
”受け身は実際に投げ飛ばされて真に身につくものだ”
これも科学的根拠に乏しいサガワの持論だ。1人50本ずつ、投げ技は払い腰で、足技は大内刈で強烈に投げ飛ばした。合計350本の本気の投げ込みをするサガワのダメージも筆舌にし難い。7人の1年生は連日の打撲で腕や足が紫色に変色していた。
こんな日々がGWぐらいまで続くと新入部員の姿もかなりたくましくなる。
カナヅチやキツネなどの中学時代の柔道経験者は、通常の練習に合流していった。
残る5人・・・
でも、こいつらはまだまだだ。サガワは自分の稽古ができないジレンマを抱えつつも、ひょろマツ、サル、ズンドウ、ブキミ、タヌキらを徹底的に鍛えた。
そんなある日、サルが目が合った(メンチ切った)という理由で、某高校の不良に絡まれ、ボコボコにされたという。さらに翌日に1万円もってこいと脅されたらしい。
サガワは、ひょろマツから密かに報告を受けた。
『デアルカ』
サガワの背後は炎立っていた。喧嘩のバックには炎が一番似合う。
翌日(土曜)の部活動の後、指定されたステーションビルの屋上で、ウンコ座りをしているヤンキーグループと対峙した。相手は5人。リーダー格の男は苦笑いしている。
『キサマらは加勢無用だ。かえって邪魔になる。黙ってみてろ』
サガワは後輩たちへ静かにいった。彼の口元も気のせいかニヤリと笑っているように見えた。鬼の微笑?なにか絶対に怖ろしいことが起きる?
サガワの顔は赤々と夕陽に照らされていた。まるで荒野のガンマンのようなシチュエーションである。
「おっ、先輩を引っぱりだしてきたか。しかも、たったひとりとは笑わせるぜ」
時代劇の悪役そのままの言い回しなんで、逆にサガワが吹き出しそうになる。
そして、次の瞬間、不良グループに集団リンチを受けているサガワの姿があった。
意外に弱い?
と思いきや燃えてくるねえ〜
バッチシ闘争心というやつに火がついてしまった。
『いや〜、よいウオーミングアップになったぞ。ぜんぜん効かないけど」
「わっ!なっ、なにその不敵な目つき、なにをする」
ひとり目はミゾオチに強烈なパンチを喰い、一発でダウンして泡を吹いた。
2〜4人目は、顔面が血だるまになるまで頭突きをしまくり全員KO。
残る親玉は、
「勘弁してください。金輪際悪さはいたしません。すいませんでした」
完全に戦意喪失し、土下座していた。
『すいませんで済むのなら鬼のサガワはいらねえよ』
それにもう無理だ。サガワは完全にキレていた。
『キサマごときに柔道の技は使いたくねえが、手塩にかけた後輩を可愛がってくれたのだからそうもいくめえ』
ひょろマツはサガワの鬼のような形相を見ているうちに、この人を本気で怒らせたら絶対に敵うやつなどいないと心の底からびびった。
サガワは腰を抜かしている野郎の背後に素早くまわり必殺の送り襟締めで落とす寸前まで締めて止める。これを数回繰り返した。普通に締め落とせば苦痛はない、いや楽になれるのだが半落ちは地獄だ。兎のように充血した目になるのだ。
『キサマらが、煙草吹かして弱い者イジメをしている間にもこっちとら、血反吐を吐くような壮絶な稽古をしてんだよ。おめえのこのブヨブヨの肥えた腹は羽毛布団か?よおく了簡しやがれ』
苦痛と恐怖で野郎は泣き出した。
『さて、そろそろ引導を渡すか。おめえ、なにか遺言はないか?』
サガワは言葉とは裏腹に両手の力を緩める。
すると・・・
「殺さないでください。赦してください」
ワルの親玉はサガワの腕を必死で振り解き、アヒルのような格好で逃げ出した。
「押忍!ありがとうございました」
1年全員が声をそろえてサガワへ向かって礼をいう。
「サガワさん、最初はボコボコに殴られてもなぜ無抵抗だったんすか」
サルはすすり泣いていた。
『あのなサル、喧嘩てえのは売られて初めて買うもんだ。試合じゃねえから、大義名分というのを作らないやつは男じゃない。そして正義は必ず最後には勝つ』
優しい口調で話すサガワの声を全員がうなだれるように聴いていた。
『よし、明朝は丼飯2杯、喰らってから道場にこい。解散!』
「サース」
威勢のよい若武者たちの雄叫びが四方に響き渡り、この場はとりあえず解散する。
暮れなずむ街並には、おびただしい数の光が一斉に灯しだした。
そんな事件から1週間ほど過ぎたとある夕刻、サガワが柔道着を学生服の肩にぶらさげながら駅前を闊歩していると、
「押忍、稽古ご苦労さまです」
先日、叩きのめした不良グループの連中5名が改札口手前で直立不動で立っていた。
リーダー格のメタボな野郎が、サガワへ気をつけのままの姿勢で叫んだ。
「おれはフクダマサジ、通称、フクマサと申します。以後、サガワさんの傘下に入らせていただきます。派手な出入りがあったら、我々を先鋒の任に使ってやってくだせえ」
『傘下になんて入らなくてもいいから、キサマら、以後は悪さをするな』
「押忍!」
というより、こんなヤツラと関わっている場合ではない。明日から試合なのだ。
大会当日、軽めの食事を済ませ会場へ向かった。
サガワの常日頃の徹底した躾の賜物か、カナヅチとキツネの出場選手以外の1年坊は実によく働いている。
「スポーツドリンクの用意はできています。いつでも飲んでください」
ブキミがサガワの横にボトルを置いた。
計量も済ませ、開会式も終わり、個人戦開始。
「サガワ先輩、頑張ってください」
1年が全員正座していた。
サガワの階級は中量級(現軽中量級)、つまり60キロ台で最も出場選手が多かった。
『まあ、観てろ』
”始め!”
ドスン・・・
”1本!”
そして直後に対戦相手を払い腰の秒殺で決めた。
おおっ・・・
後輩は拍手喝采。
2回戦も払い腰で余裕で1本。3回戦は、大内刈で有効を取り、そのまま必殺の送り襟締めで1本。これでベスト8、ここまではいつも順調なんだが、ここから先が壁だった。背負い投げで1本負け。あと一歩でまたも個人戦県大会出場を逃す。なんというか試合が当日に度重なると集中力が鈍化してくるという悪しき習慣がある。
サガワは教育係で自分の練習ができなかったというせいにはしたくなかった。負けは負けだ。
「サガワさんでも負けるんですね?」
ズンドウが不思議そうな顔を浮かべていた。
『まあ、上には上がいるということだし、負けっぷりのよさも俺の取り得だ』
つまり、一勝一敗は戦の常。
個人戦で入賞したのは、同じ2年の小内刈の名手ヨシバが軽量級2位。3年のオオシマ先輩が重量級3位という戦績だった。
団体戦は入賞こそ果たせなかったが県大会出場枠には入った。
試合後、サガワは新入生を集めた。
『もう俺の役目は終わった。明日からは、俺の指名した先輩のもとでそれぞれ得意技を学び通常の稽古に合流し腕をあげろ。先輩たちには話をつけてある』
「いえ、サガワ先輩の班で修業させてください」
ひょろマツらが不平をこぼしていた。
『バカモノ、同じ道場で練習するのだからキサマらを見放すわけじゃない。それぞれの専門の技の先輩のもとで学んでこいといっているのだ。ひょろマツとサルはヨシバのところで背負いと小内刈を習え。ヨシバの小内は本物だ。ズンドウとブキミは左だ。逆手のアリタに体落しと背負いを教われ。タヌキは体格がある。重量級のタニから大外刈を習得しろ』
柔道経験者のカナヅチとキツネは、既に1本立ちしている。この大会、初戦負けながらもデビューを果たしていた。サガワは、試合の結果より、教育係の重責をまっとうできたことで充分満足している。
昭和50年代半ばの話なのだが、今より遥かに大らかでマシな時代だった気もするのはサガワだけだろうか?
3年生は引退の時期となり、部長を投票で決めることになった。ところが、圧倒的な多数でサガワが当選してしまう。新人教育係を務めた彼が、公私にわたり連中の面倒を見てきたことで、1年生は全員サガワの怖くて優しい人柄に魅了され私淑してしまったのだ。当然1年生の組織票になったのが要因である。
「後はよろしく頼んだぞ」
前部長から引き継ぎを受け、3年生は去っていく。
細かいことが面倒なサガワは正直、部長になるなど非常に迷惑な話しなのだが、腹をくくることにした。まあ、それでも大過なく日々が過ぎていき夏休みに入った。夏休みも午前中はびっちりと稽古をした。
8月になると4泊5日の夏合宿があり1日8時間の地獄のような練習時間になる。早朝、朝飯前に嘆きの坂ダッシュ5本。これには2年全員の顔が真っ青になった。当然、1年生にいたっては青息吐息の壊滅状態となる。
朝食など食べれる状況ではなくなるのだが、容赦なく丼飯3杯というノルマが課せられた。サルやタヌキは何度もトイレでゲロを吐きながらクリアしていた。そして、午前の部、午後の部の練習が終われば、その日の日程が終了するはずなのだが・・・
OBが肉や果物などおびただしい量の差し入れを持参し毎晩やってくるので、必然的に夜錬も追加された。元機動隊員、現役の大学柔道部員、その他クマのような先輩ばかりで、部員全員がこなごなになるまで叩きのめされ、半死半生状態へ陥る。
4日めの雨降る晩にある事件が起こった。
「今日はいい天気だなあ」
サルが湯船でひとりごちた。
「おいサル、今夜は雨だぞ」
ヨシバがサルの顔を覗くと目つきが尋常じゃなかったそうだ。
「こいつ、おかしくなっているよ」
その場に居合わせた連中でサルを風呂から出し、強引に布団に寝かしつける。翌朝にはサルは正気に戻っていたのだが、昨夜の記憶がまったくないそうだ。精神的なものだったのか?OBに激しく投げ飛ばされた際の打ち所が悪かったのか?原因は不明である。
苦しい合宿が明けるとお盆を挟んだ10日間ばかりの休みがもらえる。
『キサマら、この10日間は柔道のことは全部忘れて命の洗濯をしてこい』
「押忍!」
1年生たちは見違えるようにたくましくなった体で、元気な挨拶をした。
サガワは、この休みの期間にちゃっかり、中型二輪免許を取得。当時は8時間の実技と多少の学科だけで簡単に免許が取れた。ただ、大型は試験場の一発試験のみの難関で、事実上免許の取得は不可能とされていた。
実は早朝、自転車で新聞配達のバイトをしていたのだが、あまりにも時間がかかり過ぎるためスーパーカブでの配達に切り替えようと思案していた。原付免許で充分事は足りたのだが、ついでということで。
さらにボロボロのGS400Eを格安で購入。
また、この時代は、バイクを所有しても通学にさえ使わなければ、校則で処分されるという規定もなかったのだが、あまり人には言わないことにした。
盆には忙しくなるから店を手伝ってと黒珈琲のママから連絡があり、ウエーター兼皿洗いのバイトをする。
「あんたが店で働らきだしたとたん、女の子の客が増えたの。そういえばサガワさん、最近急に大人っぽくなったよね。背も高くなったし、余計な肉もまったくないし」
ママはシゲシゲとサガワの容姿を眺めていた(後年にはビール腹になる)
『そんなに見つめないでくださいよ』
「私もあと10年若かったら、放っておかないんだけどねえ」
しかし、招かざる客もやってくる。
「サガワの兄貴は偉いですね。いつもは柔道で忙しい身なのに休みがあれば、こうして働いてなさる」
フクマサ一味だった。この暑いのに5人とも中欄を着込んで、煙草に火をつけていた。
『おい、ここは硬い店だぞ。ガクラン姿で煙草なんか吸うな、バカモノ』
ゲンコツを喰らわせた。
「あっ、こいつは失礼しました」
とまあ、こんな日々を送りつつ休みが明ける。
そして、あの壮絶な新人戦に向け、稽古は再開された。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
余談・・・
この物語は、キタノの回想録ではありません。飽くまで知人のサガワさんという方の四半世紀以上も前の出来事をモチーフにした物語です。
したがって、この作品の内容がいかなる展開を見せようが全責任はサガワ氏に帰属することをご了解ください。
さて、サガワさんとはどんな人だったのだろう?
当時の資料から推察すると、やや直情径行型のようだ。顔は端正に整っていた。ニヒルな強面でもあるが、竹を割ったようなさっぱりとした性格である。意外に鳶色の瞳がキラキラと光っており、思わず惹きつけられてしまう不思議なオーラに満ちていたそうな。
伸長175センチ、体重67キロ、贅肉は一切ないハガネのような筋肉美でブルース・リーばりに見る者をたちまち魅了させていたらしい。つまり渋いマスクの映画俳優のようないい男?当時は北大路欣也、または永島敏行に似ていると女の子に騒がれた。しかし、曲がったことが大嫌いな硬派一筋、女には一顧だにしない真の男だった・・・
と本人はいってましたが、野暮はいわないで話半分で聴いてやってください。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新人戦がやってきた。
ひょろマツ、サル、ズンドウ、ブキミ、タヌキの5人はいよいよ個人戦デビューを果たす。
『いいか。死に物狂いで試合をしたら絶対に負けるぞ』
サガワ先輩は、1年坊に試合の心構えを訓示していた。
「冷静にいけということですね、先輩」
ブキミが、凛とした口調で答えた。
『バカモノ、殺す気でいけ。それで初めて勝てるのだ』
1年は目が点になっていた。
その後、サガワは自らの試合を1本で次々に勝ちあがり、ベスト8進出。
なんてやっているうちに初陣の5名は壊滅してしまった。既にデビュー済のカナヅチとキツネの2人は、1回戦だけは勝利できたらしい。
「すいません、負けてしまいました」
1年全員が敗退の報告にきた。
『よしよし、一勝一敗はイクサの常だ。まあ、俺の試合を観てろ』
サガワは、カッコよくいったものの、毎度の如く準々決勝敗退。
それにひきかえ、軽量級のヨシバは、小内刈と背負投げの連絡技が冴え、またも決勝まで進み、2位入賞を果たした。
翌日は団体戦となる。
同じ2年のヨシバ、アリタ、タニの3人へ、
『今日は俺が先鋒でいく。次鋒はキツネ、中堅・副将・大将は、おまえらで固めてくれ』
サガワは団体のオーダーを決めた。新人戦はインターハイ予選と違い、勝ち抜き方式である。
初戦はU高、開始早々、払い腰が決まり1本。続いて次鋒も秒殺で1本。中堅、副将、大将も全部払い腰で1本勝ちを決めた。つまりひとりで5人抜きを達成。
おおー
驚異の偉業にチーム全員が狂喜していた。
「サガワさん、今日は絶好調ですねえ」
ひょろマツが満面の笑みを浮かべながらサガワの肩を揉んでいる。
『ああ、負ける気がしねえんだよね』
「あっ、サガワ先輩、ブイシネスマイルをしている」
ズンドウが、吹き出していた。
続いて、2回戦はN高・・・
先鋒は払い腰で1本勝ち。次鋒も同様。続いて中堅の選手へも一方的な内容で攻め込んでいく。
「サガワ先輩の強さって底が知れませんねえ」
キツネがヨシバに話しかけた。
「おう、俺はなんであんなに凄えやつが個人戦で入賞しないのか不思議でならんのだ」
「まさに無冠の帝王ってやつですか?」
「そうだ。あの男は欲がないから、個人戦にあまり重きを置いてないのかもしれない。今まで団体戦ではチームが敗れてもサガワ自身は一度も負けたことがないんだ。あれで男気というやつがなかったらただの化物だよ」
で、N高相手にも5人抜き。つまり、10連勝。
「本当に絶好調っすねえ」
ひょろマツがサガワの腕を揉んでいた。
『ギンギラギンにさりげなく、30連勝はいけそうだな』
このあたりで破竹の連勝記録を更新するサガワに観客の注目が集まり出した。
続いて強豪のF高、
サガワは先鋒をあっさりと投げ飛ばした。これで11連勝。
「なんだか悪い予感がします」
霊感体質のブキミが妙なことを口走り始めた。次鋒は小柄な選手だった。問題ないだろう。サガワは相手を左右に揺さぶりチャンスを待った。
その刹那・・・
捨て身の奇襲戦法”蟹挟”がサガワの両脚に絡んだ。倒れながら足を挟み相手を倒す危険きわまりない投機的な技である。
この年6月の全日本体重別選手権で、遠藤純男が不世出の柔道家山下泰裕へこの技を仕掛け、山下の腓骨をへし折って物議をかもしだした。以来、あまりにも危険な技のため、”蟹挟”は禁じ手となる。
サガワはバランスを欠いたまま前のめりに倒れ、左膝を抱え悶絶躄地していた。
「悪質な反則だ」
ヨシバとアリノは、立ち上がって猛然と抗議したが・・・
したがって、この作品の内容がいかなる展開を見せようが全責任はサガワ氏に帰属することをご了解ください。
さて、サガワさんとはどんな人だったのだろう?
当時の資料から推察すると、やや直情径行型のようだ。顔は端正に整っていた。ニヒルな強面でもあるが、竹を割ったようなさっぱりとした性格である。意外に鳶色の瞳がキラキラと光っており、思わず惹きつけられてしまう不思議なオーラに満ちていたそうな。
伸長175センチ、体重67キロ、贅肉は一切ないハガネのような筋肉美でブルース・リーばりに見る者をたちまち魅了させていたらしい。つまり渋いマスクの映画俳優のようないい男?当時は北大路欣也、または永島敏行に似ていると女の子に騒がれた。しかし、曲がったことが大嫌いな硬派一筋、女には一顧だにしない真の男だった・・・
と本人はいってましたが、野暮はいわないで話半分で聴いてやってください。
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新人戦がやってきた。
ひょろマツ、サル、ズンドウ、ブキミ、タヌキの5人はいよいよ個人戦デビューを果たす。
『いいか。死に物狂いで試合をしたら絶対に負けるぞ』
サガワ先輩は、1年坊に試合の心構えを訓示していた。
「冷静にいけということですね、先輩」
ブキミが、凛とした口調で答えた。
『バカモノ、殺す気でいけ。それで初めて勝てるのだ』
1年は目が点になっていた。
その後、サガワは自らの試合を1本で次々に勝ちあがり、ベスト8進出。
なんてやっているうちに初陣の5名は壊滅してしまった。既にデビュー済のカナヅチとキツネの2人は、1回戦だけは勝利できたらしい。
「すいません、負けてしまいました」
1年全員が敗退の報告にきた。
『よしよし、一勝一敗はイクサの常だ。まあ、俺の試合を観てろ』
サガワは、カッコよくいったものの、毎度の如く準々決勝敗退。
それにひきかえ、軽量級のヨシバは、小内刈と背負投げの連絡技が冴え、またも決勝まで進み、2位入賞を果たした。
翌日は団体戦となる。
同じ2年のヨシバ、アリタ、タニの3人へ、
『今日は俺が先鋒でいく。次鋒はキツネ、中堅・副将・大将は、おまえらで固めてくれ』
サガワは団体のオーダーを決めた。新人戦はインターハイ予選と違い、勝ち抜き方式である。
初戦はU高、開始早々、払い腰が決まり1本。続いて次鋒も秒殺で1本。中堅、副将、大将も全部払い腰で1本勝ちを決めた。つまりひとりで5人抜きを達成。
おおー
驚異の偉業にチーム全員が狂喜していた。
「サガワさん、今日は絶好調ですねえ」
ひょろマツが満面の笑みを浮かべながらサガワの肩を揉んでいる。
『ああ、負ける気がしねえんだよね』
「あっ、サガワ先輩、ブイシネスマイルをしている」
ズンドウが、吹き出していた。
続いて、2回戦はN高・・・
先鋒は払い腰で1本勝ち。次鋒も同様。続いて中堅の選手へも一方的な内容で攻め込んでいく。
「サガワ先輩の強さって底が知れませんねえ」
キツネがヨシバに話しかけた。
「おう、俺はなんであんなに凄えやつが個人戦で入賞しないのか不思議でならんのだ」
「まさに無冠の帝王ってやつですか?」
「そうだ。あの男は欲がないから、個人戦にあまり重きを置いてないのかもしれない。今まで団体戦ではチームが敗れてもサガワ自身は一度も負けたことがないんだ。あれで男気というやつがなかったらただの化物だよ」
で、N高相手にも5人抜き。つまり、10連勝。
「本当に絶好調っすねえ」
ひょろマツがサガワの腕を揉んでいた。
『ギンギラギンにさりげなく、30連勝はいけそうだな』
このあたりで破竹の連勝記録を更新するサガワに観客の注目が集まり出した。
続いて強豪のF高、
サガワは先鋒をあっさりと投げ飛ばした。これで11連勝。
「なんだか悪い予感がします」
霊感体質のブキミが妙なことを口走り始めた。次鋒は小柄な選手だった。問題ないだろう。サガワは相手を左右に揺さぶりチャンスを待った。
その刹那・・・
捨て身の奇襲戦法”蟹挟”がサガワの両脚に絡んだ。倒れながら足を挟み相手を倒す危険きわまりない投機的な技である。
この年6月の全日本体重別選手権で、遠藤純男が不世出の柔道家山下泰裕へこの技を仕掛け、山下の腓骨をへし折って物議をかもしだした。以来、あまりにも危険な技のため、”蟹挟”は禁じ手となる。
サガワはバランスを欠いたまま前のめりに倒れ、左膝を抱え悶絶躄地していた。
「悪質な反則だ」
ヨシバとアリノは、立ち上がって猛然と抗議したが・・・