そこそこの高校に進学したはずだったんだが、なぜか入学早々始まった応援練習には参った。
「キサマら、その挨拶はなんだ。その応援歌の歌い方はなんだ。音楽の時間じゃねえんだぞ。腹から声をださんか」
 時代がいきなり30数年タイムスリップしたかの勢いである。

 団の連中はリーゼントに中欄、ボンタンの古式ゆかしきカッコウだった。しかも竹刀とか持ってるし。これが、TVドラマでやっていた”我ら青春”の世界かい?この物語の主人公サガワくんの高校時代の甘い青春は、一瞬で打ち破られた。

「貴様らは、全員運動部へ入れ。それが嫌なら応援団が待っている」
 なんだか無茶苦茶な時代だった。

 そして、甘い言葉が・・・

「柔道部って、男の中の男の世界だ。女にゃもてるし、講道館の段位って生涯履歴書にも書けるんだぞ。先輩は皆優しいし」
 この言葉に負けた。

 ところが・・・

 入部してみたら、先輩は皆、サディストと化し、自分の練習よりも後輩をしごくことに生き甲斐を感じている連中ばっかし。もちろん女人禁制。壁に背中をつけて半腰のスタイル、つまり電気椅子や今では健康に悪いといわれる兎跳びばっかし。

 そして、締め技の恐怖心を解くためといいながら、毎日、あの世に旅行して蘇生されていた(締め落とされて活を入れられていた)

 しかし、こんな生活をして半年も過ぎると、もともと超人的な腕力があったサガワは、”鬼より怖いサガワ”に改造されてしまった。正直なところサガワという男はかなりの格闘技オタクだったのだ。そんな彼が技なんか身につけたら、絶対に無敵になってしまうだろう。

 あっという間に黒帯(初段)昇進。

 先輩を片腕で投げ飛ばしたり、締め技で危うく対戦相手を殺しそうになったりした”事故”は枚挙にいとまがなく、いつの間にか上級生が乱取りの相手からサガワを外すようになる。

 1年が過ぎると後輩が入部してきた。

「僕、体重が40キロ台なんですけど、強くなりたくて」

「ぼくは、中学時代、イジメに遭って」

「ぼくの趣味は鉄道なんです」

「ワタシは喘息もちなもので」

「ぼく、金槌で泳げないんです」

「オレは、霊感体質で時々、金縛りになるんです」

 母親同伴の新入部員もいた。
「うちの倅を男にしてやってください」
 おっかさんに懇願された日には海外へ逃亡しようかとサガワくんは思った。

 道場でウォークマンを聴いている青白い顔のヘンな奴もいる。

 うわっ、モヤシみたいな連中ばっかし。

 しかもサガワは、こんな連中の教育係になってしまう。大きな声を出したら、皆、失神しそう・・・

 結局、上級生たちはサガワと乱取りをして怪我をしたくないという理由だけで、新入部員の教育係に厄介払いしたようだ。普通、この役目はレギュラーから外れた戦力外の部員にさせるべきことだ。よっぽどサガワに壊されるのが嫌だったらしい。武道というものは、競い合ってこそ上達するもんなので、彼としてはおもしろくなかった。

 とにかくまあ、サガワは新入部員7人を一列に並ばせる。

『貴様らの自己紹介をしろ』
 サガワは大声を張り上げた。

 体重40キロ台のやつは、
「マツイです。強い男になりたいのでよろしくお願いします」

 サガワの顔を見ている。
『バカモノ。俺の目を見るな』
 一喝されると彼らはかなり狼狽していた。
『おまえは体重のわりに背が高いな。以後、ひょろマツだ』
「はい」
『はいではない。押忍といえ』
「オス」
『声が小さい』
「押忍!」

 中学時代イジメに遭っていたというカンノは、猿顔だった。以後、”サル”

 喘息もちのスドウは、異様に胴が長いので”ズンドウ”

 泳げないイシイは、そのまま”カナヅチ”

 霊感体質のヤブキは”ブキミ”

 マザコンのオヌキは、狸顔なんで”タヌキ”

 ウォークマンを聴いていた生意気なタナカは、キツネ目の三白眼だった。したがって、コードネーム”キツネ”だ。

 以上7名が鬼のサガワの傘下となった。

『これより筋力トレーニングを行う。腕立伏せ50回』
「えー、そんなに」
『誰だ?今いったやつは?基礎体力のないやつが、小手先の柔道の技を覚えてもものにならん。当分は筋トレと走り込みだ。7人いるから腕立50回の7セット。腹筋も背筋もジャンピングスクワットも全部7セットだ』

 いち、にい、さん・・・

 中には、腕立て10回程度で音を上げているやつがいる。そんな連中には剣道部で廃棄処分になった竹刀が容赦なく背中に叩き込まれた。

 次に裏山ダッシュだ。校舎の裏山を全力で駆け登る荒行である。登り切ると校舎を見渡せる丘があった。私小説”タンデムシートは指定席”でも登場した実在の丘だ。

『いいか。この山はマムシの巣窟である。ちんたら登っているとマムシに噛まれるぞ。過去に先輩2名が本当に噛まれて救急車で厚生病院へ搬送された事実があった。噛まれたくなかったら全力で走れ。ただし、両手に10キロのダンベルを抱えてな』

 新入部員は健気に駆け登る。中学時代は運動部にいたやつもいるのだが、皆、バテまくって歩き出していた。

『馬鹿野郎。歩くとマムシに噛まれるぞ』

 とにかく、この”嘆きの坂”は、経験だけがものをいう。上級生たちは、数限りなく走りこんでいるから神経が麻痺してしまい、さして苦痛だとは思わなくなっているのだ。

 ひょろマツやタヌキは頂上の丘でゲロを吐いていた。他の連中は全員、倒れながら苦しい息で悶えていた。

「隊長・・・」
『馬鹿者、先輩といえ』
「押忍、サ、サガワ先輩、なんで、こんな凄い坂を息もあげないで登れるのですか?」
 キツネが、ぜーぜーと激しい息遣いをしながら訊ねてきた。
『おまえはいい質問をするなあ』
 全員がサガワの顔を注目する。
『明日から”俺ってビックだぜ〜”と連呼しながら坂を登れ!そうすれば、将来のどんな困難でも乗り切れるぞ』

「俺ってビックだぜ〜」

 翌日から、嘆きの坂では”俺ってビックだぜ〜”という声が激しくこだましていたという。なんて可愛い後輩ばかりなのだろうと硬派サガワは不気味に微笑んでいたそうな。

 たまには、1年にもガス抜きをさせねばならない。

 ある土曜日の夕方、ひょろマツとカナヅチをつれて、サガワは駅近くの喫茶店”黒珈琲”に入った。
「いらっしゃい」
 姉御肌のママが、愛嬌のある声をあげた。
「サガワさん、この子たち新入部員?あんまり殴っちゃだめよ」
 吹き出しながら水を運んできた。
「あの先輩、自分らこういう店は始めてで、なんだかあがります」
 カナヅチが緊張しながら囁いた。
『バカモノ!こういう店はな、リラックスしにくるものなんだ。固くなってどうする。俺はモカにするが、おまえらも好きなもの頼め。もちろん俺のおごりだ』
「ぼくはコーヒーを飲むと頭がガンガンするんで、レモンスカッシュで」
 ひょろマツがいうとカナヅチも同じでいいということだった。

 2人に説教を垂れていると、視線を感じた。斜め奥のテーブルに腰かけている女が俺を見つめている。同じ学校の制服だ。大柄であまり洗練されていない感じがした。そしてママになにかを手渡し店を出た。

「サガワさん、さっき向こうのテーブルに座っていた女の人があなたにこれを渡してっていってね。ラブレター?」
 ママさんから手紙をわたされた。

「先輩、ラブレターもらったんすか」
 ひょろマツが素っ頓狂な声をあげたので、強烈なゲンコツをかます。
『キサマら、これをばらしたら寝技で絞め殺す』

”あなたが、週末になるとこの店を訪れるという噂をお聞きしました。私は2年○組のサクライキョウコと申します。突然、このようなお手紙を差し上げ大変失礼かとは思いましたが・・・”

 なんて古風なんだと少し感動しかかったのだが、なんというか硬派サガワを落とすほどの”華”がない。つまり、好みじゃないし、柔道の方に熱中していた時期だ(本当はかなり面食いだったという噂もある?)

 勝手にコクられるのも迷惑な話だったし、未来を決定?するにはあまりにも早過ぎる気がした(大袈裟だけど)。もっと違う、未来に約束された運命的な出会いがあるような予感がしていた。つうか、サガワのこんなヨタ話なんか読んでいる方もつまらないと思う。ママには、俺はまだ修行中の分際なので、悪いがサガワにかまわないようにサクライへ伝えてくれとお願いした。

「あら、意外と冷たいのね」
 ママは笑っていた。
『俺は硬派サガワなもんで』
 多分、ママは、サクライが傷つかないような柔らかい婉曲ないいまわしで、サガワの意思を如才なく伝えてくれたと思う。

 翌週、サガワはズンドウとキツネをつれて黒珈琲に入るがサクライの姿はなかった。なんだか、とてつもなく悪いことをしてしまったようで、実は根がとても優しいサガワの胸が痛む。

 数年後、風の噂では、サクライは早くに結婚し、数人の子宝に恵まれたそうな。そして、その後のサクライの消息は杳としてしれない。もしかしたら、もう初孫がいるような気もする。

 レモンスカッシュ・・・

 略してレスカ!

 サガワくんの世代では、さっぱりと忘れようというラストオーダーを意味していた。




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