北海道ツーリング2016前編











受難その2



 朝4時ぐらいから、稚内森林公園では喧騒が始まっていた。

 昨夜20時ぐらいに寝たファミキャンが、早朝から起きだして子供たちばかりか、その両親、祖父母たちまで大声で騒いでいた。

 お陰で眼が覚めてしまい暫く寝つけず、二度寝したら少し寝坊する。

 パンとコーヒーの簡単な朝食を摂っているとテントの近くまで鹿が遊びに来てくれた。





 やっぱり、ファミリーなのかなあ?三頭がつかず離れず集団行動をとっていた。好奇心が強いのか筆者の方を時折振り返っていたりもする。

 本日も天気がいい。なんだか慌ただしく行動しているのが、嫌になってきた。もうひと眠りしようかなんて思っているとTELあり。

 バッテリーの充電は昨夜しておいた。1300ボルトぐらいまでは回復しているから、これから店に来てほしい。それにしてもずいぶんのんびりしてるなあ。早く動いた方がいいよ。

 バッテリー屋のご主人からせかされてしまった。よし行動しよう。とりあえずテントはこのままにして、お店に直行だ。

 そう思い、スロットルをあげると・・・

 なんとまたもセルがまわらない。下り坂を利用して押し駆けを敢行しようとも下り坂までが軽くて長い登りだった。とてもじゃないが重い愛機を引きずる距離じゃない。

 途中で諦めて、またもJAFにTELする。どれだけこの地区の担当の方にご迷惑をかけてしまったことか。

 1時間ぐらい過ぎて、昨日と同じ方が現れ、ジャンピング作業でエンジンをかける。

「キタノさん、もうお盆も近いです。いつまでもここでこんなことをしていても永遠に稚内から出れなくなってしまいますよ。たとえ10万円以上かかろうとも名寄なり、旭川なりにレッカー移動して大きなバイク屋を探した方が部品が手に入る可能性が高いと思いますよ」
 彼の言うことには、一理も二理もあると思う。
『わかりました。これからバッテリーの店に行って最終判断したいと思います。本当に何度もありがとうございました』

 炎天下の中、JAFの担当の方を見送った後、軽い立ち眩みがして、アスファルトにしゃがみ込んでしまう北のサムライの姿あり。

 その瞬間、森林公園の森の奥から、鹿の鋭い鳴き声が聴こえた。

 ガンバレって言ってくれているのかい?

 でも、これ以上筆者は本当に頑張れるのだろうか?





 稚内森林公園の下り坂を粛々と降り、バッテリー屋までなんとか辿りついたけど、ここでまたアイドリングが切れた。

 あのなあ、あんたのバイクのバッテリーは壊れてないよ。発電機で自力で発電した電流が正常に機能していないんだ。つまり、バッテリーで充電した分だけは動くけど、走行による発電が追加されないから、バッテリーだけの電流が尽きた時が、このバイクが停まる時だ。レギュレーターって奴がいかれたのだ。もちろんあんたのせいでも誰のせいでもない。電機まわりは如何ともし難い。オートバイ乗りの宿命だと思って諦めるほかない。いつか突然こういう日がやってくる。特にカワサキ系は電気系統が弱い。とにかく盆前の稚内にいてもこのバイクのレギュレーターは手に入らない。このままバッテリーの電圧だけで、なんとか旭川のカワサキの専門店まで辿りつきなさい。レギュレーターが置いてあるかもしれない。ちなみに名寄では無理だと思う。バッテリー2個分の充電料金6600円だけはいただくよ。残りは昨夜の保証金の15000円から返金するね。とにかく旭川を目指すんだ。

 やはり、レギュレーターだったか。嫌な予感は的中していた。地元のバイクショップで、まめに点検してもらってはいたけど、こればかり(電気系統)はどうにもならない故障だと思う。その致命的な故障がよりによって盆前の稚内だったということが身の不幸だった。

 まあ、ご主人になんだかんだとお世話になった礼をいい、キャンプ場に戻りテントを撤収した。そして大急ぎでパッキングを済ます。

 なんだか片道だけの燃料しか持たずに出撃する特攻機みたいな気もするけど、急げ旭川。R40を愛機ゼファーで南下していく北のサムライの姿あり。

 そもそもインラインフォーのゼファーが旭川まで電圧が持つのだろうか?レギュレーターがやられているなら名寄までももつのも厳しいと思う。稚内のバッテリー屋のオジサンから見放されたか?

 それでも広大なサロベツ原野を北のサムライが急ぎ足で駆け抜けていく・・・

 豊富バイパスはなんとかクリアした。けど、ミスファイアがパンパン連発していた。バッテリーの電流が尽きてきたか。なんとか惰性で走っている。

 頼むぞゼファー、せめて名寄までは持ってくれ!

 ところが幌富バイパス終点の幌延ICを通過した一時停止で停車した瞬間に愛機はついに力尽きた。やっぱりだ。だから無理だと思ったんだ。4発のゼファーの消費電力は凄い量だ。単にバッテリーだけの電流では5キロももたないって昨日からの行動ですべて実証されていた。この状況でここまで来れただけでも奇跡だ。

 でも今となってはしょうがないけれども、ここはサロベツ原野のど真ん中だ。こんなところで動けなくなってどうしたらいいんだ。終わった。

 ここはお国の何百里、離れて遠きサロベツの、赤い夕陽に照らされて♪

 サロベツに消ゆ!

 現在地、幌延の出口ICあたり。周囲にはなにもない。この危機をどう脱出すればいいんだ?とりあえず携帯だ。おっ、奇跡的に圏外じゃない。まずはレッカーだろうなあ。加入している保険会社にTELし、事情を話した。

「わかりました。幌延ICの出口のパーキングあたりで、オートバイが動かなくなったのですね。オートバイの修理店は、名寄もしくは旭川でよろしいですね。15キロまではレッカー代が無料になりますが、その先は1キロにつき000円になります。あとオートバイショップはお客様の方でお探しください。お客様のご移動の手段は公共の交通機関をご利用いただくのが当社の規定になっております」
『ちょっと待って。公共の乗り物といってもサロベツ原野のど真ん中で、”公共”という概念が存在しないと思いますが?』
「わかりました。そちらはなんとかいたしましょう。ただし、名寄または旭川の修理するバイク屋さんは、お客様がお探しくださいね。それでは後ほどご連絡いたしますので、暫しお待ちください」
 言い方は丁寧だが、内容はきついお話をする女性だった。ぼくの携帯は、ガラケーなのでネットに入れない。はて?どうしたらよいか?そうだ。地元の行きつけのバイクショップに聞いてみよう。

『もしもし店長ですか?ゼファーのキタノです。実は今サロベツ原野なんだけど、レギュレーターが壊れてしまって難儀しています。お手数かけますが、対応できそうなお店をできれば名寄、なければ旭川で探してもらっていいですか。現在、レッカー車待機中です』
「うひあ、サロベツでレギュレーターをやってしまいましたか?それは本当に大変なことになりましたね。了解しました。まずは名寄のバイク屋から探してみましょう。暫く待っててください」

 店長は北海道ツーリング(冬季も含め)を始め、オーストラリアやサハリンなど海外ツーリングの経験もある勇者で、幾度どなく旅先での絶体絶命の危機を切り抜けてきた歴戦の旅系ライダーであった。

 とりあえず、筆者がこの場でできる処理はここまでだと思う。携帯が繋がらなかったらどうなっていたことか?

 後は待つのみ・・・

 携帯が鳴った。

「キタノさんですか。こちらのショップなどどうでしょう。名寄のD二輪商会さん。利用者からの評判がたいへんよいし、かなりきちんとしたバイク屋さんのようです。是非、問い合わせてみてください。本当は福島で部品を取り寄せて、道内のバイク屋さんに宅配できればよいのですがお盆前ですからねえ」
『店長、了解しました。お手数かけて申し訳ない。これからお電話してみます。助かりました』

『もしもし、ぼくはツーリングで北海道に来ている福島のキタノと申します。ゼファーイレブンに乗っているのですが、サロベツでレギュレーターが壊れてしまい難儀しています。稚内ではお盆前なので部品がないといわれたのですが、こちらのお店でなんとかなりませんでしょうか?』
「おかしいなあ。カワサキのメーカーは14日から21日までが盆休みと書いてあったが、今、8月10日だよね。ちょっとレギュレーターの在庫があるかメーカーに確認してみるね。確認がとれ次第、折り返し電話しますわ」

 なんとなく誠意が滲み出るような社長さんの口ぶりに少し、いやかなり安堵していたりする。

 保険会社からの連絡が遅い。もう陽が傾きかけていた。やはりこの時期は、いろいろ混み合うのだろうか?なんて思っていると携帯の着信があった。

「もしもし、キタノさんですか。D二輪商会ですが、メーカーにゼファーのレギュレーターがあったよ。奇跡的に1個だけだったけどね」
『本当ですか。是非、その部品でお願いします』
「発電機とレギュレーターのセットだから、部品代だけで6万7千円もかかりますよ。プラス工賃だから相当な金額になるけどそれでもいいですか。また通常なら宅配で翌日に部品が入るけどお盆前の混雑で、3日ぐらいかかりそうです」
『背に腹は代えられません。よろしくお願いします。後、まだレッカー車が到着していないので、少し遅くなるかもしれませんが大丈夫ですか』
「なんもなんも、気をつけて来てください。あっそうそう、今夜の宿はどうする。近くに格安のビジネスホテルがあるけど予約しておくかい?」
『なにからなにまで本当に申し訳ありません。よろしくお願いします』
 まさに神対応だった。なんて心根の優しい社長なんだろう。本当に困っているときに親切にしてもらえると心の底から嬉しくなってしまうのだ。

 思えば学生時代、初めての北海道ツーリングで多くの皆様に親切にしていただいた感激がはるか後年の現在も北の大地を目指すモチベーションになっていると確信している。

 もしもし、キタノさんの携帯ですか。○○保険の担当の○○です。お待たせしました。ようやくレッカー車が手配できました。間もなくそちらに到着すると思います。旭川か名寄のバイク屋さんをお探しでしたよね。あっ、名寄で見つかりましたか。それはよかったです。名寄でもそちらから120キロ近くありますよねえ。当方の試算だとレッカー代は13万ぐらいかかるかと思いますがよろしいね。

 かなり、いや相当出費は痛い。でもそれしか方法はないのだからお願いするしかなかった。

 やがてレッカー車がやってきた。時刻は17時だ。

 あんたがキタノさんかい。豊富バイパスの終点っていうからさ、豊富サロベツICまでいってしまったよ。でもまあ、しょうがない。さっさと積み込みするかい。

 もちろん筆者も手伝ったのだが、作業が意外に手惑い、出発が18時近くになってしまった。

 年配のがっちりとした体格の運転手さんは、ぞんがい気さくな方で、いろいろな話をした。

 あんた福島の人かい。震災の原発事故は本当に大変だったね。あんなに酷い事故だったのにまた九州の方じゃ原発を再稼働し始めたそうじゃないか。まったくなにも学んでないよね。

 やがて音威子府や美深を通過していく。名寄って意外に遠いって今更ながら痛感した。ようやく名寄のD二輪商会前に到着したのは20時近い時刻になっていた。当然、あたりは真っ暗である。

 なんだか気の毒だからまけとくねと請求された金額は7万5千円。13万円とか覚悟してしていたので、この金額でも安く済んだ思う。運転手さんに世話になった礼をいい、手を振って別れた。

 しかし、こんな時間まで店を開けて待っていてくれた社長にも感謝である。

『福島のキタノです。今回は本当に無理を申しあげてしまい、すいませんでした』
「なんもなんも細かいことは明日話そう。ホテルまで遠くはないけど今夜は車で送ってあげます。着替えとか必要な物だけ持って、さあ、乗った。ご飯はきちんと食べているかい。なに?朝食を軽く食べただけ?すぐ近くにコンビニがあるから、そこで弁当を買うといいよ。ゆっくり休んで疲れをとってください。本当に大変な目に遭ったねえ」
 なんだか社長のお顔が菩薩様のように見えて、少しうるうるしてしまったのは内緒だ。本当に一時はどうなることかと冷や冷やものであった。

 ホテルにチェックインし、ビールを飲みながらコンビニ弁当を食べるとかなり落ち着いた。そして猛烈な睡魔に襲われる。特に明日は急がないからシャワーは翌朝にしようなんて思っているうちにいつの間にか爆睡してしまった。 



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