北海道ツーリング2008















屈斜路湖へ去りぬ



 延泊を決めたはいいが、これからどうしよう。なにもやることがない。とりあえず売店でキーホルダーをいくつか土産に購入する。そして金を払おうとしていると老いた小型犬が足元までやってきてすぐに建物内に消えてしまった。このワンに見覚えがあるぞ。レストハウスのおばあさんが可愛がっていた犬だ。

『おばあちゃんはどうされてますか?』
 俺は若い息子(孫)さんへ訊いてみた。
「祖母は数年前に亡くなりました」
『そうでしたか。残念です。20年以上も昔にとてもお世話になった者です』
 確かに何年も姿を見てなかった。どうやら5,6年前に犬の散歩中のおばあちゃんを見かけ、軽く言葉を交わしたのが最後になったようだ。

 とぼとぼと肩を落としながらテントに戻った。いつまでもだらだらしていてもしょうがない。腹も空いたし、少し出かけてくるか。マシンを引きずり、出口でエンジンをまわした。ぱらぱらと小雨にあたるがカッパを着るほどじゃない。

 そしてすぐに右折。実はおかめ食堂の塩ラーメンが気になっていた。先日は醤油ラーメンだったのだが、他の客が結構”塩”をオーダーしていたもので。
『塩ラーメンと小ライスね』
 ためらわず、おねえさんへ注文した。
「すいません、あいにくご飯切らしちゃったもので」
『そっか。なら塩だけでいいよ』
 暫し待つと塩ラーメンが運ばれてきた。とてもあっさりしていて美味しいのだが、俺はやはり醤油の方が好みだな。飽くまで好みの問題だ。

 ラーメンを食べ終わり外へでた。気温が低く肌寒い日和なのだが、ラーメン効果で暖まった体をマシンに乗せ弟子屈の街まで出る。そしてフクハラで今宵の買い物を済ませ和琴へ引きかえした。なんだか、やることが毎日ワンパターンというかマンネリというか?

 やや晴れ間がでて(和琴上空のみ)陽が少しだけ射してきた頃、テントの前でシュラフやマットを乾したりと細かい雑用をしていた。

 すると・・・

 どこかで見た若者がサイト内を歩いている。誰だっけ?だめだ、どうしても思い出せない。北のサムライも老いぼれてきて、物忘れが激しいもんで?

「あの、永久ライダーを書いている方ですよね」
 彼の方から声をかけてきてくれた。
『キタノだけど、きみは確かサトくんだっけ?』
「そうです。3年前にここで永久ライダーのステッカーを頂戴した者です」
『ああ、思い出した栃木のライダー?』
「群馬です」
『これは失礼。そっか、懐かしいな。あの晩の宴は非常に楽しかったね』
「ええ、とても社交的な旅人がおられて周囲のライダーへ次々に声をかけ人が集まりましたから」
『俺も知床岬縦走の直後でかなりテンションが高かったと思うし』
 サトちゃんは、その後、事故で愛機を失うなどのアクシデントがあり、2005以来の北海道ツーリングとのこと。
『あ、そうそう。15日に穂別でEOCがあるんだが、よかったら参加してみないか』
「ちょうど16日に千歳からスカイツーリングで帰るんですよ。参加します」
 彼は快諾してくれた。

 陽が暮れたら一杯やろうということでサトちゃんといったん別れた。
「いい湖ですね」
 俺が簡単な夕食をとっているとくまちゃんがカヌーで戻ってきた。
「ニジマスが釣れました。マスを釣ったのは初めてなんでとても嬉しいです」
『屈斜路湖を堪能できてなによりだ』
 くまちゃんは本当に湖を満喫したようで上機嫌である。
「あのよろしければ炭を熾してもらってよろしいでしょうか。今、売店で肉を買ってきますね」 
 くまちゃんは、大量の肉や野菜を調達してきたのだが、俺は夕食を済ませたばかりだ。とてもとても食べきれない。こんな時に限って、ふくちゃんも来ないし。

「先輩、どんどん食べてくださいよ」
『いや申しわけない。夕食後だし、俺は近年食がとても細いんだ』
「そう、おっしゃらないで」
 なんて騒いでると・・・
「これどうぞ」
 隣の入れ替わったばかりのファミキャンのおとうさんが、ホタテやらツブ貝を差し入れてくれた。
『きょ、恐縮です。ありがたく頂戴します』
 まさか要らないとはいえないので厚く御礼申しあげた。

 絶対に残してしまうな。俺はふくちゃんのテントまで迎えにいった。
「今夜は後輩の方とご一緒のようなので控えていました」
『若いのに遠慮なんかしなくてもいいんだよ。肉とかたくさん焼いているから、急いでおいで』
「わかりました」
 ふくちゃんが肉を食べ始めた頃、サトちゃんもやってきた。人数が増えてきたのを見計らって、くまちゃんがまた売店から肉を購入してきた。若いふたりが加わったとはいえ、果たして完食できるのだろうか?

 雲は多いが、鮮やかな夕陽が湖面を照らし、直後、天空に幕が降りたようにきっぱりと周囲が暗くなった。俺はゆっくりとマグカップに注いだウイスキーを飲んだ。心地よく酔いがまわっていく。明日は間違いなく和琴を撤収しよう。そうしないとEOC穂別に間に合わなくなってしまう。

 道北周りでルートをとろうと考えていたが、今からでは難しいだろう。釧路へ出て太平洋側から穂別を目指すとちょうどいいかも知れない。とりあえず明日は釧路で宿をとり、娑婆の空気を吸うか。JTBの旅行券も手つかずで残っていることだし。

 ホタテをサバイバルナイフでさばいて焚き火台に乗せた。もう、俺は喰えないので若者ふたりに処理してもらおう。

 またもぐてんぐてんにヨッパになってきたぞ。
「先輩、私もウイスキーもらっていいですか」
『どうぞ』
「いやあ、今夜は楽しい。こういうキャンプって最高ですね」
『とくに和琴だとロケーションも格別だしよ』
「ところで知床岬への記録、いやあ凄まじいものですね。非常に感動しました」
 くまちゃんは終始上機嫌で酔っていた。

 キタノのヨッパトークが炸裂してきた頃、
「あのキタノさんですよね。永久ライダーの」
『そうです』
「岩手のオイカワと申します。ホームページを楽しく拝見しています」
『それはありがとうございます。どうぞ遠慮なく宴に交じってくだされ』
 彼は真面目そうな好青年で、すぐにみんなと打ち解けていた。しかし、なかなか輪に入れないところを勇気を振り絞って声をかけてくれたのだと思う。本当の北のサムライは礼節のある人間には穏やかに接する紳士的なヨッパなのだ。

 やがてサトちゃんが消え、くまちゃんもテントへ入った。俺はその場でバタンキュー。

『おまえらいつまで起きているんだ。若い者同士で露天風呂へいって早く寝ろ』
 ふくちゃんたちに半分キレかかったらしい。というより全然穏やかじゃない。キタノを無理矢理起こして大変な事態へ陥ることを警戒したふくちゃんとオイカワさんは、速攻で風呂に入って寝たそうだ。そして、いつの間にかキタノもテントで爆睡していたのこと。

 ということで今宵の和琴も穏やかに?更けてゆく。

 翌朝、やや寝坊気味に起床。やっぱり頭がいてえ。完全に二日酔いだ。急いで公衆浴場にて温泉へ浸かるもあんまり効果がなかった。

 ほとんど千鳥足でキャンプサイトへ入ると・・・
「間違えたらすいません。もしかしたらキタノさんですか」
 ご夫婦のライダーさんから声をかけられた。
『そうです、キタノです』
「先日、永久ライダーの掲示板へ投稿させてもらったクッシー@ZX−9Rです。本当に会えるもんなんですねえ」
『これはこれは初めまして。15日の穂別でのEOC、是非、参加されてみてください』
「それが日程的に難しそうなんですよ」
 クッシー@ZX−9Rさんは残念そうに奥様と顔を見合わせていた。
『もし都合がつくようであればお待ちしてますよ』
 と、言い残し俺はテントに戻った。もう少し、きちんとお話したかったのだが、二日酔いでふらふらだったので失礼しました。いずれ、ゆっくりとお会いしましょう。
 クルクル目がまわるようが気がするし、気分もすぐれない。

 でもこういうときこそ、しっかりと朝食をとろう。クッカーで米を炊き、おかずは納豆とキムチのみ。野菜ジュースを飲みながら平らげた。

 今日は和琴から完全撤収だ。早めに作業を済ませよう。しかし、またしても天気が悪い。雨の移動は絶対に免れないと思った。
「では先輩、そろそろ出発しますね。本当に去り難いくらい楽しかったです」
 くまちゃんがカヌーで旅立つようだ。
『気をつけていけよ。本来、俺が負担すべきなのに昨夜はみんなの分まで肉やらビールやらをご馳走してもらって、すっかり散財させちまったな』
「いいえ、こちらこそテントの撤収まで終わっているところを引き止めてしまい失礼しました」

ふくちゃんとサトちゃん
 くまちゃんは、ゆっくりとパドルを漕ぎ釧路川へと向かっていく。かなり絵になっているなあ。和琴でいろいろな旅人を見てきたが屈斜路湖から去るってかっこよすぎる。

 まさに”屈斜路湖へ去りぬ”

 さて、残ったメンバーのうち、オイカワくんはテントを張ったまま早朝に出かけたそうだ。
 ふくちゃんは15日に千歳で待ち合わせがあるので、本日中に長駆”穂別キャンプ場”を目指すそうだ。サトちゃんは、どうすんだろ?訊いてなかったけど15日にEOC穂別で再会しよう。

 誰もが皆、旅の途中だ。

 自由に自分の旅を北の大地へ描いていけばいいことだ。新たなる旅の軌跡を求めて。

 テントを撤収し、莫大な荷物をリヤカーに積んでキャンプ場の出口まで運んだ。もう一度引きかえし、大汗かきながら引きずってきたマシンへ荷物を積みパッキングを済ませた。

 お盆に入った和琴の混雑は、もう阿鼻叫喚の様相である。

 マシンへ火を入れた。管理人のおじさんの姿も目に入ったが、こんな時に声をかけられたら迷惑だろう。

 霧雨の中、俺は静かにスロットルをあげ、少しだけ屈斜路湖を振り返った。

 あまりの和琴の居心地のよさについ沈没していたらしい。



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