北海道ツーリング2008








夜の釧路駅前



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釧路にて



 ずうっと雨・・・

 カッパを着込んで霧に煙るR391をひた走る。天気の悪い日のツーリングは本当に気持ちが萎えてくる。シラルトル湖〜塘路湖〜達古武沼あたりを過ぎると峠道となり、覆道やトンネルが多くなってくる。

 やはり覆道内でバンクしていると腕の力が抜けてきて、意識が朦朧としてくる。日勝峠以来、意識障害がすっかりトラウマなったみたいだ。これではいかんと途中、PAで停車し、煙草を吸ってテンションをあげようと試みたが、あんまり効果はなかった。

 まあ、それでもなんとか釧路駅前まで到着する。

 今夜はJTBの旅行券を使ってホテル泊としよう。駅前にマシンを止め、構内を歩き回るもJTBの営業所が見あたらない。やむを得ず交番で訊くことにした。

『失礼します』
 と、引き戸を開けるとあばさんがひとり佇んでいた。警官ではない。案内専門の方のようだ。

『すいません。ここいらでJTBの営業所などありませんか』
「JTBって、昔の日本交通公社ですね」
 しかし交通公社って呼び方、何年ぶりだろう?俺の高校時代の修学旅行を請け負った業者がJTBならぬ交通公社だった気がする。
『昔は、そういう呼び方を確かにしていましたね』
「交通公社は、駅前ではなく、国道からガス会社へ向かい5差路の交差点方面へ右折して、左から2番目の道路へ入るとイトーヨーカ堂があります。その店舗内にありますよ。今、地図のコピーを差し上げますね」
『ありがとうございます』
 俺は礼を言いつつ外へ出た。なんだか複雑そうな道のりだが、なんとかなるだろう。

 釧路の市街地は、どうにか雨があがってきた。とにかくおばさんにいわれた通りにマシンを進めていくとイトーヨーカ堂へ辿り着いた。釧路って、ぞんがい奥の深い町だと思う。市街地の街並みに長い歴史を感じてしまった。

 JTBの窓口では担当のおねえさんからPCで宿の検索をしていただく。
「3つほどホテルがありますが、どちらになさいますか」
 プリントアウトされた用紙を覗くと釧路東急インがある。ここなら以前に泊まったことがあるし、感じもよかったので躊躇わずに決定した。そして旅行券で支払いを済ますとお釣りも旅行券で返ってきた。ついでにEOCの後の16日の札幌の宿の予約もここで済ませた。

 踵をかえすように釧路駅前に向かったのだが、袋小路のような道のりで行きとは、まったく違うルートになる。それでも駅前に戻ったのだからよしとしよう。
 せっかく釧路に来たのだから和商市場で勝手丼を食べるか。

 近くの弁当屋で小ライスを購入し、適当に入ったお店で魚介類を乗せてもらった。

 まあ、確かに美味しいけど、これだけ和商に通っていると流石に飽きてもいた。でも幻のブドウエビが奇跡的に店頭に並んでいたので、思わずラッキーと独りごちてしまった。葡萄エビは本当に甘くて美味しい。サービスのタラコも嬉しかった。
 東急インへ入った。立派な駐車場なのにバイクの駐車料金が無料というサービスはいつもながらありがたい。

 クーポンを渡すとシングルルームへ案内された。いや、久しぶりに俗社会に還った。熱いシャワーをたっぷりと浴び、ベットに転がる。まさに天国だ。などと悦に浸っていると携帯が鳴った。

「ぜんぜん、連絡がないから、なにか遭ったのかと心配しちゃった。なんかねえ、家の周りでカラスの鳴き方が、ここ数日不気味だったの。大丈夫だった?」
 妻からだった。
『連絡しなくて済まなかった。元気に旅を続けてるよ』
 さりげなく答えた。敢えて”日勝の怪”の出来事は口にせず携帯を切った。

 さて、久々に夜の街へくりだすか。和商で勝手丼を食べたばかりなので、腹はへってないが娑婆の匂いがそろそろ恋しかった。多少、身づくろいを整えて星空の観えない街へ出た。そして東急インのすぐ裏手にあるキタノいきつけの居酒屋”酒楽”の暖簾をくぐる。どうしたことかあのマスターのおじさんはおらず、店員のおばさんばかりだった。

「いらっしゃい。なにになさいます」
『とりあえずビールをもらおうか』
 イカ焼き、マカロニサラダなど、お通しの量は相変わらず多い。

「おつまみは?」
『なにがお薦めなんだい?』
「大皿に乗せてあるムキガレイがとても美味しいですよ」
 俺は、隣の皿のカスベが気になっていたのだが、そんなにムキガレイを勧めるのなら食べてみよう。
『じゃあ、ムキガレイをひとつもらおうか』
「ありがとうございます。ムキガレイは表面がザラザラしているから正式にはサメガレイというのです。食べやすくするのに表面を剥くように削るのでムキガレイと呼ばれていますが美味しいですよ」

カスベ
 ムキガレイは甘いタレがよく沁みこんでおり、とても美味しかった。ビールの杯も進む。それにしてもカスベが気になる。カスベはカレイに似ているがエイの仲間だ。近年はあまり魚屋でも見なくなったが、子供の時分はよく食べていた。翌朝、余ったタレがゼラチン状にかたまり、ほかほかご飯に乗せるとまた融けだし、絶妙な味になる。カスベの煮コモリというやつだ。懐かしいカズベを眺めながらふと自らの少年時代を彷彿してしまうキタノだった。
『マスターは引退してしまったのかい?』
 俺はツブ煮込みを頬張りつつ、おばさんに訊いてみた。
「え、マスターが引退?」
 彼女はカウンター席に座って隣の御人と話し込んでいる男性の方を爆笑しながら見つめた。
「こちらのお客さんが、マスターは引退したのかだって」
「冗談じゃないよ。俺はまだ64だよ。引退には早いべさ」
 おじさんは噴きだし、やがてカウンターの中へ入った。

ツブ貝
「あんたのこと覚えているよ。以前に何度か店に来てくれた福島の人だよね」
『マスターの顔がカウンターの中に見えなかったもので失礼しました。2002年の夏、2004年の冬に来ました。だから4年ぶりかな。よく覚えていてくれました』
 俺はビールから冷酒に切り替え、ゆっくりと杯を傾けた。

「近頃、メンメの値段が上がってねえ。すっかり高級魚だよ。いいモノは競にかけるまえに大阪方面向け梱包されちまうんだ。値段は競の最高値と同じになる。そして高級料亭あたりに出荷される時代になったんだ」
『大阪でもメンメっていうのかい?』
「いや、キンキだかメンメだか、どうよばれているのかはわかんねえな」
『最近はあんまり区別しないという話も聞きますが?』
「いや、キンキとメンメは見た目は似てるが全然違う。キンキは刺身にできるがメンメは焼きだけだ。あとキンキの骨は硬くて喰えないけどメンメは骨まで喰える。少なくてもこの周辺の人間は区別してるな」
 サービスといいながら、マスターは珍味のカジカの揚げ物を出してくれた。

 マスターと楽しくメンメ談義をかわしているうちに夜も更けてくる。
『ご馳走様、そろそろいきます』
「お客さん、次回は何年後にくるの?」
 去り際に店員の明るいおばさんから訊かれた。
『2年おき、4年おきだから、次は8年後かな?』
 と、いうとおばさんが噴き出していた。
「おい、8年なんていったらよ、俺の寿命が尽きちまうよ。もっと早くおいで」
 おじさんも笑いながら手をあげていた。
『了解しました。近年中にやってきます』
 少し千鳥足でホテルへ戻った。そしてベットに横になった刹那、俺の意識が消えた。

 翌朝はとてもすっきりとした気分で目覚めた。シャワーを浴び、バイキングで久々に豪華な朝食をとる。

 食後、コーヒーを飲みながらルートを確認した。とりあえず予定通り海沿いを南下していくことにする。天気もまあまあだ。

 マシンへ荷物のパッキング済ませた。テントの撤収がないと本当に楽だ。なんだか今日もホテル泊をしたい気分になったが2日連続宿をとるのは贅沢だと自戒する。どこか適当なところで野営しようと思いながらスロットルをあげた。

 釧路市街、お盆だけあって非常に混雑していたが、白糠あたりを通過する頃には流れがスムーズになる。しかし、ガスが出始め非常に冷え込んできた。この旅では、ここ3年ばかり猛暑が続いたせいか、油断してインナー用のダウンのジャケットを忘れてしまっている。なんと忘れ物の多い旅だろう。

 寒い寒いといいながら走っているうちに”うらほろ森林公園”キャンプ場付近まで到達する。いくらなんでもまだキャンプには早いだろう。近くにあるファミレスで昼食をとることにした。 

スパカツ
 14時近いわりに家族づれの客が多く、店内は非常に混みあっていたが、どうにか席に座れた。メニューを見るとスパカツがあった。これが噂のやつか。本家は釧路の街中にある”泉屋”だが、釧路周辺に広がりつつある大人気の料理なのだ。

 俺はためらわずスパカツをオーダーする。暫し待つと運ばれてきた。ボリューム満点だ。鉄板で焼いたスパゲティに豚カツが乗り、ドバっとミートソースがかかっている。
 でも朝食バイキングで食べすぎたせいか、俺は途中で腹が苦しくなってきた。というより量が多すぎる。スパカツは決して不味くはないが、やや味が単調なので終わりの方は飽きてしまった。とにかく、腹パンパンでレストランを出た。

 途中、セイコマで酒や食料などを調達し、寒さにぶるぶる震えながらアクセルを握り続けた。今宵はいつものように晩成温泉でじっくりと暖まってキャンプしよう。

 昨年は、周囲にコンビニはおろか、なんにもなくてえらい目に遭った記憶がふと蘇えった。今回はばっちり買い物は済ませたので、その点は安心だ。

 それより・・・

 寒いっ!

 ほとんど絶叫しながら北のサムライはナウマン国道を駆け抜けていった。



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