北海道ツーリング2008








ふくちゃん、キタノ、イトウさん(画像:AOさん提供)







ヨッパライダー全開



 フクハラで買い物を済ませ、和琴へ到着すると、もうあたりは暗くなりかけていた。
「おかえりなさい。今日はどちらまで?」
 隣のテントのおかあさんから、さっそく声がかかった。
『ただいま戻りました。別海なんですけど、ずっと曇りで肌寒かったです。天気がいいのは、このあたり上空だけでした。和琴の奇跡というやつですよ』
 おかあさんは話が見えないような感じだったが、やがて噴き出した。

 売店に肉を買いにいくと、
「いや、ファミリーサイトからバイクの音がうるさいってクレームがきちゃって参った。荷物満載での最初の乗り入れのときも撤収のときもキャンプ場内でエンジンをかけるのは一切禁止にしたよ。苦情がきたからには大目に見てやることができないわ」
 管理人のおじさんが嘆いておられた。

 さて、飯の準備でもするか。でもなんだか、ポークチャップの影響で腹がぜんぜん空いてない事実に気づく。とりあえず冷え込んできたので、缶ビールを片手に炭を熾すことにした。

「キタノさん」
『おう、これはEOCオールスターズのイトウさんではないか』
「今年も和琴で会えましたね。今日はどちらへ」
『別海でポークチャップ食べてきたよ』
「それだけですか?」
『そう、それだけ。実はまるっきり、やる気がでないんだ』
 俺の台詞にイトウさんは爆笑していた。
「今、道具を持って移動してきますね」

 やがて焚き火台を囲むようにAOさん、イトウさん、やや遅れて、大量のウィンナーの差し入れを持参したふくちゃんが加わり、4人の宴となる。

 AOさんは、昼間からビールを飲んでいたらしく、すでに酔い心地のようだ。俺はAOさんから一切エンジンをかけることの禁止令の真相を訊きたかった。
『俺は、流石に明日は撤収して道北方面へ向かうつもりなんですが、撤収の時もエンジンをかけるのが禁止になりましたね。日中になにが遭ったんですか?』
「ハレー乗りとかが、キャンプ場へ入ってきて、あんまりブカブカとアクセルを吹かすもんだから、ファミリーサイトの人たちから大顰蹙を買ったみたいだよ」
『まったく余計なことをしてくれましたね。とばっちりは無関係のツーリングライダーが全部受けるわけだ。明日は、この大荷物を抱えて、どうやって和琴を脱出しようかな』
「私は売店の近くにバイクを置いたからなんとかなりそうです」
 AOさんが珍しく相当酩酊した様子で呟いた。

 スカイツーリングで渡道してきたイトウさんは、14日に千歳空港から帰還するので、残念ながら15日の穂別のEOCには参加できなくなってしまった。
「キタノさん、昨日はどうされていたんですか?」
 イトウさんが、興味津々で訊いてくる。
『きのうの俺か?ちゃんと観光してたよ。900牧場という見晴らしのよい丘陵地帯を楽しんできたよ』
「それって、どこですか?」
『弟子屈の飛行場の方です』
「すぐ、近くじゃないですか?」
『いやあ、もう、この周辺で俺の見るべきところは皆無なのだよ』
 またもイトウさんに痛いところをつかれ、俺は頭を掻きだした。

 このあたりで、イトウさんの携帯が鳴る。奥様からのようだ。彼は本当に愛妻家なので、楽しそうに奥さんへ旅の報告をしていた。
「キタノさんによろしくって、妻がいってました」
 そういえば、俺は旅に出てから一度も女房に連絡してなかった。どっぷりと非日常に浸かっていたので、なんだか叱られそうな気がした。明日にはTELしようかな?

 炭火の勢いが弱まってきた。俺はトーチで強引に着火を始めた。
「キタノさん、ほとんど楽しんでますね」
 イトウさんが笑っていた。
『そうなんだ。実はトーチでの炭への着火ってかなりストレス発散になるんだよ』
 俺はふくちゃんの差し入れのソーセージをもりもりと食べながら答えた。

『しかし、和琴みたいなキャンプ場が道央あたりにもあったらいいな』
「そうですね。近くに露天風呂とかあったりしたら最高ですね」
 イトウさんが相槌を打った。
『俺はよ。本当に和琴が好きなんだ。学生の頃から使っているから思い入れもあるしね』
「和琴のようなキャンプ場は道央にもありますよ。たとえば沙流川とかね」
 AOさんが呟く。
『しかし、あのキャンプ場はねえ』
「以前に沙流川でIWAさんが夜遅くにヨッパになり騒いで、隣のテントのおばさんから注意されたことは例外だよ。あのおばさんたちは、キャンプ場がガラガラなのになぜか我々のすぐ横にテントを張ってきたんだしね」
 札幌のIWAさんの話が出たとたん、タイムリーにIWAさんから俺の携帯に着信が入った。
「俺はウスタイベ千畳岩キャンプ場なんですけど、キタノさんは今、どちらですか?」
『ずっと和琴だよ。AOさんたちもいるよ』
「そうでしたか。あと2時間も走れば皆さんと合流できたのに残念です。ここのキャンプ場もかなりお薦めなので機会があったら利用してみてください」
 今宵のIWAさんもかなりヨッパの様子だった。また、いずれ一緒にキャンプしようということで携帯を切った。

 このあたりから、俺自身も相当ヨッパになってきた。

『しかし、イトウさんよ。そんなに薄着で寒くないのかい。俺はジャンパーの下にフリースまで着込んでるよ』
「なんだか周囲のキャンパーが薄着なので油断していました」
 彼は、そういいながら長袖に着替えてきた。

 そしてシモネタ発言も炸裂してきた頃、5分間ライダーが今夜もやってきた。
「永久ライダーのホームページはオレも見ています。しかし、キタノさんが、こんなにエロい人だとイメージが狂いますよ」
『なんだ、今夜もいたんだ?遠慮せずに一緒に飲もうぜ。なんてったってEOCって集いは、エロ・オヤジ・キャンプの略なんだよ。そして、その首謀者のエロオヤジが俺だ』
「本当ですか?」
『嘘です。EOCは、永久ライダー・オフ・キャンプのことです』
 俺ももうわけがわからなくほどヨッパになっていたけど、5分間ライダーの乱入で、さらに宴が盛り上がっていく。

 ここで、AOさんは完全にダウン。テントに戻って休んだらしい。そして残ったメンバーで露天風呂へ向かう。本当にベロンベロンで温泉に浸かりながら混浴ライダーのことを思い出した。彼はとうとう和琴に現れなかった。明日は俺自身、そろそろ次の野営地まで移動しないといけないのだが、混浴ライダーは今頃、どこでどうしているのだろうか?

 なんて考えていると露天風呂の中で、半分眠ってしまう。

 イトウさんは、先に露天風呂におられたオジサンとすっかり意気投合して盛り上っていた。ビールまで頂戴していたようだ。俺は湯から上がり、着替えて横になった。すぐ脇が源泉なので暖かくてとても気持ちよいと思っているにうつらうつらと安らかに寝入ってしまう。

「さあ、キタノさん帰りますよ」
 俺の扱いを熟知しているイトウさんから起こされた。

 以前、酔っ払った若いライダーから強引に両脇を抱えられ、胸に掌の青痣ができるほどの激痛が走りキレてしまったことがあった。

 まあ、とりあえず悪ふざけだったらしいが、意味もわからず痛い目に遭わされると俺(俺じゃなくても怒ると思う)は自分自身の抑えがまったく効かなくなるようだ。

 つまりデンジャラスなモードに一瞬で切り替わるキタノの因果な性分をイトウさんは充分心得ている。

『俺は、もうここで寝るよ』
「そんなこと言わずにテントに戻りますよ」
 俺はふらふらになりながら、ようやく立ち上がり、イトウさんとふくちゃんから両腕を抱えられるようにしてテントへ入る。
「これは、さっきのオジサンからの差し入れです」
 イトウさんが、俺のテントへよくギンギンに冷えた缶ビールを置いていったが、最早、意識朦朧となり、すぐに爆睡してしまう。

 このあたりの経緯は、ヨッパな俺が覚えているはずがない。翌日、ふくちゃんから、ほとんど訊いたことを活字化しただけである。今宵の俺は本当にヨッパライダー全開だったようだ。

 翌朝・・・

 頭が痛い。いつもごとく二日酔いで和琴の公衆浴場へ向かった。そして、ゆっくりと温泉に浸かると楽になってくる。

 俺もそろそろ移動だな。とりあえず稚内へ向かうことにしよう。なんて考えながら、サイトへ戻るが、俺のクッカーとかがないぞ。どうやら、昨夜、ヨッパになったAOさんが、全部自分のテントの方へ運んでしまったらしい。とりあえずAOさんのテントの前から、キャンプ用の食器数点を回収した。
 クッカーで飯を炊く。おかずは納豆とキムチだ。味噌汁はシジミ汁。これぞ日本の朝食だ。

 本当に美味しい。実は昨年、イトウさんが朝食のおかずにキムチを加えているのを見て俺もこの旅では真似ているのだ。

 やがて起きだしてきたイトウさんに、
『俺も納豆キムチが気に入ったよ』
 と、いうと彼は屈託のない笑顔を見せていた。
「今朝、カラスが集まってきて大変だったの。食料とか大丈夫だったかしら?」
 隣のテントのおかあさんが、心配そうに昨夜の宴の場所を見つめていたが、被害はなさそうだ。そして、イトウさんやふくちゃんが、同じ場所で朝食をとり始めていた。

 イトウさんは、テントを張ったままにして、道東を楽しむそうだ。

「キタノさん、またそのうち会いましょう」

イトウさん
 買い換えたばかりのBM1200GSを押しながら出撃していった。

 俺もテントを撤収しよう。外張り、インナーテントなどをすべて袋に納めた。

 その時、
「キタノさんですよねえ」
『はあ、そうですけど』
 見知らぬ、お若いライダーさん?から声をかけられた。でも次のセリフがないから会話が続かない。やむなく俺は撤収作業を継続した。

 撤収作業へ没頭していると、いつの間にか”キタノさんですよねえライダー”は消えていた。

 そっちはネットで俺のことを知っていても、自分はこれを読んでいる人のことを基本的に知るよしもない。大抵のことなら看過もしよう。ただ、初対面の人間に挨拶をして名乗りぐらいあげてもバチはあたるまい。

 隣のテントのおかあさんも今日は札幌に引き上げるそうだ。しかし、ファミリーテントの撤収作業も女手ひとつで手際よくこなしている。
『手伝いますか?』
 見かねて声をかけるも、
「全然、平気ですよ」
 と、笑っておられた。なんという達人なのだろう。

 AOさんもようやく目覚め、朝食をとっていた。

 その時・・・

「先輩、ここに来れば、あなたにお会いできると思いましたよ」

くまちゃん
 そういうきみは、以前、同じ職場(俺は以後二度ほど転勤した)に勤めていた後輩の”くまちゃん”じゃねえか?

『どうしてここへ?』
「釧路川を源流からカヌーで下ろうと思いましてね。今日は釧路川が悪天候で波が荒れているから、キタノさんゆかりの和琴キャンプ場で1泊するつもりでした」
 せっかく昔馴染みのくまちゃんがやって来てくれたのに、俺が移動しちまったら、北のサムライの男が立たなくなる。

 俺は本日の撤収を潔く断念することにした。そして、一度撤収したトレイルトリッパーの設営をまた始めた。まるでミットウエイ作戦のように。

「あら、せっかくたたんだのにまたテントを張るのですか」
 おかあさんが驚いていた。
『ええ、ちょっと事情がありまして』
「それはお疲れさま。わたしは、これで帰りますね。お世話になりました。本当にこれでサヨナラですね」
 おかあさんは、にっこりと素敵な、そして哀しげな笑顔を見せて踵をかえした。
『こちらこそ、本当にありがとうございました』
 なんだか恋人同士の永久(とわ)の別れみたい。なんてメロンチックな、もといロマンチック(ほとんど妄想)な見送りをしていると、
「キタノさん大変です。弟子屈は雨です。というより和琴以外、道東は全部雨模様のようです。オレは十勝方面へ撤退しますね」
 イトウさんが引き返してきた。
『十勝なら目指す野営地は航空公園キャンプ場あたりかい』
「たぶん、そうなると思います」
 彼も慌ただしくテントを撤収していった。
『気をつけてな』
「では、また会いましょう」
 イトウさんは、本日二度目の別れの挨拶を済ませ、旅立った。

「ぼくは網走方面へツーリングしてきます」
 ふくちゃんも出撃していく。

「ワタシは待ち合わせがあるんで、大樹町のキャンプ場へいきます」
 AOさんは今日で和琴から完全撤収。
『では15日に穂別のEOCで再会しましょう』
「了解しました」
「今の方はAOさんとおっしゃる方ですね。なんだか有名な方ばかりですね」
 くまちゃんは、とても恐縮していた。
「今日は、のんびりとカヌーで釣りをしながら、屈斜路湖を楽しみますよ」
『和琴半島の先っぽにオヤコツ地獄という源泉があるから、そこも楽しんでくるといいよ』
「了解しました」
 くまちゃんは、悠々とパドルを漕ぎながら沖の方へ向かっていく。

 やがて、その姿は見えなくなった。
 ということで、今日一日俺はどうやって過ごそうか?とりあえず、また洗濯でもするかいな?どうせ和琴以外は、どこへ行っても全部雨だろうし。

 俺の和琴からの呪縛は、まだまだ解けないようだ。



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