北海道ツーリング2008








穏やかな屈斜路湖







宴たけなわ



 早朝に目覚め、日課の公衆浴場へ体を流しに向かった。人の気配のない温泉を今朝もひとり楽しんでいたのだが、若い夫婦?まあ、つまりカップルの声が脱衣場の方から聴こえてきた。

「ほら、誰か入っているわよ。あたしは混浴やだからね」
「嫌なら入らないで、先に戻ってろ。まったくうるせえなあ」
 すると浴室のドアが開き、
「やっぱり人がいたよ」
 若い女が浴室を覗いた。なんだか感じが悪い。
「まったく、中を覗いてんじゃねえよ。なに考えてんだか」
 男の呆れた声がした。

 その時、目を疑う出来事が・・・

 童顔の学生風の青年?いや少年2名が服も脱がず、スリッパのままで浴室に入ってきたではないか。そして足湯をおっぱじめた。おまえら一応、公衆浴場なんだけどと言おうとした直前、
「まったく、土足で浴室に入るやつもいるしよう」
 着替え中の男の声だ。
「オレたちのこと言ってんのかなあ?」
 この少年たちは、今、現在、自分がしていることを他人事のように考えていたようだ。
『おめえら以外に誰がいるんだ?風呂に土足で入ってきて、足湯するこんこんちきって、おめえらだけだろうが』
 俺は少し言葉を荒げた。
「・・・・・・・・・・」
 だが、無視される。

 やがて、男が入ってきたが、背中に凄いモンモン(彫り物)しょっていた。しかし、なんだなあ、今度は、このガキどもを庇わないといけなくなりそうな険悪な空気が漂い始めたが、男はぞんがい静かに湯に浸かっているだけだった。でも、この重い雰囲気にいたたまれなくなった少年ふたりは青ざめた顔をしながら裸足で脱兎のごとく逃げ出していく。

 その後、男とふたりきりになるも会話もなく終始無言で温泉に浸かり続けていたら、湯あたりして気分が悪くなってしまった。俺は、ほとんど、ふらふらになりながらサイトへ戻るはめになる。早朝からかなりハードな展開で疲れ果ててしまった。

 ふと湖面を見渡すと大荒れだった屈斜路湖も荒らしが去り、穏やかに凪いでいる。付近の山々も霧が晴れてきた。今日は間違いなく晴れるだろう。
 とにかく朝食にするか。周囲のキャンパーたちも、そろそろ起き始めてきたようだ。
『おばさん、玉子をひとつください』
「はい、30円ね」
 売店で格安のタマゴを購入した。クッカーで米を炊き、昨夜購入していた納豆2パックをシエラカップへ投入し、かき混ぜる。そこへ生卵をぶち込み、再びかき混ぜた。これぞ日本の朝食最強のおかず”玉子納豆”である。本当になまらうめえのう。あっという間に平らげてしまった。
 その頃、昨夜遅くに和琴入りした学生ライダーもようやくテント内から這い出してきた。

「おはようございます」
『おはよう』
 言葉少なに挨拶を交わしたが、純情そうな顔の彼はテントを引きずるようにライダーサイトへ避難、いや、移動してしまった。やはり俺のことを怖れていたのか?まあ、去るものは追わずだ。

 その後、逆隣のファミキャンのおかあさんも起きてきて、
「おはようございます。夕べはどうも」
 とってもいい笑顔で挨拶をしていただく。

 しかし、暑い。俺は海パンに着替え湖へ入ってみた。水は冷たいけどとても気持ちよかった。その後も隣のテントの小さい娘さん2人と存分に湖水浴を楽しんでしまう。俺は顔に似合わず子ども好きなもので。近年、ほとんど男にしか声をかけてもらえないけど女(若すぎるって)も大好きです?そんなこんなで、午前中があっという間に過ぎていった。

 そろそろ飯でも食べにいくか。着替えてマシンに跨ると、
「行ってらっしゃい」
 おかあさんから声をかけていただく。いや、なんだか照れますなあ。本当に家族でファミキャンに来ているみたいで。
『行ってきます』
 と、スロットルをあげたのではなく重いマシンをキャンプ場の出口まで引きずっていった。あんまりカッコよくないと思う。
 ゼファーを始動したのはいいが、すぐ近くの”おかめ食堂”で昼食タイム。なんだかやる気というか覇気がない。

 古い造りの店内に入るとラーメン屋独特のガラの匂いが立ち込めていた。俺はチャーシュー麺と小ライスをオーダーした。

 おばあちゃんと孫だけでやっている昔ながらのラーメン屋という感じである。
「これから士幌に連れが来るんで会いにいくんだ。昨日来たら休みだったんでがっかりしたよ」 
 店内にいたライダーのひとりが、おばあちゃんにいろいろ話しかけていた。
「そうかい。うちは週末は休むもんでね」
 ばあちゃんは、適当に相槌を打っているように見えた。
「またくるよ」
 そういい残してライダーは去っていった。

「ああやって何ヶ月も遊び暮らしているんだって。まだ若いのに仕事もしないで、本当になに考えているんだかねえ」
 と、周囲の客に愚痴っていた。

 基本的に俺は人の勝手だと思うが、長期滞在者の地元民の現実の評価って、こんなものかも知れない。やはり一番偉いのは、真面目に仕事をして家庭をきちんと守っておられる日常に疲れたおとうさんなのだろう。旅は飽くまで趣味に過ぎない。

 いみじくも樹海苑のおばちゃんも言っていたが、こんなご時世のなか仕事もしない(しようとしない)で長期間遊び呆けている人は北海道では男としてやっぱり認められないらしい。

 それより、ここの醤油ラーメンは昔懐かしい味で本当に美味しかった。俺が子どもの頃に食べていたあっさり味の中華そばに酷似している。ライスを頼むとサービスでついてくる茹卵や漬物も嬉しかった。

 ちなみに醤油ラーメン、塩ラーメンとも400円。チャーシュー麺は600円という破格である。

 さて、天気もいいので少しは近場の観光でもするか。 
 ということで、弟子屈の市街地から桜ヶ丘公園キャンプ場を抜け、小高い丘を登った。

 900牧場という眺望のよい小高い草原だ。標高は低いが360℃近く、なんでも見渡せる。硫黄山方面を眺めると、あのあたりが去年、猛暑のなか踏破した摩周岳だなと確認することができた。

 ここは観光客も少なくて、ゆっくりとくつろげる穴場かも知れない。
「うちのソフトは美味しいですよ」
 売店のがっちりとしたおばさんが、開口一番言っていた。
『そうかい。だったら、1本もらおうか』
 ここのソフトクリームは濃厚でマジで美味しかった。

 抜けるような青空のもと、ソフトをなめながらぶらぶらと歩きまわる。しかし、本当に広大な牧場だなあと俺はひとりごちた。
 展望台の裏手へいってみると子どもたちが、ポニーとたわむれている。暫くするとポニーも疲れたのか犬のように横たわってしまった。

『おまえら、ポニーといえども馬なんだから馬らしくしなさい』
 一応、叱咤したのだが、ポニーたちもなんだかやる気がなさそうである。

 そんな光景を目にしながら、俺もそろそろ和琴へ引き返そうと思うなり。
 湖心荘の方から、メインスイッチを切り、マシンに跨ったまま惰性でキャンプサイトへ突入した。

「おかえりなさい」
 隣のテントのおかあさんがにっこりと微笑みながら声をかけてくれた。
『ただいま戻りました』
 俺はサイドスタンドを立てながら言葉を返した。

 直後・・・

「キタノさん、どうも」
 懐かしい声がした。おう、AOさんではないですか。実に2年ぶりの再会である。既にビールを軽く飲まれていたらしい。
「腹、出ましたね」
 早々に出鼻をくじかれた。この夏のキャンプ旅では俺もビールばっかり飲んでいたもんで?
『いやあ、本当にお久しぶりですね』
 2年ぶりといっても和琴で再会したのは、随分前のような気がする。2003年以来かな?
「ところで、なんでファミキャンサイトにテントを立てるの?」
『なんだか、俺はこっちの方が性に合っているようです』
「いろいろ大変そうですねえ」
 ここでテントを張っている経緯を話すと旅のつき合いの古いAOさんはすべてを得心したようだ。
「実はツーリング用の荷物を持ち上げたら、すっかり腰を痛めてしまいましたよ」
 俺も”日勝の怪”の詳細を話した。とにかくお互い歳をとると以前と違い難儀なことが増えてくるらしい。

「キタノさん、後ほどそちらに伺いますね」
 昨夜のFUGさんも帰還してきた。
 美幌峠の方向へ静かに夕陽が沈んでいく頃、目立たないファミリーサイトの一角でAOさんとビールを飲み始めた。

 そういえば混浴ライダー(ミヤタ)は、どうしているのだろう。お盆が近い和琴で、こういうシチュエーションになると、いつも決まって彼は彗星の如く現われるのだが、このところまったく音沙汰がなかった。

 混浴ライダーは何処に?
「米は炊かないんですか」
 AOさんは既に南部鉄釜へ米を浸し終えていた。
『では、そろそろクッカー炊きの神様の技を披露しますか』
「あんまり、大きなことをいって失敗したら、赤っ恥ですよ」
 と、AOさんから、たしなめられた。しかし、ご覧の通り、俺が炊いた飯は完璧な仕上がりだ。カニの穴まで開いている。

 筋子をおかずに簡単な夕食をすませた。
 ここでFUGさん登場。
「私は仕事の帰りが遅いので、普段、あまりお酒を飲まないのですよ」
 彼は弟子屈周辺の地理に詳しく、お薦めのラーメン屋などを熟知していた。ところが不景気のせいか、贔屓にしていた中華料理店が閉店してしまい非常にがっかりしている様子である。
「この事実を便利帳へ報告しないと」
 その後も便利帳さん、というより管理人のちんさんの話題を盛んにされていた。本当に二輪便利帳というサイトにぞっこん惚れ抜いておられる様子だ。 

顔真っ赤、ヨッパなキタノ(画像AOさん提供)

画像AOさん提供
「キ、キタノさん。永久ライダーのキタノさんですよね」
 いきなり俺のところに慌てふためいた様子の若者がやってきた。まるで土下座をするように。
 もう、このシチュエーションはいい加減飽き飽きだぜ。
『ああ、俺は確かに永久ライダーのキタノだ。逃げも隠れもしねえ。キタノだからどうしたってえんだ?』
 このあたりは、多分架空です。
「知床岬を目指して検索したら永久ライダーに辿り着きました。そして自分には無理だと思いましたけど感動しました。ぼくは、ふく○といいます。あと”真夏の夜の夢”も非常に感銘いたしました。あのストーリーは本当に素晴らしい」
『とういうよりダニエルさん、もとい”ふく”ちゃん、昨夜、俺の隣にテントを張って今朝一番にライダーサイトへ逃げ出した学生さんじゃないか』
「ええ、まさかキタノさんとは知らなかったもので、失礼しました」
 ふくちゃんは、昔の映画になったが”ベスト・キッド”の主人公ダニエル少年へキャラが酷似していた。

 とういうわけで、AOさん、FUGさん、ふくちゃん、そして俺の4人の宴に突入する。ダニエルさん(ふくちゃん)は、おかめ食堂で手に入れた”いもだんご”を提供してくれたが、もう誰もが満腹だった。

 さらに見知らぬライダーから、イカサシを造り過ぎたので食べてくださいと大量の刺身を差し入れていただく。本当にありがとうございました。
『5分間だけ宴に交ぜてください』

 とあるライダーがやってきてすぐに消えていく。そんなことを言わずに一緒に飲もうぜ。
『俺が彼と同じ立場なら寂しい思いをしただろうな』
 なんて独りごちていると、ふくちゃんが気をきかせ彼を迎えにいってくれた。でも、なかなか5分間ライダーは帰って来なかった(終わりごろに少し顔を出したかも?)

画像AOさん提供
 その後も熱く語り合ったが、お酒があまり強くないFUGさんは先に休んだ。

 暫し、残りの3人で飲んでいたが、体が冷えてきたので寝る前に露天風呂にて体を暖めることにする。

 露天風呂に浸かると、
『AOさん、異様に熱いです』
 俺は思わず絶叫してしまう。
「そっちじゃなくて、湖の方だとぬるいですよ」
 移動すると本当にぬるい。ただ、AOさんが深夜露天風呂に浸かりながら例年見て(見えてしまって)いた摩訶不思議なモノ?は今宵は現れなかった。

 旅を長くやっていると、いろいろ理屈で解明できないこともあるのだ。

 ふと上空を見上げると知床岬を縦走中に観たミルキーウエイに匹敵するぐらいの無数の星が光り輝き、ちっぽけな俺を見つめていた。

 今宵、あとの記憶はない。




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