北海道ツーリング2008








荒れる屈斜路湖







和琴沈没



 あたりが明るくなってきた頃、俺は目を醒ました。なんだか少し頭が痛い。ひとりで飲んで二日酔いになってりゃ世話ないな。

 湖からは激しい波の音がした。まだ風が収まらず天気もよくないようだ。昨日とはうって変わった荒天の和琴半島である。

 まず湯を沸かし、酔い醒ましに熱いコーヒーを飲む。そして相変わらずの朝食ホットツナサンドを食べた。
 そろそろ納豆ご飯が食べたいなあと思いながらテントの外へ出ると、湖が波立ち大荒れに荒れていた。雨もパラパラと降っているし。

 風呂へ行くか。公衆浴場へ向かう散策路もところどころで波をかぶった跡が見られた。

 じっくりと温泉に浸かる。今朝は人がいないので、手足を伸ばし、まったりとくつろいだ。アセトアルデヒトが音をたてて分解していくような気がした。
 テントへ戻り、もう一度横になると本格的に眠りに落ちてしまう。まあ、今日はどこへ行っても天気はよくないだろう。

 それにしても堕落してきた。完全に和琴で沈没し始めている。なんというか活力のようなものが湧いてこないのだ。

 10時過ぎにようやく起きだして、またも公衆浴場に向かった。ほとんど保養ツーリングのようになってきたみたい。温泉に浸かっていると30代ぐらいの筋骨たくましい男性と50年輩ぐらいのオジサンが浴室に入ってきた。

「湯加減はどうですか?」
『とてもぬるいです』

 お若い男性は、札幌在住のライダー(トリッカー乗り)だった。とにかく温泉が大好きのようで秘境と呼ばれる温泉を次々と制覇しているそうだ。昨日は和琴半島突端(オヤコツ地獄)手前の人に知られてないマイナー露天風呂を自力で発見し、秘湯を楽しんだといっていた。そこは6年ぐらい前にAOさんといった源泉だ。よく見つけたと思う。

 なんでも秘湯ヌプントムラウシの先の源泉も発見して湯に浸かったという。また鹿の湯の先のマイナー源泉もいくつか知られているが、さらに奥へも秘湯中の秘湯の温泉が湧いていて、そこも制覇したそうだ。温泉マニアもここまでいくと凄いの一言に尽きる。

 これから硫黄山付近の幻の露天風呂を探索しにいくらしい。もしかして、その温泉って俺が21年前にカブおんちゃんと入った懐かしい露天風呂じゃなかろうか。確か水槽のような湯船は保健所によってかなり以前に撤去されたと聞く。でもトリッカー氏によるとビニールシートで密かに復活を遂げているという。

 その後も温泉談義に花が咲く。

 吹上温泉で、自称管理人というオヤジが、若者にマナーを守らせるために常駐しているといったそうだ。そして、トリッカー氏の連れの女性に「本当の温泉を楽しみたいならバスタオルを脱ぎ裸になりな」といった。吹上の自称管理人って、ただのスケベジジイじゃないか?恥を知りたまえ。

 俺も吹上で目撃した事実を話した。

 地元のオバサンさんが、
「わたしは、警察から吹上温泉の管理を委託されてんの。なんてったって警察だよ。警察」
 と、いいながら駐車場でガミガミと仕切り行為をしていた。警察っていえばなんでも自分の言い分が通ると勘違いしている世代らしい。おそらく、「おばさん、よくここの露天風呂を利用しているようだね。車上荒らしとか多くなったから、なにかとよろしくね」程度のことをお巡りさんにいわれたのだろう。そして、自分が偉くなったと勘違いして小さな権力を手に入れてしまった。

「てめえは、うるせえんだよ」
 あまりにもやかましいので、ついにBM1200GS乗りの男がキレ、ババアを怒鳴りつけてしまう。そして温泉に入らずに気分を害したライダーはそのまま帰ってしまった。

 ババアは、横にいた旦那に
「ナンバー控えて、警察に通報して」
 とかヒスを起こしてギャーギャーわめいていた。
「いい加減にしなさい」
 と、冷静な旦那にたしなめられていたけど、憤怒やるせないような醜い顔でなにか下品な捨てゼリフを吐いていた記憶がある。

 美しくない!

 というより、みっともない!

 からまつの湯でも仕切り行為する同様のオヤジがいた。熊の湯などは論外。こんな連中ばっかり見てきたから、俺は温泉マニアに走らなかったのだろう。

 そうそう、硫黄山の露天風呂だったな・・・

 俺の拙い記憶で、おおよその場所をトリッカー氏へ説明する。サイトへ戻ると彼はお礼をいいながら硫黄山の幻の露天風呂へと向かっていった。

 しかし、そろそろ腹がへってきた。たまたま通りかかった元巨人軍の槙原投手似の和琴常連氏へ、
『弟子屈で、美味しいお店を知らないですか?』
 と、訊いてみた。
「私はまだいってないんですけど、道の駅”摩周”裏のスープカレーの店が最近、好評ですね。あと○○という蕎麦屋なんですが、そこのカツカレーは美味しくてボリュームがありますよ」
 彼は親切に教えてくれた。

 小雨がパラついているけどカツカレーを食べに行ってみるか。今宵の買出しもしたいところだし。弟子屈の街へ向かっている途中、雨脚が強くなってきたので、カッパに着替えた。

 そして、蕎麦屋に辿り着くとぞんがい店は混み合っていた。俺はカウンター席に座り、躊躇わずカツカレーをオーダーした。

 暫し待つと・・・
 熱々のカツカレーが運ばれてきた。確かに凄いボリュームだ。美味そう・・・

 しかし、一口カレーを頬張ると、このカレールーって、業務用レトルトじゃないか?妙に味がまとまり過ぎて不自然というか、手造りではない違和感があった。まずくはないけど、学生時代にさんざんレトルトカレーを食べ続けてきた俺の舌は、敏感に反応してしまう。
 なんだかがっかりだなあ。真偽はわからないが、もう俺の舌は受けつけず、ほとんど残してしまった。

 フクハラで買い物を済ませ、和琴半島へ戻ると雨はあがっていた。奇跡的にこのあたりだけ雨が降ってないようだ。俺はこの現象を”和琴の奇跡”と呼んでいる。

 湖に目をやるとウインドサーファーが心地よく波乗りをしていた。湖が荒れるぐらいの日がちょうどよいのだろう。
 夕方近くになると俺は炭を熾し、ビールを飲みながら焼鳥を炙りだした。なんだか今宵は異様に冷えるので炭火の熱がとても心地よかった。

 やがて、トリッカー氏が帰還してきて、
「例の露天風呂、見つけましたよ」
 デジカメの画像を見せてくれた。なんでも私有地などを通過しながら辿り着いたそうだ。
『よかったですね』
 俺はトリッカー氏へ焼鳥を一本差し上げた。
「美味い」
 彼は満足げな表情でライダーサイトへ戻った。

 続いて・・・

「初めまして。永久ライダーのキタノさんですよね。HPを拝見しています」
 と、あるライダーさんから話しかけていただく。

 まさか違いますともいえないので、
『そうです。ご覧いただきありがとうございます』
 と、答えた。

 彼は、便利帳さんの方の常連らしい。HNはFUGさんという方だった。どうやら、ゼファーを発見して俺の存在を知ったようだ。でもまあ、せっかく来てくれたんで、焼鳥を1本進呈する。

 そして、ひとりになり炭をひたすら焼いていたのだが、なんだか寒い。寒すぎる。考えてみれば、ここ3年ぐらいの北海道は、異常気象で猛烈に暑すぎた。すっかり油断して防寒着を忘れていた。

 北海道をなめるな!

 この言葉をほとんど座右の銘にしてきた俺としたことが。普通の北海道は真夏でも石油ストーブを炊くことがあるんだった。

 ぶるぶる震えながら、焚き火台を抱えこむような格好をしていると・・・

「そんなに寒いですか」
 昨夜のご夫婦ライダーと入れ替わった、ファミキャンの若くて美しいおかあさんがにこにこしながら話しかけてきた。
『ええ、とっても』
 俺が言葉を返すと彼女は思い切り吹き出した。
「どちらから?」
『福島です』
「あの会津の白虎隊の福島ですよね。まあ、そんなに遠くから」
 コンソメスープをご馳走になりながら、暫し話し込んでしまう。

 なんでも小さい娘さんふたりを連れて札幌からやってきたそうだ。そして、ほとんどひとりで、巨大なファミキャンテント(リビングと寝室)を組み立てたという。おとうさんは?と訊こうとしたが自粛した。他人の細かい事情へ干渉しないのが俺のほとんど唯一?の美点であり、旅人としての矜持なもので。

 しかし、ファミキャンテントをたったひとりで立てるって神技ではなかろうか。どんな真似をしてやり遂げたのか不思議だし、驚いてしまった。

 その後、ちょっと耐え難いほど冷えてきたので、お休みなさいといいながら俺はテントに入ってゴロゴロしていた。すると、フライシートをトントンと叩く音がした。俺はファスナーを開け、顔を出すと
「すいません。隣にテント張らせてもらっていいですか」
 遅くに和琴入りした学生さんのようだ。
『どうぞ』
 また顔を引っこめて、ウィスキーのお湯割りを飲み始めた。しかし、そっけない返事をしてしまったので、隣のテントの彼は怯えてないだろうか。俺のそっけない顔って自分でも嫌なんだけど、相当怖い面構えになってしまうのだ。

 その後・・・

「近頃の旅人はぜんぜんだめだ」
 某老人ライダーの声が遠くから風に乗って聞こえてきた。

 ぜんぜんダメ野郎は、和琴のライダーサイトに居座って大威張りしている老人ライダー(ヌシ)だけ?とにかく見苦しい。絶対に俺に絡むなよ。絡んだら斬る。

 なんだかライダーサイトよりも淡白なファミリーサイトの方が俺はさっぱりして居心地がよいと感じるのは気のせいだろうか?俺は、脂っこいのがすっかり苦手になった。歳のせいか?

 そんなことを考えながらシュラフにもぐる。ウイスキーをちびりちびり飲んでいるといつの間にか記憶が尽きていった。

 今宵も風が強く一晩中、テントがガサガサと揺れていた気がする。



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