北海道ツーリング2008








別海の牧草地帯







ウイスキーがお好きでしょう♪



 昨夜は、早い時間に寝入ったせいか払暁に目覚めた。

 さっそく温泉でひとっ風呂浴びるか。まだガスがかっていて空気が凛と冷えているが今日も天気がよくなりそうだ。お風呂セットを引っ下げて露天風呂を通過し、奥の公衆浴場まで歩いた。既に湖畔を散策している人の姿がちらほらと見える。

 公衆浴場に入ると家族連れで入浴し終え、着替えている最中の若いお母さんの姿もあったので、俺は入室を遠慮し暫し外で蚊に喰われながらで待った。

「お待たせしてすいませんでした」
 おとうさんが恐縮していた。
『湯加減はいかがでした?』
 と、俺は訊いてみる。
「ええ、ぬるいぐらいでしたよ」
 おかあさんが、にっこりと微笑みながら答えてくれた。

 服を脱ぎ、さっそくタライで体を流すと本当にぬるめの湯で、少し物足りない。いつも熱くて入浴しにくる人など稀だったのだが、ここ2年ほどなぜか入り易い。石鹸を使用するのは自粛し、タオルだけで体を拭った。そして、ふにゃふにゃになるまで温泉に浸かる。

 ライダーサイトに戻る頃になると霧が晴れ、美しい和琴湖畔の姿が浮かびあがってきた。
 まず、シュラフとエアマットを天日干しにすることにし、これら2つをトレイルトリッパーの上に乗せた。

 この頃になると他のキャンパーたちも次々に起きだしてきて朝の喧騒が始まってきた。しかし、お盆前なのにえらい混みようだ。これから凄まじい混雑が、さらに助長されていくんだろうな。和琴も近年、ライダー、ファミリーを問わず、その人気振りがさらに加熱しているといえる。
 とりあえず、腹がへった。トーストにツナマヨネーズを乗せて、またもトラメジーノでホットサンドを焼いた。

 カラスが上空を旋回しながら、キャンパーの朝食を物色していた。以前、ここで山行用(知床岬踏破用)のご飯のパックをカラスに盗まれた苦い経験があった。和琴のカラスはかなりしつこくて狡猾なので充分な警戒が必要である。ちょっと場を離れるとたちまち荒らされてしまう。こんな時に限ってトイレにいきたくなったりした。 
 ほかほかのホットサンドを食べた。とても美味しいのだがそろそろ納豆ご飯も恋しくなってきた。さて今日はこれからどうしよう。とりあえず洗濯でもするか。売店の脇のランドリーで洗濯機へコインを入れていると、
「自衛隊さん。今夜から雨は降らないけど風が強くなって天気が大荒れになるから、岸からもう一段高い位置に移動しなさい」(くどいようだけど俺は自衛官ではない)
 と、管理人のおばさんから指示された。
『了解しました』
 ちょうどキャンパーが移動し始める時間帯だ。周囲を物色するとライダーサイトよりもファミリーサイトの方が空いていて居心地よさげな場所があったので、テントを引きずりキープした。ライダーサイトは混み合うし、実は昨夜から何度も「永久ライダーを書いているキタノさんですか?」と声をかけていただき、すっかり恐縮してしまった。北のサムライはとてもシャイなものでライダーサイトに居座るほど神経が太くない。それにしてもこの位置、ライダーサイトには近いがファミリーサイトに属する目立たない絶妙の穴場だった。
 ふと隣のテントを見ると、まったく同じ、トレイルトリッパー2じゃありませんか。ふたつ並ぶと、いやあ、なんだか照れますなあ。どうやらご夫婦のライダーさんらしいが、早朝からどこかへツーリングに行かれているようだ。

 洗濯も終えたし、俺もそろそろ出かけようかな。俺が今、一番食べたいのは、別海のドライブイン”ロマン”のポークチャップだ。それも塩味で食べてみたい。ポークチャップが塩味になれば、普通のポークソテイという噂もあるが?
 マシンへ火を入れ、和琴から弟子屈へ向けR243を快走した。天気がいいし、牧草の緑がよく映える。虹別を過ぎた。このあたりにある虹別キャンプ場もなかなかいいサイトだと聞く。いつの日か利用してみよう。鉄道記念館のある上西春別の集落も越え、パイロット国道をひた走るといつの間にか別海の街へ突入していた。もうすぐ”ロマン”だ。街外れまで到達すると看板が見えてきた。俺の腹は、もうポークチャップの塩味を食べるだけにセットされていた。ところが、定休日。ガ〜ン。今回の旅は、こんなことばっかし。
 やむなく別海の街中へ引き返し、某食堂へ入った。カツ丼や天丼が500円、ラーメンが400円低度と異様に安かった。
『なにがお薦めですか』?
 俺は一応、店員のおばさんに訊いた。
「全部、お薦めですよ」
 なるほど、そういわれると身も蓋もない。とりあえず千円の寿司ラーメンセットをオーダー。ところが、寿司のネタはいいんだけどシャリが柔らかすぎて、醤油皿の中にボロボロとご飯が落ちていく。
 小盛りのラーメンはインスタントっぽくてイマイチだなあ。まあ、千円じゃこんなものか?自分に言い聞かせるように独りごち、マシンのアクセルをあげる。とにかく引き上げよう。途中、弟子屈のフクハラ(スーパー)で、酒と食料を調達して和琴へ戻った。
 なんだか風が出てきた。雲も多いし、今朝、おばさんが予言したとおり、天気は大荒れになるような気がした。前室の先のタープも風で吹っ飛んでしまうし。

 すると隣の同じトレイルトリッパー2のご夫婦ライダーの旦那さんがすぐにやってきて、
「タープの部分だけたたみますね」
 と、グルグル巻きにして固定してくれた。こういう何気ない親切が身に沁みる。本当にありがとうございました。風はますます強まってきた。風雲急を告げるように。
 ピラミッドグリルにて炭を熾した。トーチの強力な火力を用いればあっという間に引火すると思ったのだが、なんだかトーチの威力が衰えてきたような気がする。

 ハムステーキを炙り、これを肴にビールをがぶがぶ飲んだ。あたりが暗くなってきたので、ヘッドランプを出したのだが、なぜか調子が悪い。勝手に点滅とか始めるし。ガスランタンにしようと荷物の中を探したのだがない。まさか、こんなに重要なアイテムを自宅に忘れてきたか?
 そうだ。こんな時のために以前、EOCでいちさんから頂戴したLEDランタンがあるのだ。電池式ながら、いちさん自作のランタンの光力はまさに白眉だった。

 その後も外で、しばらくビールを飲み続けたが、風がさらに強くなってきたのでテント内へ引っ込んだ。テントに風があたりガサガサと揺れている。俺も酔いがまわってきて体が揺れ始めていた。
 テント内でビールからウイスキーに切り替え、浅田次郎の小説をじっくりと読んだ。どうして描写が、こんなに繊細で美しいのだろう。人の心をぐっと惹きつけるような音律があり、ついつい読みふけってしまうのだ。

 ウイスキーを飲み始めたら、ペロンペロンにヨッパになってきたぞ。ラジオからは、カントリーな曲が流れていた。俺はやはりキャンプのこういう雰囲気が好きだ。
 なんて思っているうちにいつの間にか寝入ってしまった。何時だろう?もの凄い風雨がテントへ叩きつける轟音で目が醒める。あれ、天気は荒れるけど雨にはならないとおばさんが言っていたはずだが?

 それにしてもなんだか冷えるなあ。前室で湯を沸かし、飲み残したマグカップのウイスキーへ注ぎホットウイスキーにした。
 美味い!体がとても暖まるし、醒めかけた酔いがまた全身へ心地よくまわってきた。外は暴風雨だが、俺はこういうシチュエーションが結構気に入っている。テントにあたる雨音はショパンの調べのようである。俺が今まで体験してきた数多くの修羅場に比べればぜんぜん快適だ。

 でも”日勝の怪”だけは、どう考えても説明がつかない。あれはなんだったんだろう。そして長い覆道やトンネルでまた意識障害にさいなまれ続けるのだろうか?

 そんなことを考えているうちに再び眠りに落ちていった。

 たいしたことはしてないのに、なんと長い一日だったのだろう。

 轟っというテントを揺さぶる激しい音だけが、ずっと鳴り響いていた。



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