北海道ツーリング2008
和琴湖畔キャンプ場
3
日勝の怪
石勝樹海ロードを日高に向け暫く走ると福山パーキングや樹海苑が見えてくる。まだ昼には早いがラーメンでも食べておばちゃんと話していくか。 樹海苑の前にマシンを停めると併設のGSの方から、おばちゃんがやってきた。 「ラーメン、食べていくんだろ」 『ええ、ご馳走になります』 店内に入ると、 「確か、あんた、毎年やってくる人だろう」 『ええ、店の前を通りかかったので、せっかくだから食べていこうかと思ってね』 「それはありがとう。お客が減ってね、あんたみたいな昔ながらの旅人がまだ残っているってありがたいよ」 おっ、おばちゃんのボヤキがいきなり始まったぞ。俺はラーメンよりもボヤキを聴くのを楽しみにしていた。 『今日は味噌ラーメンね』 「うちの麺は意外と味噌に合うんだよ」 おばちゃんが調理を始めたので暫しの静寂が保たれた。 ラーメンが運ばれてきて、麺をすすり始めると、 「お客さんが少なくなって本当に赤字だよ。ワリイけど定価を百円ずつ値上げさせてもらったよ。観光客はみんな道の駅とかで食事をする時代になったんだねえ。ところで、あんた昨夜はどこへ泊まったんだい」 『穂別キャンプ場だよ』 「穂別、じゃあ温泉は”はくあ”だね」 『ええ、キャンプ場の近くだからね』 「あの温泉なら夕張のユーパロへ行った方が絶対にいいよ。はくあは、沸かし湯だし循環してないから汚いし」 おばちゃんは、”はくあ”があんまり好きじゃないらしい。そんなにいうほど悪くない温泉だと思うのだが?その後、おばちゃんは、マイナーな温泉を次々と列挙して解説が始まった。俺は特に温泉マニアではないのだが、たっぷりと拝聴してしまう。 「大坂のオジサン、また今シーズンからスタンドで働き始めたよ」 以前、併設のスタンドで給油すると盛んに樹海苑でラーメンを食べていくようにと勧誘していた大坂の名物じいさんなんだが、数年前におばちゃんと些細なことで仲違いして羅臼へ飛び出していってしまった。 『へえ〜、仲直りしたんだ。それはよかった』 「あのオジサンは、なんだかんだいってもたいへんな働き者だからね。そうじゃないと北海道では男として認められないよ。あんたもちゃんと仕事をしてから北海道にきてるんだろうねえ。なにをしている人なの。まさか無職じゃないよね?」 いい歳して納税の義務も果たさず遊び呆けている野郎と思われるのは非常に心外だ。俺の男が立たない。あんまり言いたくねえが正直に職業を明かすと唖然としていた。 「あんた見かけによらず頭いいんだねえ」 よほど意外だったらしい。たいしたことないのに本当に失礼ねえ。俺の職業は会社社長(嘘)。実は大学教授(嘘)。国会議員(こらっ)。以下、省略。とにかく昔の人は肩書きに弱いんだから。 帰りがけに道路からスタンドの方を見ると、名物じいさんとおばちゃんが仲良く並んで俺に手を振ってくれていた。 道の駅”樹海ロード日高”を過ぎると、いよいよ日勝峠だ。道内屈指の難所といわれる峠道である。俺は21年前、まだ完全舗装されてない時代から、この峠を幾度となく越えていった。特になんの問題もない。 牧草地帯を過ぎ、ワイディングが始まった。天気が悪いときの日勝は最低だけど、好天なので爽やかな気分で快走していた。 ところが・・・ 頂上手前の覆道内の右カーブをバンクしている時だった。急に両腕の力が抜けてしまった。そして意識が落ちそうになる。なんだこりゃ?さらに道路脇のワイヤーに突っ込んでいく。 自分で自分の体が制御できない。 ギリギリでなんとかワイヤーをかわしたのだが、なにかが起きていた?トンネルの中でも同様に意識が危うく落ちそうになり壁に激突しそうになるし。 |
とりあえず、頂上の展望地の入口付近へマシンを停車させた。この真実をどう説明すればいいのだろう。過積載のせいか。でも例年とそんなに重さは変わらないはずだ。あるいは旅の前にベアリングを締めたことでバランスがとれないのか。それとも、あまり信じたくないのだが、超常現象?つまり憑かれてしまったか?なにがなんだかさっぱりわからん。とにかく煙草を吸って落ち着こう。2本ほど立て続けに吸った。ようやく気が鎮まったのでアクセルを静かにあげ安全運転で走り始めた。 |
でも下りでも覆道やトンネルに入ると自分の体を制御できなくなり、何度もパニックになった。清水ドライブインを過ぎた頃にようやく少し楽になってくる。なんだか俺、事故で死にかけていたみたい? おのれ面妖な! ほとんど呆然としながらハンドルを握っていると士幌、上士幌をショートカットしながら足寄方面へ向かうつもりが、帯広へ出てしまった。なんという遠回り。R38からR241へ左折して上士幌方面へ軌道修正をする。 足寄へ入る頃になると陽が傾いてきた。このあたりでキャンプにするか。TMを開くと里見が丘公園キャンプ場が記されていたので国道を左折した。そして道幅が狭く、カーブが連続する山道を越えるとキャンプ場があった。マシンから降りて少し歩くと白い巨大な蛾の死骸がそこいらじゅうにたくさん落ちていて墓場のように閑散としている。今夜だけは、こういうシチュエーションのキャンプ場へ幕営するのは絶対に避けたい。ここはなんとしても永久ライダーのベース基地、屈斜路湖の和琴半島まで辿り着こう。そうしないと大変なことになりそうな気がした。 足寄の町を抜け、R241をひた走る。交通量も意外に少ない。オレンジ色の夕陽をいっぱいに浴びながらスロットルを握り締めていた。いい加減、休憩を入れないと。なにを急いでるんだ俺は。まるでなにかに追われているような気がしていた。 道路脇のPAの木陰の部分で煙草に火をつけ大きくのびをする。まだまだ旅は前半なのに最後まで無事に完遂できるのだろうか。なんだか家に帰りたくなってきた。なんて思っていると、 「ニョホホホ〜、暑い、暑い、こんちわ」 大阪ナンバーの小柄で小肥りの漫画のような顔をした男がゼファーの横にハーレーを停めた。やはりライダーのいるところにライダーはよってくる。こんなに広いPAなのに。でも彼は俺に話しかけるでもなくTMを眺め、 「では!」 と、言い残して去っていく。 『おう、気をつけてな』 俺は軽く吹き出してしまう。ある意味、緊張を解してくれて感謝したい気持ちにすらなった。 その後、阿寒横断道路の覆道やトンネル内でも軽い意識障害にさいなまれつつ、なんとか弟子屈町へ入り、セイコマで酒、食料などの物資を調達した。 弟子屈から和琴までは意外と距離がある。あと少し、あと少しと念じるように突き進み、ようやく和琴入りを果たした。すでに周囲は薄暗くなっている。 和琴のライダーサイトはぞんがい混んでいた。やむなく水辺に一番近い部分にテントを設営する。砂地なのであまりペグは効かないけど安堵の気分でいっぱいになった。 ビールを飲み、クッカー飯を平らげる。ウイスキーを飲み始める頃になると全身に心地よく酔いがまわってくる。 俺は、とてつもなく疲れ果てていた。長いライダー人生の中でもこんな経験などない。というよりあり得ない。山行などしたら、たちまち遭難しそうな気がした。すぐ近くで長期滞在のオジサンや周囲のライダー達が宴会を始めたが、俺はまったく気にならずに泥のように深い眠りに落ちていった。 まるで和琴に守られているがごとく・・・ |