北海道ツーリング2008








支笏湖にて


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久々に道南へ



 結局、二度寝した俺は不機嫌な気分で遅めに目覚めた。そして、復讐するかの如く朝食バイキングを食べまくる。なにせ夕飯抜きだったもんで。

 ホテルをチェックアウトしてゼファーのスロットルをあげた。陽射しがとてもきつい。今日も暑くなりそうだ。とりあえずR453から支笏湖方面へ機首を定めた。 

 札幌の市街地を抜けると六花亭を発見した。ちなみに六花亭のパッケージをデザインしたのは北の大地が誇る有名な坂本直行画伯だ。坂本直行、本州ではあまり知られていないが、かの有名な歴史上の人物・坂本龍馬の直系の子孫にあたる。

 さっそく中に入り、”十勝日誌”なる折り詰めのお菓子を自宅に発送してもらうことにした。
 こういう細かい女房への配慮が、毎夏の北海道ツーリングの布石となっていくのだ。

 哀しい妻子持ちのロンリーライダーは気配りという作戦をおろそかにすると取り返しのつかない状況に陥り易くなるのが実情である。

 クーラーががんがんに効いている環境なので、もう少しゆっくりしていこう。
 併設の喫茶で”イチゴパフェ”をオーダーした。しかし、北のサムライにはまったく似合わないスイーツだぜ。

 イチゴパフェって、何年ぶりに食べたことだろう。昔懐かしい甘酸っぱい味がした。周囲のお客からは確実に浮いていたと思う。でも旅が長くなると他人からの視線が一切気にならなくなるから不思議なものだ。

いちごパフェー

オコタンペ湖
 その後、R453から支笏湖方面へ向かう。山滴る緑の峠道で、滝野上野幌自転車道と併走するとても快適なルートだ。

 途中、オコタンペ湖の標識があったので、ちょっと寄り道。オコタンペ湖は北海道三大秘湖のひとつだ。何度もこの付近を走行しつつもまだこの眼で秘湖を拝んだことはない。道端にバイクを停めてわずかしか見えない湖面を覗いてみることにした。
 正直、かなり物足りない・・・

 是非、湖畔から全貌を眺めたいと思ったが、ここから歩いて降りるルートはないようだ。観光客もまばらだったが、誰もが同じことをいっていた。だからこそ秘湖と呼ばれる由縁なのかもしれない。

 ポロピナイを過ぎ、支笏湖畔に沿って快走する。途中、小さなパーキングがあったので、このページの冒頭の画像を撮影して煙草を1本だけ吸った。日本4位の透明度を誇る支笏湖の蒼い湖面は、晴天に映えていて思わず見入ってしまう。

 支笏湖を抜けると美笛峠のワイディングだ。このあたりの地理を熟知している俺のきびきびとしたコーナーリングは過積載でもまったく衰えることなどあり得ない。なんていい気になっていると美笛トンネル内で軽い意識障害にさいなまれた。俺はほとんど頭の病気か?憑かれているのか?自問しながら、”きのこ王国”へ入った。

 きのこ王国は観光客で非常に賑わっていた。でも盆も過ぎたので、今日あたりで混雑のピークは終わるだろう。とにかく小腹が空いたので、きのこ蕎麦なるものを食堂で食べる。味は普通だな。妻の実家で食べるきのこ蕎麦の方が十倍美味いなんて独りごちながら、スロットルをあげた。 

 広島峠のワイディングを華麗にクリアし、R230へ左折。洞爺湖方面に向かう。

 洞爺湖が見えてきた頃、道道66から湖畔の道へ降りた。前方にはオフ車乗りの女性ライダーが走っており、やがて洞爺中央公園キャンプ場の方へ消えていく。果て?俺は、今宵、どこで野営しようか。湖畔にはいくつものキャンプ場がある。なんとなく10年前に利用した”グリーンステイ洞爺湖”が気になり、湖畔の道を右折した。

 しかし、この湖畔に沿った洞爺虻田線、道幅が異様に狭く、カーブの連続だった。本当に道路の左脇がすぐに湖で落っこちそうで走り難い。なんて思っているうちに俺の意識がまたしても朦朧としかけていたりした。日勝以来、やっぱり俺は精神的にかなり病んでいるのだろうか?

 なんて悪戦苦闘していたら広大な芝のサイト”グリーンステイ洞爺湖”へ到着する。

 陽がゆっくりと西へ傾きかけた頃、愛機を降りて管理棟へと歩いた。盆休みが終わったせいかサイトがガラガラに空いている。
『こんにちは。今夜、キャンプさせてください』
「では、こちらの用紙へ記入してください。利用料700円とゴミの引取料が100円、合計800円になります」
『安くなったねえ。十年前に利用した頃は千円だったんだよ』
「ええ、企業努力してますから」
 受付のおねえさんはにこにここしながら、俺の顔を見つめていた。そんなに見つめないでくれたまえ、シャイな俺はとろけてしまうよ?
 マシンを旋回し、指定された区画で荷を解いた。サイト内はテントがぱらぱらと張ってある程度で本当に閑散としている。

 俺はビールを片手にテントの設営を始めた。通路を挟んだ向かいにはテントが2つ張られていて、俺が設営を終える頃、お若いライダー2人が帰ってきた。
「今晩は」
 と、彼らから爽やかな挨拶をされる。とても礼儀正しい青年たちだった。
 飯を炊き、いつものように粗末な夕食の準備をする。おかずは海苔の佃煮、キムチ、シチューのみ。ほかほかご飯さえあれば、おかずなんてなんだっていい。

 爆睡してしまった昨夜、IWAさんから遅くに着信があったのでリダイアルしてみた。

『どうもキタノです』
「昨夜、連絡いただいたみたいでしたが、仕事で遅くなってしまいました」
『いや、実は昨夜は札幌泊りだったもんで、一応、連絡したんだけど、早くに爆睡してしまい着信に気づきませんでした』
「札幌だったんですか。それは残念でした。今、どちらですか」
『グリーンステイ洞爺湖キャンプ場なんだよ』
 この夏は、すれ違いが多く札幌のIWAさんとは、とうとう飲む機会が最後までなかったが、またいずれ会おうと約束し携帯を切る。

 テントの中で、ラジオを聴く。そして、いつものようにヘッドランプの灯りで、ひたすら活字を追いかけた。やがて発泡酒からウイスキーに切り替わる頃になるとそれなりに酩酊してくる。

 洞爺湖に打ちあがる花火の轟音が消える頃、シュラフの中の俺の記憶もいつの間にか尽きていく。
 翌朝は、早い時間にさっぱりと起きた。向かいの若者ライダー2人はもう出撃していくところだった。ずいぶんと早いんだな。俺はまず朝食だ。鮭がゆと牛缶と野菜ジュースのみ。朝は少しでも腹に詰め込んでおかないと夏バテになる。猛暑の夏の長旅をいくつも越えてきた俺の持論だ。

 もりもりと・・・

 というより素早くご飯を平らげる。そして天気がよいからテントを乾した。

グリーンステイ洞爺湖
 しかし、本当に人がいないキャンプ場だなあ。10年前に利用したときは満員御礼がでるぐらいの賑わいを見せていたのに。

 やはり有珠山の噴火の影響があったのだろうか。この時間(だいたい7時半ぐらい)になると周囲に立っているテントがほとんど見えなくなった。

 そんなことを考えながら撤収作業を済ませ、出撃する。
 グリーンステイ洞爺湖からショートカットのルートを辿って海沿いへ向かう。気温もそれほど高くなく爽やかな日和だった。昨年、立ち寄ったポークステーキの美味しい店などを通り抜けた。やがて潮の香が漂うようになる頃、豊浦町へ到達する。

 ここから針路を南へとった。久々に道南へ行ってみよう。途中、礼文華峠、静狩峠とワイディングが続くが、蝶のように舞いつつクリアしていった。

 やがて、長万部へ・・・

 長万部といったら”かにめし”だろう。今朝はおかゆぐらいしか食べてないので小腹も空いていた。ということで駅前に向かう。ところが有名なかにめしの店は、まだ早いせいか開いてなかった。

 待てよ。駅の売店にならかにめしの駅弁ぐらいは置いているだろう。でもキヨスクに弁当らしきものはない。俺の腹はかにめしのことで一杯になっていたのにまた空振りかな。なんて悲観していたら、オジサンが箱詰めのモノを何段にも重ねて売店に運んできた。

 おっ、これぞ長万部名物のかにめし弁当だと確信し、躊躇わず購入した。箱はまだ温かい。ということは出来立てほかほかのかにめしが詰まっているんだろうな。

 俺は快心の笑みを浮かべながら愛機を走らせ海岸に向かう。海を見ながら、美味しいかにめしをじっくりと堪能しよう。ウフフ、なんだか笑いが止まらないぜ。やっぱり、なんだかんだいっても日本の”食”は北の大地にありだ。

 海岸で、弁当のパッケージを開けた。よし、ほかほかのかにめしを存分に喰らうぞ!

 ところが・・・

 なんですか?これは? 

                         ↓



 長万部かに最中?

 が〜ん・・・

 かに最中とか、まったく想像していない範疇の和菓子だし、だいたい俺は最中が食べたいとか少しも思ってない。というより、こんなにたくさんのカニの形をした最中を持ち歩いてどうするの?

 なんだか、もう北海道ツーリングを止めたくなってきたぜ。

 もし、痛んでなかったらバックレて職場への土産ということで強引に処理してしまうか。数日後、職場の俺の周りの同僚のデスクには、長万部かに最中が密かに乗せられていた。大丈夫、配る直前にキタノが痛んでないか毒見は済ませておいた。

 その後、残念無念の心境でR5をひたすら南下していく。

 噴火湾を左手に見ながら、久々のR5を快適に走り抜ける。天気はいいし、海は穏やかに凪いでいた。やがて八雲町を過ぎ森町へと突入していた。森町?ここで有名なのは、大人気の駅弁”いかめし”だ。

 今度こそは確実にゲットしようと”森駅”へ向かった。
 JR森駅へ到着。こじんまりとした昔懐かしい田舎の駅という感じがした。駅で購入しても製造元の駅前の柴田商店で買っても同じ弁当だ。でも、せっかくだから、柴田商店でいかめしをゲットする。

 しかし、柴田商店の建物は、とてもレトロな雰囲気が漂っていた。昭和中期以前に建てられたに違いない。子どもの頃に通っていた懐かしい駄菓子屋の匂いがした。

柴田商店
 いかめし、本当にいかの旨味がもち米に染みていて美味しい。ただサイズが少し小さめなので、2人前ぐらいが丁度よい分量かもしれない。とにかく気になっていた味を堪能できて満足した。

 これで、長年胸につかえていたモノが、ようやくひとつ落ちた。さて、そろそろ行くか。

 キタノを乗せたゼファーは勢いよく南進していく。  
 好天の中、まったりと函館へ向かっていると大沼へ到達した。今夜は東大沼キャンプ場あたりで、幕営してもいいかなと思ったが、まだ時間的に早い。まずは函館に行こう。そんなことを考えながら大沼トンネルに突入する。

 長い・・・

 また頭がくらくらしてきて、意識が落ちかけてきた。

 どうしてしまったんだ?この夏の俺は。この意識障害は生涯にわたって続いていくのか。日勝以来本当に原因はわからない。

 やがて6年ぶりに函館の街へ突入する。

 古きよき函館駅は新築されており、モダンな雰囲気が漂っていた。ずいぶん函館も変わったなと思いながら朝市をぶらついた。ここで買い物するつもりはない。食事だけを楽しもうという算段だ。
「お客さん、もうこのあたりを3周も歩いているよ。どうせ土産を買わなきゃいけないんだろう」

 大きなお世話だ。

 かに屋の威勢のいいにいさんから声をかけられるが、北の大地の裏も表も知り抜いた俺が、ここでカニなど買うものか。

函館駅
 でも流石に観光客は多く、とても活気があった。俺は市場のこういう雰囲気自体はとても好きだったりする。さて、どこで飯を食べようか。
「お客さん、うちで食事していきなよ」
 某T食堂のおねえさんから誘われた。

 以前、食べたことのある食堂だけど、今ひとつ気が乗らない。とても美味しかった記憶があるのだが、なんだか新しい店を開拓したい気分である。
 ふと行列をなしている店を発見した。店を覗くと頑固そうな親父が真剣に包丁をふるっている姿が見える。こういう店なら間違いはあるまい。俺はためらわずに列に並んだ。

 ”馬子とやすべえ”、なんでも別々の料理屋を経営していた兄弟が、朝市で合体して食堂を出したそうだ。

 うにいくら丼をオーダーしたが、自家製いくらの美味いのなんのって。
 すっかり満足してしまう。

 さて、これからどこへ向かおうか。予定では東大沼キャンプ場で幕営するつもりだったのだが、あの大沼トンネルを通りたくない。同じ道を戻るの嫌だし、久々に亀田半島を走行してみるか。

 しかし、トンネルを避けるようなツーリングって、俺はなんて弱っちいライダーなのだろうか。

 かつては旅のどんな試練へでも敢然と立ち向かい、真の男よ、北のサムライよと勇名を馳せた永久ライダーも、歳とともにすっかり衰え、チキンライダーへと成り下がってしまったらしい。



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