北海道ツーリング2008








晩成温泉キャンプ場



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チキンライダー



 空は薄曇、気温は低い。

 しばれる空気に耐えながら、ほとんどすれ違う車も稀なナウマン国道をひっそりと巡航していた。いつの間にか俺の後に2台ほどオートバイが追尾している。どうやら俺のマシンをペースのバロメータにしているようだ。一応、切符を切られないギリギリの速度で抑えているので利口な判断だろう。

 キモントウ沼を過ぎた。もう晩成温泉も近い。その頃、対向車線を走るツーリングライダーからパッシングを頂戴した。取締りか?レーダーだとまずい。やや速度を落とすと晩成温泉へ左折する角にパトカーが停まっていた。まあ、監視していたのだろう。

 俺はパトカーを横目に晩成温泉方面へ左折した。トウキビ畑の中を暫く走り、晩成温泉へ到着。さっそく温泉施設に入りキャンプの受付を済ませる。

「ここのキャンプ場は使ったことがあるかい」
 用紙に記入していると管理人のおじさんが訊いてきた。
『ええ、何度か。温泉施設の脇か、奥の海岸の方のどちらにテントを張ってもいいんですよね』
「奥のサイトは閉鎖になったんだよ」
『それじゃ、このあたりに張ります』
「ほら、あのあたりだとバイクで乗り入れができるから、いいと思うよ」
 温泉施設から丸見えなのは気になるが、確かに周囲にテントを張っている人もいないのでいいだろう。俺はお世話になりますといいながら施設を出た。

 しかし、海に面した吹きっさらしの荒々しいサイトだったが、閉鎖と聞くとなんだか寂しい気がする。考えて見れば、お盆の時期にこんなに空いているキャンプ場など珍しい。これが平日とかなら、誰も利用しない日も多いのかもしれない。つまり、奥のサイトの必要がないのだろう。何年か前にどこかのおばさんが、ナウマン温泉アルコ236の方にキャンパーが集中していると言っていた記憶がある。俺は逆にお盆でも空いているから晩成温泉を利用しているという側面もあった。
 マシンを移動させ、荷物の紐を解きテントの設営をする。少し面倒なトレイルトリッパーも流石に手早く立った。

 さて、ビールでも飲むか。ラジオで高校野球を聴きながら、缶ビールをぐいぐい煽った。テントを立てた後のビールは格別だ。

 なんて思っていると隣にテント張っていいですかと俺の周りにライダーが次々とやってきてテントを立て始めた。
 そして、あっという間に6張、いや7張ぐらい並んでしまう。いや、別に排他的なわけじゃないんだが、まだまだいくらでもサイトが空いているのにわざわざ密着しなくてもよいと思うのだが?やはり、ライダーはライダーの居るところへやってくるという現象なのか?俺が後からやってきたなら間違いなく広々としたサイトでテントを広げるだろう。まあ、位置的にバイクの横へ、すぐにテントを張れるから、この場所にライダーが殺到してしまったのかも知れない。
 そうだ。昨夜、携帯に札幌のMSRさんから着信が入っていたんだ。
『もしもし、キタノですが、お電話をいただいたようで』
「ええ、EOCのことなんですが、天気が微妙なんで雨ならバイクじゃなくクルマにブルーシートを積んでいこうと思うんですが」
『そうしていただけると大変助かります。すいませんねえ』
 雨の場合には皆さんお持ちのタープをつなげればなんとかなると考えていたのだが、俺の認識が甘かったようだ。

 なんて思いながらビールを飲んでいると、
「すいません、炊事場やトイレはどこですか?」
 そういうことはテントを設営する前に確認したまえ、などと優しい俺はいいません。
『あの建物の脇です』
 男は礼を言いながら、一段下の正式なサイト?の方へ歩いていった。

「あっ、永久ライダーのステッカーが張ってあるゼファーだ」
 今度はCB1100Rに乗ったライダーが声をあげた。
「今年も見つけてしまった」
 果て?誰だっけ?彼の風貌に記憶がない。
『どこかで、お会いしましたっけ?』
「ほら去年、花咲港近くの大八食堂で・・・」
『あっ、思い出した。25年前の、いや今年は26年前のマシンを駆るライダー。これは奇遇ですね』
 暫し歓談する。しかし、四半世紀を過ぎたバイクに乗るって素敵だ。俺はその頃、CBX400Fに乗っていたが、もうずいぶん昔の話である。まさに人に歴史、もといバイクに歴史あり。彼は部品取り用のマシンも所有しているそうだ。

 その後、温泉にじっくりと浸かる。本当にこの褐色の源泉はとても心地よかった。ふにゃふにゃになるまで堪能した。
 外に出るとまた一段と冷え込みが厳しくなったので、テントの前室で米を炊き、いつものように簡単なおかずで夕食を済ませた。ほかほかご飯ならおかずが粗末でも充分美味しくいただける。

 食後はビールからウイスキーに切り替え、ちびりちびりと舐めるように飲みながら、ひたすら読書に没頭した。そしていつの間にかシュラフに入り眠ってしまう。
 早朝に起床。さっさと朝食を済ませテントの撤収も終えた。本日はEOC穂別の当日だ。早めに移動したい。

 昨夜のCB氏もパッキングが終わり、出発するところだった。

『今夜、穂別でEOCというキャンプ会があるんだけど、よかったら参加してみない』
 一応お誘いしてみた。
「あいにく、今日はおばあちゃんの家にいく予定があり、明日には帰るのですよ」

CB1100R氏
『そうですか。また次の機会にでも参加してみてください』
「ええ是非。穂別は祖母の家にも近いので、来年あたりは参加します」
 彼はにっこりと微笑みキャンプ場を去っていった。2度あることは3度ある。また、どっかで再会することだろう。

 というわけで、俺もきっちりとパッキングを済ませる。天気は曇天。非常に肌寒い中、暖機を済ませ、スロットルをあげた。
 しばれるナウマン国道を南下し始めたのだが、なんだか小用がしたいなんて思っていると小さな集落にうまい具合に公衆トイレがあった。

 用を済ませると信号待ちで2台のマシンが停止しており俺の方を眺めながらなにか話している。信号が変って前進したもののすぐに道路脇にバイクを停め、こっちへ歩いてきた。どうやらご夫婦らしい。

ウメ猫さんご夫妻
「おはようございます。キタノさんですよね」
『キタノですが、おはようございます』
「以前、掲示板へ投稿したことのある盛岡のウメ猫と申します」

 正直、ハンドルネームまでは記憶してない。
「和琴キャンプ場で、自衛隊さんの紹介で来ましたと管理人さんへ告げたら喜んでもらえたという内容で書き込んだ者なんですが」
『ああ、思い出した。そういう投稿をされた方の記憶があります。それにしてもよく俺のことがわかりましたね』
「ゼファーとそのお姿ですぐにわかりましたよ。突然、声をかけて失礼しました。いずれ福島のEOCにも参加させてください」
『ええ、お待ちしております』
 ご夫妻はいい笑顔を見せ、走り去っていく。笑顔がいい人は善良な方ばかりだ。

 俺はなんだか嬉しい気分になりながら、快調に広尾へと突入したのだが、ここからのルートがちょっと考えものである。日勝峠越えは絶対に嫌だ。というより雲の中だから間違いなく雨だろう。天馬街道はトンネルばっかり。就中、野塚トンネルにいたっては道内最長の4232Mもある。途中で意識障害で気絶しそう。これもパスだ。となると遠まわりだけど襟裳岬ルートしかないだろう。

 日勝の事件以来、なんだか俺は非常に弱っちい。俺は本当に知床岬や利尻山を踏破してきた北のサムライなのだろうか?今の俺はまるでチキンライダーだな。もうツーリングライダーを引退すべき時期かも知れない。
 久々の黄金道路も覆道やトンネルが多い。でも長さが短いので特に問題はなかった。天気も陽が射してきたのでまずまずである。もちろん襟裳岬には立ち寄らずスルー。

 途中、襟裳国道の名もないPAで休憩をとった。お盆にも関わらず漁師さんたちが、昆布漁をしていた。俺はのんびりとした光景を眺めながら一服し、またマシンに跨った。しかし、晩成温泉から日勝峠を越えないと穂別って、えらい遠いなあ。
 浦河〜三石を海岸線の襟裳国道を通り抜ける。そろそろ腹が空いてきた。

 静内で適当に入った和風レストランで”蕎麦・寿司セット”をオーダーする。寿司もまあまあ美味しかったけど暖かい蕎麦で冷えた体が解凍された。

 朝晩は、ほとんど精進料理のような質素な食事ばかりだったので、せめて昼食ぐらいは少しだけ贅沢をさせていただこう。
 富川からR237へ入り、ふたたび内陸部を目指した。するとまたも天候が怪しくなり、雨が降ってきた。俺は絶対に雨男だと思う。ぶつぶつモンクをいいながらカッパへ着替えた。

 途中、セイコマで今宵のEOCのためのアルコールや食材を調達。そして水しぶきをあげなら、山間の道道59を駆け抜けていった。

 やがて道道74へ左折、本当に山の中の寂しい道だ。R274(樹海ロード)へ入るとすぐに樹海温泉”はくあ”が見えてくる。

 本日のEOCは完全に雨だ。札幌のMSRさんが機転を利かせてくれなければ大変なことになるところだったと、はくあの露天風呂に浸かりながらチキンライダーはしみじみと思うなり。

 しかし、今朝は7時ぐらいから移動していたのだが、現在14時近い。ここまで、本当に遠い道のりだった。 

 雨がさらに勢いよく降りしきっていた。



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