北海道ツーリング2007







灼熱の摩周岳




摩周岳山頂







 花咲港からの帰りがけに電器製品の量販店でラジオを購入。思い切って5千円以上の金額を投資した。旅人にラジオは必携だ。ケチってもしょうがないし。なんて思ったのだが、このラジオも後日、キャンプ中に雨にさらされ短命に終わることになるなど、この時は知るよしもない。

 そして和琴に帰還。
 すでにあたりは暗くなっていた。夕食は米を炊きカレーで済ました。しかし、お盆が近づいているせいか、着実に利用者の数が増えていた。特に俺のテントのまわりはファミキャンテントで埋まりつつある。

「自衛隊さん、ファミリーサイトの人がライダーサイトへ入るのは禁止だけど、フリーサイトにライダーがテントを立ててもなんも問題ないよ」 
 と管理人のおじさんが集金の際に言っていた。ちなみにもう書きたくないぐらい書いてるけど、俺の職業は自衛官ではない。

 食後、近くにテントを設営している永久ライダー読者のサトウさん、埼玉のフクシマさん、お名前は失念したが某若者氏と4人で楽しい宴となった。結構、酔ってしまいふらふらになる。
 そんな場面で、札幌のキャンプ仲間のIWAさんから電話があった。
「キタノさん、15日の美流渡のオフなんですが、都合により行けなくなりました」
『おう、IWAさんか。それは残念です。わざわざ連絡をいただきありがとう。また次の機会に飲もうな』
 などと話していると、
「キタノさん、ツーレポの登場人物からの電話って、なかなか臨場感がありますね」
 サトウさんが、得心顔で頷いていた。
「明日の朝、一緒に写真を撮ってください」
 さらにお願いされる。
『こんな俺でよければ構いませんが、明日、晴れれば山に入るんで早いですよ』
 とお答えしたら、
「大丈夫です」
 とのこと。

 そんな記憶があるが、もう、ほとんどヨッパライダーに変身していたらしい。23時ぐらいには、テントに入って気絶するように眠りこけていた。

 翌朝は予定通り早くに目覚めた。一瞬雨がパラパラと降ったが、すぐに止み、本格的な眩しい日差しが降りそそぐ。
 ついに夏だ!北海道にようやく本当の夏がやって来たというオーラを全身で感じた。

 お約束どおり、サトウさんと風呂に行く前に記念写真を撮る。俺は目元に締まりがないのでサングラス着用で失礼。そして、どうかお元気で。また、いつの日か会いましょう。
 和琴露天風呂を通り過ぎ、公衆浴場へ向かう湖に面した道すがら、ひとりのオジサンが足元の湖面を覗いていた。

「これ見て。多分、クロテンかな?」
 一匹の黒い小動物の姿が見えた。流木の上でそわそわしていた。クロテンも人間に見つめられどうしたらよいか分からない様子だ。
「長時間は無理だけど、水に潜ってザリガニの死骸とかをかじっていたよ」
『へえ〜、こんなにテンを間近に見れるなんて珍しいことですね』
 残念ながらデジカメを持参してなかったので、画像を撮ることはできなかった。でも流石は和琴半島、野生の王国だ。

 公衆浴場で、ゆったりと温泉に浸かっていると、
「おはようございます」
 中年のご夫婦が入ってきた。
「どうです?湯加減は」
 ご主人から話しかけられる。奥様の体を流す仕草が少し色っぽいが、もう、こういうシチュエーションには慣れた。
『とてもいい湯ですよ』
 俺は、いささかも動じることもなく応える。

 石鹸を使用せずに体を洗い、ご夫婦と世間話をしてキャンプサイトに戻った。

 ようし、今日こそは山に入れるぞ。ピーカンの空を眺めながらマシンに跨る。ビニールタンクには2リットルの水を満タンにしザックへと詰めスロットルをあげた。途中、コンビニでも500ccのスポーツドリンクやよく冷えたお茶なども3本購入して念には念を入れる。これで水分は都合3.5リットルに達した。

 そして摩周湖第一展望台へ・・・

 しかし暑い。駐車場に到着すると、まだ早い時間帯なのに熱気でむんむんしていた。
 警備のオジサンに二輪駐車料金100円を支払った。
「摩周岳に登るのかい」
 カイゼル髭?が印象に残る。
『ええ』
「数は少ないけど、最近は団体さんも入っているよ。でも、結構、大変だから気をつけてね」
『押忍!』
 軽く返事を済ませザックを担ぎ歩き始める。摩周湖が晴天によく映えていた。

 入山届けに記入しようと登山者名簿を開いた。すると既に何人か山に入っているようだ。現時点で9時だ。ちょっと出遅れたか。空を見上げると強烈な日差しが目に沁みる。しかし、昨日までとはうって変わって、極端過ぎる灼熱の酷暑だ。

 なんだか出鼻を挫かれた気がしないでもない。始めからペットボトルのお茶をがぶがぶと飲む。
 摩周岳、ここの登山道はまったく整備されてない。つまり放置プレイだ。笹が肩の高さまで伸び放題になっており、半袖の山行用シャツで藪漕ぎをするという最悪の状況になった。また、ルートが読み辛いというより見えない。僅かに人が入った形跡を見つけては、少しずつ前へ進んだ。この山は初心者1人では無理だと思う。

 半袖の両腕には虻が容赦なく襲ってくるが、防御する手立てがないので刺されっぱなしだった。
 ようやく藪漕ぎ地帯を抜け、緩やかな登りが延々と続くようになる。時折、摩周湖の絶景が顔を覗かすが、見とれている余裕などない。

 サイココンパスの気温を見ると35度。しかも、まったくの無風。汗が滝のように流れ出し、シャツ、パンツがビショビショになる。これは熱中症対策に充分な注意を払わないと命取りになると思った。
 どれぐらい歩いたろう。頭の中は朦朧としていた。なんというか山は灼け焦げている。まさに灼熱の摩周岳登山だ。

 もう3本のペットボトルは飲みつくした。つまり、1.5リットルの水分を補給しているのだが、それでも全然足りない。これが北海道の山か?本当に疑いたくなった。 
 摩周湖の絶景と並行するようにカルデラ湖の外輪山を歩いてきたが、湖のかなり隅の地点まで到達したようだ。後は最後のアタックまで摩周湖とは暫しお別れだ。ようするに急峻な山頂付近からしか、もう摩周湖は望めないと思う。

 そして、いくつかの登り降りをクリアすると、下山してきたパーティが休憩をとっていた。
「こんにちは。これから頂上ですか?頑張ってくださいね」
 おばさんたちから激励される。
『ありがとうございます』
 俺は挨拶を返すが、かなり息があがっていた。ルートがきついというより、正確には猛烈な暑さの方にバテ気味である。

 ということで、俺も暫し休憩。

 ビニールタンクから飲み干したペットボトルへ水を移す作業をし、煙草を吸う。携帯灰皿に灰を落としながら、周囲を見渡すと高山植物の綺麗なお花畑になっていた。

「こんにちは。しかし、無風で本当に暑いね」
 後から来たオジサンがぞんがい元気な足取りで通り過ぎていった。

 俺も頑張るか。まだ登り始めて2時間半ぐらいだろう。先はどれだけ続くことやら。

 遅いペースでせっせと歩き続けた。すると”頂上まで2キロ”の標識が。西別岳への分岐点を通過する頃になるとなんだか元気が出てきたぞ。さらに”1キロ”、”700メートル”と距離がどんどん縮まってくる。白樺林の中、登りの勾配がややきつくなってきたが、なんのその。

 摩周岳、なかなか手強いぜ!

 残り300メートルの標識が見える頃になると修羅場になった。勾配が急過ぎる。ほとんど直登の様相になっていた。さらにこの灼熱地獄に体力が確実に奪われていく。とにかく、あと少しなんだが、先が読めないので気持ちがナーバスになってしまうのだ。

 本当に苦しいし、暑い。暑過ぎる・・・

 持参した水をがぶがぶ飲む。これじゃ、帰りに水不足になりそう。

 ふらふらとスローペースで這い上がっていると、男性がひとり座り込んでいた。どうやら猛烈な暑さと過酷な急斜面の登りでバテたようだ。苦しそうな表情で下を向いてうつむいている。

『大丈夫ですか?頂上は、もうすぐです』
 思わず声をかけたが、本当に言うだけでなにもしてやれない。俺自身ももう少しで、同じ状況になりそうな気もする。

 しかし、絶対に負けねえぞ。

 ”戦う男 もえるロマン”

 そう、俺は孤高の矜持高き北のサムライなのだ。

 荒れた登山道の岩や突き出した木の枝にしがみつきながら、がむしゃらに壁のような難所と格闘を繰り返した。そして、ようやく狭い岩場の頂上に到達する。

 摩周岳山頂踏破!

 灼熱の摩周岳、手強いどころか恐るべし。

 頂上も無風だし。こんな時に山へ入っちゃ、基本的にまずかったのかも知れない。
 いやあ、苦しかった。あの最後の登りの辛さときたら、なんなんだろう。何名かの登山者の皆さんが昼食をとっていたが、俺はようやく挨拶を済ませて座り込んでしまう。しかも、頂上には日陰もないので紫外線を浴びっぱなし。もう動きたくない気分だ。

 あまり食欲もない。でも昼食用に持参したパンを行儀が悪いのだが寝転んだまま無理矢理食べた。山で食べないと、大変なことになる体験を過去に何度かしてきた。
 しかし、この360℃の絶景の素晴らしさといったら、もの凄いの一言に尽きる。難攻の果てに辿り着いたこの光景は、”開陽台”、”多和平”などと同列に扱うことなど絶対にできない。足元の樹海、ここからしか拝めない角度の摩周湖の眺望。本当に見事なり。

 ただ、この異様な暑さだけは、勘弁して欲しい。黙っていても汗が噴き出してくるんだもの。
 それでも、体力が若干回復傾向になりつつあるので、一気に下山することにした。傾斜の激しい降りをテンポよく駆け抜ける。途中、軽装でかなりバテ気味の若者に頂上までどれぐらいですかと訊かれたが、あと少しだけど、休んでばかりだと、なかなか辿り着かないよと答えた。

 摩周岳は、摩周湖第一展望台からの散策路レベルではない。充分な登山装備が不可欠だ。ちなみに俺が持参した3.5リットルの水分もこの頃には既に尽きかけているし。

 ペースをあげて、どんどん先に進んでいると・・・

 痛え・・・

 足がつってきた。さらに股関節や膝がガクガクになっているし。調子に乗って飛ばし過ぎたようだ。ここは無理せず、ザックを下ろして休憩をとることにした。
 煙草を吸いながら摩周岳(カムイヌプリ)を見あげた。たった標高857Mだぜ。でも山は気象条件によっては大変な目に遭うし、絶対になめてはいけないと改めて実感した。

 ほとんど呆然としていると、先刻、頂上でお会いした年輩のご夫婦が、
「あとほんの少しですから、頑張りましょう」
 と励ましてくれた。

 俺もそろそろ動くか。
 しかし、帰路も遠かった。最後の藪漕ぎで、またも虻の執拗な攻撃に悩まされながら歩いた。そして、ようやく第一展望台のレストハウスへ辿り着く。

 休憩も含めて往復7時間といったところか。俺はレストハウスのベンチに横たわったまま疲労困憊で、暫し動けなくなった。

 山やめようかな?

 もう16時近いのに灼熱の太陽は、激しい日差しを周囲へ強烈に照りつけていた。

 とても北海道の夕刻の気温とは思えないのだが? 

 1時間ほど、ぐったりしていたろうか?摩周ソフトをかじり出した頃、ようやく少し動けるようになり、マシンのスロットルをあげた。
 どうにか和琴まで辿り着く。本当に体のあちこちが痛くてたまらなかったが、屈斜路湖を見ると・・・

 うっ、なんだこの異様な夕陽の美しさは。まるでオーロラのように鮮やかな朱色が映えている。さらに空の色が湖に映し出され、とても幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 天気さえ回復すれば、和琴では夕刻の壮大な天空ショーを楽しむことができるのだ。
「キタノさん・・・」
 俺を呼ぶ声がした。訝しげに振り返ると、
『おう、これは奇遇だなあ』
 俺は相好を崩した。EOCオールスターズの神奈川のイトウ氏だった。
「このキャンプ場は混んでますね。テントを張るのが無理かも知れないと言われましたが、なんとか僅かなスペースに張れたんですよ」
 彼は屈託のない笑顔を浮かべていた。
 イトウさんはピラミッドグリルM(焚き火台)でジンギスカンを炙ってご馳走してくれた。しかし、ロゴスのピラミッドグリルは我々の仲間内では本当に大流行なのだ。軽量・コンパクトだから、キャンプライダーには実に調法だと思う。

 俺は山行のダメージで料理を作る気力がなかったので、コンビニの”いなり寿司”を購入していた。もちろん全部は食べれないので、いくつかイトウさんに差し上げる。
 彼と酒を飲みながら、いろいろな話題で楽しく盛り上がった。

『この時期はさ、日中、まず先にテントを設営してしまってから行動するんだよ。夕方になると人気のキャンプ場は今日のようにサイトがテントで埋まってしまうからね』
 激混みの盆シーズンのキャンツーの裏技もイトウさんに伝授しておく。とても素直な人柄の彼は真剣な表情で聴き入っていた。

 夜も更けてきた頃、和琴露天風呂で汗を流してから寝ようということになった。その辺のクダリは非常に記憶があいまいなものなんだが?

 とにかく風呂から戻り、テントに入ろうとすると酔いなのか?山行の疲れなのか?足元がフラフラっと・・・

 テントの前室に思わず手をついてしまった。すると、

 バキッ!ビリビリ・・

 うわあ、フレームが折れてトレイルトリッパーのフライシートが破れているよ(TT)

 オー、マイ、ガアッ!

 もう、がっかり。

 どうして、こんなことばっかし・・・

 失意のうちに前室が奇怪に変形したテントへ入る。そしてキタノは、疲労と衝撃のダブルパンチにより、とろけるように意識を失ってしまう熱帯夜の晩だった。



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