北海道ツーリング2007
羊蹄山
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どうやら台風は去ったようだ。 テントの中は静寂に包まれている。俺はシュラフから這い出し、とにかくラジオをつけてみた。 ”台風の速度は鈍く日本海で停滞しているかたちになっています。ただ、台風の影響で前線が刺激され、これから暫くは全道的にお天気が悪い日が続きそうです” ガ〜ン! なんだよ。台風はまだ上陸もしてなかったのかい。羊蹄山を見上げると雲に覆われ、まったく稜線が見えない。雨は霧雨程度だが、山に入るのはとても無理だ。ここでお天気待ちするより、温泉が隣接するキャンプ場に移動した方が得策だと思う。湿度が高く、体がとてもベトベトするので風呂に入りたい。 温泉が隣接するキャンプ場?となると京極温泉近くのスリー・ユー・パークがいいな。お気に入りの温泉施設だし、あそこは一度利用してみたいと以前から考えていたキャンプ場だ。 クッカーで、約0.5合の飯を炊いた。仕上がりは寸分の狂いもない。納豆3パックをおかずに朝食をかきこんだ。 テントの外は、どうせ雨。腹がふくれたら、また眠くなり二度寝をきめて候。 ずいぶんと横になってしまった。どうやら雨はあがったらしい。ここいらが潮時かな。素早く撤収作業をし、パッキングも済ませ、京極のスリー・ユー・パークへ移動開始。 路面が濡れたR5を水しぶきをあげながら突っ走り、道道478へ右折すると広大なトウキビ畑の中に見事な直線道がどこまでも続いていた。しかし、ガスで羊蹄山は見えない。なんだか無為な日々を送っているようで虚しくなった。 京極温泉が見えてきたが、時間的にまだ早いので”羊蹄ふきだし湧水”でも見物しておこうと思った。若干だが、雲が切れて陽が差してもいるし。でも、ふきだし湧水に来るのももう3度目だ。いい加減飽き飽きな気分がしないでもない。 |
駐車場には、こんな天気にもかかわらず観光バスがたくさん並んでいた。たくさんの人の喧騒が耳に入るが、そのほとんどは日本語ではない。中国語だった。観光客の皆さんは台湾からのようだ。遠い異国から来て、この天気では、さぞ残念だろう。 ふきだし湧水まで、てくてくと歩き、がぶがぶと水を飲んでやった。羊蹄山の雪解け水が、百年間も地中で”ろ過”され、吹き出してきた湧水だ。そう思っただけでも美味しさ倍増である。 |
ふきだし湧水から、少し降ると堰のような広いみなもがある。以前、ここで巨大な岩魚が悠々と泳いでいる姿を見たことがあった。 今日は雨上がりのせいか、湯気のように水蒸気があがっており、なんとも幻想的な雰囲気が漂っている。 暫し、足を止めて、この神秘の光景に見とれてしまった。 |
ふきだし公園をあとにし、京極温泉へ向かう。 しかし、ここはいつ来てもいい湯だ。ジャグジーで体を揉み解し、露天風呂でまったりする。するとまた雨が・・・ 本当にお天気に恵まれない旅だ。 カッパを着て、今夜の酒や明日の朝のおかず”納豆”を調達にセイコマに向かう。ずっと気になっていたんだけど、このあたりのコンビニってゴミ箱が設置されてない。俺は思いきって店員さんに訊いてみた。 『あの、俺はキャンプ旅を続けているんですが、今、購入したもののゴミはどこで捨てればいいんですか』 「あっ、それなら、京極町専用のゴミ袋を差しあげますね。これに入れ、分別して、ゴミ捨て場の網小屋にお捨てください」 『なるほど、ゴミ捨て場に直接入れればいいんだ』 「ただし、分別の指定した曜日じゃないと、だめですよ」 が〜ん! そんな、週に一度の種類の指定されたゴミの曜日に捨てろなんて、鉄馬に乗った旅人には無理な相談だ。事実上、地元で買ったものだろうが、ゴミは全部持って帰れということじゃないか。俺には、行政のこの感覚がまったく理解できない。絶対、不法投棄に繋がると思うし、旅系は寄りつかなるだろう。まあ、観光バスに乗って、たくさんの銭を落とす客ばかりをターゲットにするなら、いいかもしれないけど。 納得できない表情で、京極スリー・ユー・パークへとスロットルをあげた。馬上で思ったのは旅人をぞんざいに扱う観光地はリピーターを失い、将来、必ず廃れる。目先の損得だけで考えると、その反動でえらい目に遭う。俺だって、今はバイク旅だけど、気に入れば、家族でくるかもしれないし、職場旅行にも推すやもしれん。もしかしら数百名単位の規模になる可能性もなきにしもあらずだ。地名はあえて挙げないが、多くの観光地が辿った悲劇は、自明の理でもある。 旅行者にとって、一番の喜びは孤独な旅先で多少なりとも親切にしてもらえたという感動なんだ。だから、ある程度の無理をしてでもまた訪れようと画策する。今後のサービス業の指針ではないだろうか。 感動なき旅は、旅じゃない。 |
京極スリー・ユー・パークへ入る。管理棟へ受付の手続きに向かった。 「バイクかい?天気が悪いのに大変だねえ」 管理人のおばさんは、こぼれるような善良さを絵に描いたような好人物である。 『お世話になります』 「なんも、どこでも好きなところにテント張ったらいいしょ」 なんだか俺は嬉しい気分になった。 |
本当によく手入れされた綺麗な芝のサイトである。利用料は適正料金の500円だ。 でも、やっぱり、ゴミは持ち帰り・・・ 一瞬、雲が晴れ、羊蹄山が見えた。それが、この章、冒頭の画像である。 こんな最悪の天気でもテン泊を敢行する旅人やファミキャンの連中もいるにはいるが、平日だけあって、さすがにその数は少ない。 俺は周囲に誰も居ない炊事棟近くに幕営を済ませた。でもフックコードがないって、本当に心細いなあ。 |
夕食は、ジンギスカンをフライパンで炒めた。美味しいタレが肉に絡んで、ビールのツマミにピッタリだ。ガンガン頬張る。北海道といえば、やはりジンギスカンが似合うのかもしれない。 なんて思っていると、また雨が激しく振り出してくる。台風は、まだ上陸していないらしい。しかし、長っ尻な台風だぜ。予想進路にいる、こっちの身にもなってくれよ。 |
やむなくテントの中へひっこんだ。 ムナシイ・・・とてもとても。なんだか俺は、全然旅を楽しんでねえぞ。むしろ苦しんでいるのかもしれない。 グランブルーを飲みながら、ひたすら浅田次郎の小説を読みふけっていた。俺は、本当に文才はない。でも本気をだせば、文筆でやっていけるのではないだろうか? |
忙しい本業の片手間でも、それなりに読み物ぐらいは描けるし。 けど、そんなに甘いものでは無い。絶対無理だなんて、たわいもないことで自問自答を繰り返していた。寂しかった。すぐにでも家に帰りたいとも思った。 テントの部品(フックコード)さえ紛失し、ナーバスになった俺は、これから(8月12日)北海道に上陸されるというキャンプ仲間の”いち”さんへ携帯から連絡を入れた。 『テントのフックコードを紛失してしまいました。すいませんが8月12日以降に持参していただけませんか?』 「わかりました。なんとかします。12日ではなく、少しでも早くキタノさんの手に入るように手配します」 いちさんは義に厚い男だった。快く、そして本当に迅速に対応してくれた。 ”真夏の夜の夢”や”タンデムシートは指定席”の熱心な読者であり、便利帳さんのオフで意気投合したNagaさんや、4月のEOCへ参戦いただいた”ぼん”さんも、いちさんからの連絡を受け、ほとんど並行して動き出した。 3人のお力添えのお蔭で、なんと翌々日には札幌の秀岳荘白石店で部品を受け取れるまで手配していただく。 恐るべきネットワークとその心配りには脱帽するばかりだった。 皆様、ありがとうございました。心から御礼申し上げます。 旅先の親切は身に沁みる。 雨音が哀しいブルースのように聴こえる夜だった。いくら孤高と言っても所詮、俺の意地だけだ。また旅で仲間に助けられる展開になった。 実際のひとりのキャンプ旅は、孤独、地味、不安、不便、寂しさが連続するだけなのだ。 人に誇ることでもない。 けど、自分自身にだけは充分に誇れる最高の旅なのかもしれないが・・・ フライシートには相変わらず、怒涛のように激しい風雨が叩きつけていた。 |