北海道ツーリング2006
激闘!利尻山
7
ゴアの雨具を着ていても汗でシャツはビショビショだ。そして標高が高くなるにつれ、気温が急激に低下してきた。俺は思いきってシャツを脱ぎ、長袖のフリースを身にまとった。するとかなり不快感がなくなる。 8合目後半は、登りがかなりキツくなり、足元も大きな岩やジャリで歩行が困難だ。体力がどんどん奪われていく。 下山してきた家族の奥さんが、 「9合目まで、もう少しです。9合目を越えると火口礫の登りで、ちょっと他の山では体験できない楽しさがありますよ」 と教えてくれた。 本当に楽しいんですか?ちょっと信じられない? そして長い8合目がようやく終わり広場に出た。9合目の看板を見ると・・・ なんですか?これは? |
悪魔だ。悪魔のような言葉だ。これまで俺は充分正念場だと思って登攀してきた。ネガティブになっちまうじゃねえか。呆然としながら煙草の煙を吹き出した。 ここから頂上まで、どんな修羅場が待っているか想像もつかない。 |
暫く体力を蓄積し、よし行くぞ。 地盤は確かに火口礫となり歩き辛くなってくる。危険地帯は崩落しているか、あるいはその可能性があるらしくトラロープが張られていた。もちろん近づくのは厳禁である。 どうやら下界から見る頂上手前のあの鋭い壁の部分に取りついているらしい。 |
本当に急峻だ。ここまでの行程とは明らかに様相を異にしていた。 上部から垂れているザイルにつかまりながらなんとか登っていく。 凄え!凄い山だ。やはり噂に違わぬこの険しさ。多くの登山者の登攀でルートが場所によっては数メートルは削られていた。その部分がまた蟻地獄の如くスリップする。 |
「う〜しんどい」 いくらなんでも過酷過ぎる。もう頭の中は、真っ白。多分、俺の顔はもの凄い形相になっていることだろう。 下山中の山慣れしてそうな青年が見かねて 「大丈夫ですか?あと少しで頂上です。頑張ってください」 と声をかけてくれた。 『ひゃい。あひがとうごじゃいましゅ』 俺は、ほとんど言葉にならないお礼を言った(みたい) |
えぐられた登山道 |
やがて沓形ルートとの分岐を過ぎ、これを越えれば頂上かと何度か思った。しかし、なんちゃって頂上ばかりで、精神的にもダメージを受けた。 大きな岩をやっとこさ登りきると・・・ やった頂上だ。 時間はちょうど12時ぐらい。無理せずゆっくりと登ったので、ここまで7時間もかかってしまった。 筆舌にし難い達成感。北のサムライ、ついに百名山筆頭「利尻山」を踏破! 利尻山の凄いところは、登山口が海抜ゼロに限りなく近いことだ。標高1721Mなのだが、この高さをほとんど登りっぱなしということになる。 これに対し、大抵の山の登山口は標高が700Mとか900Mとかに存在するから、利尻山ほどの高低差はない。 とにかく島全体が利尻山の裾野ということになる。また島唯一のYH「利尻グリーンヒル」の利尻山登山ツアーでは、わざわざ海中に足をつけてから入山するそうだ。 しかし、頂上付近もガスで真っ白だ。 利尻山の頂上は、360℃の大パノラマが素晴らしいと聴いていたが、360℃真っ白。なにも見えない。 それでもいい。俺は標高1721Mの山頂を単独で登りきったという事実を誇りに思いたい。艱難辛苦の果てに自らの足だけで、この高名な山を攻略できたのだ。 足元には俺を歓迎してくれるかのように高山植物のお花畑が咲き乱れていた。 |
山頂には年輩のご夫妻と、単独で登ってきた男性が食事をとっていた。 ソロの男性は見た目は外国人(アングロサクソン系?)なのだが流暢な関西弁で話していた。 「これは、いくら待っても霧が晴れまへんなあ」 ご夫妻の奥さんの方が 「ええ、下山する人たちも同じことを言ってましたよ」 と溜息まじりで答えていた。 |
俺は持参したパンでゆっくりと昼食をとった。 山の気候は変わりやすい。もしかしたら摩周湖みたいに瞬間的に霧が晴れるかもしれないと期待したが、そんな奇跡はついに起きなかった。 山頂で50分ほど休憩し、下山の途につく。 頂上から9合目までの下りも何度もスリップし、本当に悪戦苦闘だった。 そして・・・ 「痛い・・・」 左膝に激痛が走る。これが怖くてペースをかなりセーブしてきたのだが、ついに古傷の膝を痛めてしまった。あまりにも過酷な行程だったようだ。 左足を庇いながら、ゆっくりゆっくりと火山礫の登山道を降下し9合目に戻った。そして、小休止して長官山を目指す。 やや霧が晴れてきた。避難小屋も遠くに見えてきた。なぜか登山道には人気がない。本当に俺は孤独に歩いていた。 避難小屋到着・・・ しかし、中にはヨシエさんの姿はなかった。やはりここで諦めて下山したのか。まるで長官山から山頂に向けて俺が迷わないように導いてくれたような感がする。 ようやく8合目長官山山頂へ辿り着いた。 すると利尻山山頂が・・・ |
みるみる晴れてきたじゃないか。 なんてこった。 まあ、山行とは、こんなものかも知れない。 多少、撮影のため休憩をとった後、8合目から足を引きずりながら下山する。 入山届には下山15時と書いたが、7合目付近で、既に16時近い。野営場へ戻るのは何時になるだろう。あんまり遅くなって捜索隊が出たら洒落にならない。とにかく急ぎたいが膝の痛みで足に力が入らずジレンマを感じてしまう。 しかし、本当に誰も居ないなあ。山頂へ居た人たちは沓形ルートから下山したのだろうか? 5合目を出た段階で、17時ぐらいか。なんだか周囲が急に暗くなってきた。かなり寂寥感が漂ってくる。 深い森を抜け、ようやく甘露泉水の水場へ着いた。あと少しだ。時間は18時近いぞ。下山届けを出す管理棟はまだ開いているのだろうか。 気持ちは先行するのだが足がもつれてリズムに乗れない。 18時、ようやく下山完了。 なんと13時間も利尻山を歩き続けていた。俺はもう本当に疲労困憊だ。 管理人夫妻は、戸締りをし、帰宅する直前だった。 『すいません。かなり遅くなりましたが、只今下山しました』 と下山届を手渡した。 「なんも遅くなってもいいんだよ。無事に帰って来れれば」 とアゴさんは笑っていた。 その後、こなごなになったバディで利尻富士温泉に浸かり汗を流し、セイコマで酒と弁当を買った。もう今宵は夕食を作る気力などない。 酒も少し飲んだだけで、あっという間に酩酊しグラグラになった。 そして、ふらふらとテントに入って気絶するように深い眠りへ落ちた。 ここはサロベツ大平原 はるかかなたにそびえたつ あれが噂の利尻島 海の中から ぬっと出た 北の荒波 ものとせず 男が惚れるその勇姿 ああ利尻 ああ利尻 ああ利尻島 |